須々木優大5.演技
「今日は夜も遅いので、軽めのものを作ってみました!」
テーブルには名前はわからないが、明らかに美味しそうな料理が二品置かれていた。
「いただきます」
僕は席につくと、小さな声でそう言いながら箸に手をつけた。二品とも本当に美味しかった。久しぶりの食事でお腹が空いていたのか、気づけば半分以上平らげてしまっていた。
「もしかして自殺、しようとしました?」
箸の勢いを止めたのは、雨海のその一声だった。
「ご馳走様」
僕は茶碗の上に箸を乗せると、そう言い残して逃げるように席を立とうとした。
「何か失礼な事、しちゃいましたか」
雨海は、引き留めるにはあまりにも小さい声でそう言った。
「やっぱり契約するの嫌になりました?」
哀しそうな顔をして俯いている。
一瞬だけ罪悪感が湧いてきたが、容易に抑え込む事ができた。代わりに怒りが込み上げてきたが、今度は抑える事ができなかった。
「人を騙す演技やめろよ。わかっているんだよ。それも計画のうちなんだろ? 僕はお前たちの計画通りには動かない。決してだ」
そう吐き捨てると席を立ち、寝室へと向かった。その間、雨海は何も言い返してこなかった。
寝室にはすでに敷布団が引いてあったが、大きさから考えてどう見ても一人用であった。押し入れを開けるが空っぽで、どうやら寝具はこれしかないようだ。
一緒に寝ろとでも言うのか? 冗談じゃない。
僕は寝室を後にすると、玄関へと向かった。本当はソファの上で寝たかったのだが、リビングにはまだ雨海がいる。顔も見たくない。だったらもう、玄関マットの上で寝た方がましだ。
ほぼ床と変わらない硬さの玄関マットに腰を下ろすと、そのまま横になった。
目をつぶってみた。体勢もあれこれ変えてみた。十分に疲れているはずなのだから眠れると思った。しかし、全く寝付けずに時間だけが過ぎていく。そんな状況にイラついていると、扉の開く音が聞こえてきた。ひたひたと足音が近づいてくる。寝たふりをしてやり過ごそう。そう決めた次の瞬間、足音が止まったかと思うと、雨海が背後から抱きついてきた。背中から伝わる柔らかい感触と体温が僕の鼓動を早くする。その鼓動が余計に僕をイラつかせる。振りほどいて逃げようと考えたが、同じ事をされては面倒だ。
「やめてくれ。睡眠の邪魔だ。関わらないでくれ」
「起こしてしまって申し訳ございません。でも私、こんな事くらいしかできないんです」
強い口調で突き放し、退散させる作戦だったのだが、むしろさっきよりも強く抱きしめ返されてしまった。
「いい加減に——」
「先程あなたに言われた事、私なりに考えてみました」
痺れを切らし、振りほどこうとした僕だったが、雨海の言葉に遮られてしまった。
「あなたが言った計画が何の事か、私には検討もつきませんでした。ですが、ちゃんと計画を立てて生きる事ができていたのであれば、少なくとも死に怯えながら後悔する日々を送らずに済んだはず。普通の人みたいに生活して、普通に笑って、普通に生きていく事ができたはずなんです。でも私は無力だったから。こんな状況になる選択しかとってこられませんでした。
騙しているつもりはなかったんです。だってあなたは、私を知らないのだから。ですが、不快にさせてしまったのであれば、これからはあなた好みの人間になってみせます。だからもう少し、生きていてくれませんか? 生きたい。生きたいんです。もう私には後がないんです」
雨海は続けざまにそう言った。
なんだか少し話がかみ合っていない気もしたが、決意の籠ったその言葉たちからは嘘である理由など見当たらなかった。
雨海は何も知らないのだろうか。ただ計画に組み込まれて利用されているだけ?
……いや、違うだろ。騙されてはいけない。言葉ではどうとでも言えるのだから。
「風邪ひくぞ。布団に戻って早く寝てくれ」
一瞬揺らいだ心に鞭を打ち、僕は言葉を振り絞った。
「全然眠れていなかったじゃないですか。私、冗談抜きで床で眠れますから。布団はあなたが使ってください」
雨海はそう言うと、僕の体を解放させた。
数時間横になってみて確信したが、床は硬いし寒いしで眠れる環境では到底ない。雨海はそう言っているが、さすがにこのまま放置するわけにはいかないだろう。
僕は起き上がり雨海をお姫様抱っこで持ち上げると、リビングへと向かった。
「ちょっ、何するんですか。私は床でいいんですってば!」
雨海の抵抗もむなしく、いとも簡単に寝室へ到着すると布団の上へと着地させた。
「布団で寝ないと契約破棄するぞ」
雨海がすぐさま起き上がろうとしたため、卑怯な言葉を浴びせて大人しくさせようと試みた。
「ここで寝ますから、どうか布団だけは持って行ってください。畳の上は柔らかくて気持ちいいんです」
「ソファで寝る。だったら問題ないでしょ?」
「そう、ですね。だったらまだ安心です」
雨海はなかなか引き下がろうとしなかったが、ようやく納得してくれたようだ。
「おやすみなさい」
雨海の言葉に僕は何も言わずソファのもとへ向かった。なぜそこまでして床で寝させたくないのか、答えは出ないまま僕は眠りについた。




