雨海敦子29.もちろんです
辺りを警戒しながら外に出ると、目の前には見覚えのある車が一台停車していた。窓が開くと、運転席には黒崎さんが座っていた。
「黒崎さん!!!」
よかった。無事だったんだ。
私はすぐさま近寄った。
「ご無事で何よりです。ひとまず乗車してください。これからの事を考えましょう」
私は頷くと、助手席へと乗車した。
「……須々木様は一緒ではないのですか」
私に視線を合わせる事なく、黒崎さんはそう言った。
「……亡くなりました」
「そう、ですか」
私が短く返答すると、黒崎さんは気を遣ってくれたのか、それ以上口を開こうとはしなかった。
ピリリリリリリッ。
数秒間の静寂を切り裂くように、唐突に電子音が車内に鳴り響いた。黒崎さんから手渡された私のスマホ画面には、日南さんの文字が表示されていた。
優大さんが捕まったあの日から一切の関わりがなかったが、今回は間違いなく脱獄に関しての事だろう。私は覚悟を決めてスマホを耳に当てた。
「ゆう君いる?」
日南さんの声は、以前とは打って変わって静かだった。
「……亡くなりました」
「そうだろうと思ったよ。あんたのスマホから留守電が入ってた」
「え? どんな内容ですか!?」
「その様子じゃ知らないようだね。悲しい思いさせただの、幻滅させただの、ぶつくさ御託を並べた後、最後に一つ。『僕を忘れてほしい』だとさ。私にしか頼めないんだそうだ。無責任だろ? さんざん人の人生変えといて。そりゃないでしょ」
悲痛な声が鼓膜を刺激する。いたたまれない気持ちが、体中を支配しているのが分かる。
「でも、今回はちゃんと言ってくれた。約束を守って、私を信じてくれたんだ。ようやく私は前に進めそうだ。
私はあんたを許さない。この気持ちは変わらない。だからと言って、あんたの人生をどうにかできる権利は私にはない。これから先、あんたがどう生きるかは勝手だ。でも、報いは受けてもらう。
お願いだ。あっちゃんだけは、ゆう君を忘れないでくれ」
「もちろんです」
私が日南さんの立場であれば、真っ先に私を殺しに行っていたに違いない。この人も優大さんと同じくらい、お人よしだ。
「頼んだぜ」
日南さんは最後にそう言うと、通話を切断した。
私は生きると決めた。生きなければならない。やる事がまだ残っているのだから。
「黒崎さん。ごめんなさい。私、果たしきれなかった。だからまだ、生きなければならない。きっと膨大な時間がかかる。今までの比じゃないくらい。だから——」
「雨海様。お供しますよ。ご安心ください」
いつもの表情、いつもの口調で黒崎さんはそう言った。
「……ありがとうございます」
私は恵まれている。心の底からそう思った。
「ボイスレコーダーを受け取ったんです。あの家にも帰れない今、これだけが須々木さんの存在を証明してくれる。一度しか聞けないからこそ、聞いてしまえば消えてしまいそうで。だから聞く気はなかったのですが、須々木さんを思えばこそ、聞いて前に進むべきですよね」
忘れるものか。忘れてやるものか。
あなたを背負って、いつか巡り合う人と夢を……。
私はポケットからボイスレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押した。




