雨海敦子28.それでも
「臨時ニュースです。たった今、脱獄囚を追っていた警察官八名が意識不明の状態で発見されました。脱獄囚二名と、その協力者一名は車を強奪し、依然として逃亡中であるとの事です」
ここは?
ぼんやりとした意識の中、私は瞼を開けた。
白い。真っ白だ。しかし、見覚えのない天井だった。どこか知らない建物の中だろうか。
「気づいたか?」
どこからともなく声がした。聞き覚えのある声だ。私は聞こえてきた方向にゆっくりと首を動かしてみた。そこには、見覚えのない男が立ったままこちらを見つめていた。
「ここは……どこですか?」
「俺の家だ。君は生き延びた。これからは自由に生きるといい」
男は、か細い声でそう言った。
生き延びた?
その言葉で我に返った。
そうだ。どうして私は生きているんだ。銃弾を撃ち込まれたあの状況で生きられるはずがないのに。それにどうやってここまで来た?
「どういう事ですか。説明してくだ——」
いや、そんな事よりも先に確認しなければいけない事があるじゃないか。
「須々木さんは? 私と一緒にいた須々木さんはどうなったんですか!?」
上体を起こして尋ねると
「死んだよ。見てみなさい」
男は指を差しながら静かにそう言った。指し示された方向に顔を向けると、そこには横たわった姿の優大さんがいた。
私は立ち上がると、優大さんの頬に触れてみた。人間とは思えない程に冷たかった。
可能性は限りなく低いと思っていた。
……本当に、死んでしまったんだね。
堪えられるはずもない涙が何度も頬を伝った。そのまま私は男を見た。
「君はどうして目覚める事ができたのか。どうして死んでも蘇るはずの彼が死んだのか。そう、聞きたいという顔をしているな」
男は、私の心を見透かしているかのようにそう言った。
「前者は私にもわからない。もちろん延命治療はしたつもりだ。しかし君が目を覚まし、平然な顔をして起き上がれるなど、本来はありえないのだから。それとも、君も空中に青い文字を見たのか?」
青い文字?
前にどこかで聞いたようなフレーズだ。しかし私はそんなもの見ていない気がする。首を横に振ると
「それでいい」
男は小さい声でそう言った。
「後者は、そうだな。私の口から言うべきではないだろう。それより君に聞きたい事がある。
生きてさえいれば、何だってできる。どんな過ちを犯そうとも、やり直す事だってできるんだ。それなのに、どうして君たちは命すら投げ出して、根拠のない空虚に手を伸ばしたのだ。無理のない範囲で、できる限りを尽くせばそれで充分じゃないか」
「そこに、命よりも大切なものがあったから」
「……やはり、俺には理解しがたいな」
男はそう言うと、私から視線を反らした。
「今後はどうする。もう息子はこの世にはいない。死にたくなったか?」
息子?
……あぁ、そういう事か。
「はい」
「じゃぁ、今すぐ——」
「それでも私は生きます」
「どうしてだ?」
「約束したんです。これで死んだら私、須々木さんに合わせる顔がありませんから」
「……あいつが来てからの会話を録音したボイスレコーダーだ」
男は私に近づくと、そう言って四角く真っ黒な電子機器を差し出してきた。
「一度しか聞けないようになっている。それだけは忘れずにな。もう行ってくれ。私は忙しい身でね」
そう言うと、男は背中を向けた。
「失礼します」
そう言って、私はその場を後にした。




