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雨海敦子25.ちぐはぐ

「昨日、山中にある研究施設で大規模な火災が発生しました。逮捕されたのは須々木優大二十二歳で、『むかついたから爆発させた』と供述しているとの事です。亡くなられたのは井口松信さん四十一歳で——」






 目を覚ますと、見覚えのある白い天井。体を起こすと、いつもの寝室。足には包帯が巻かれていた。血が滲んでいて、白い部分はほとんど赤く染まっている。


 足を引きずりながらリビングに出ると、テレビがついていてニュースが報道されていた。私は目を、耳を疑った。


 どうして優大さんが捕まっているの?


 どうして私は捕まっていないの?


 ……どうしてまた、優大さんだけなの?


「足の調子はどうですか」


 声をかけられるまで、黒崎さんがいる事に気付かなかった。


「どういう事ですか。なんで、どうしてこんな事に!?」


 まだ状況を理解できていない私に対して、黒崎さんは静かに語りだした。


「雨海様が出かけられた後、須々木様が雨海様の異変に気付き、私のもとへ訪ねてきました。雨海様は研究所に向かった事、最近の言動から判断するに爆発物を所持している可能性が高い事を伝えました。すると、すぐに雨海様の後を追うよう指示され、車を走らせました。

 研究所に向かう最中、須々木様はあらゆる可能性を考慮し計画を立てられました。理想は爆発させない事。そして何よりも大切なのは、誰も死なせない事。

 まずは雨海様が爆発物を持ち込んでくる事を研究所内にいる誰かに伝え、事前に研究所内にいる人間を避難させるという手段をとろうとしました。しかし、連絡する事で雨海様を始末しようとする者が現れる可能性があると考えました。そのため、雨海様を部屋に送った後、こちらに電話をするよう信頼できる私の部下にメールを送り、電話では雨海様が爆発物を所持している事を打ち明け、理由は伏せた状態でできる限り研究員たちを避難させるよう指示しました。避難している事が雨海様に気付かれてしまえば、データの持ち出しを恐れて爆発される可能性が高いため、慎重に行うよう念を押しました。

 そして雨海様と接触するであろう副所長様に、『被験者はあなたを殺そうと企んでいます。準備が整い次第、隙をついて突入するので時間を稼いでください』とメッセージを送信し、避難が終わるまでの時間稼ぎを図りました。作戦は成功で、私たちが到着した頃にはもうすでにほとんどの職員が避難していました。そこには須々木様のお父様もいらっしゃいました。

 私は須々木様の指示通り、残っている職員が研究所内にいないかの確認と、残された被験者の救出に向かいました。須々木様は私の部下に、『被験者は爆発物を所持しています。研究データの持ち出しはすでに完了。今すぐ逃げてください』と副所長様にメールを送るよう指示し、送信が確認できたところで雨海様のもとへと向かいました。

 すべては順調のはずでした。しかし、部屋に着いた際に一つの誤算が生じました。それは、雨海様が包丁を用いて副所長様を殺そうとしていた事です。何とか死を防いだ須々木様でしたが、傷は深かったようで、満足に身動きが取れなくなってしまいました。

 そして不運な事に、また一つ誤算が生じました。副所長様が部下の送った追加のメールを見ていなかったのです。動転し聞く耳を持たなくなった副所長様に雨海様を殺すと言われた時の須々木様には、きっと打つ手がなかったはずです。

 しかし、雨海様が爆弾のスイッチを押した事で状況が一変しました。データを爆発させられたくないはずの副所長様は、煽れば雨海様を置いて一目散に回収しに行くのは明白。これで雨海様の命は助かります。データは所長である須々木様のお父様が回収しているでしょうから、それに気づけば副所長様もすぐに脱出をされる。雨海様は私がお連れするし、須々木様は生き返るので問題ありません。爆発を阻止する事はできなかったものの、誰も死なない。理想に近い結果になる。私も須々木様もそう思っていたのですが、最後にもう一つ大きな誤算が生じました。データが何一つ回収されていなかったのです。管理プログラムを開けるのは所長様と副所長様のみ。所長様であれば問題なく回収するだろうと思っていたのですが、回収しないどころか暗号パスワードを変更して自身以外に取り出せないようプログラム変更まで施されていました。

 副所長様は焦りながらも、なんとか解読しようとされていました。私が説得しようとするも聞き入れてはもらえず、時間いっぱいまで粘りましたが、最後まで諦めてはくれませんでした。私は副所長様を抱えてその場を後にしようとしましたが、持っていた包丁で右腕を複数回刺され、使い物にならなくなってしまい、それすらも叶わなくなってしまいました。これ以上滞在すれば私も命がない。泣く泣くその場を後にして、研究所を飛び出しました。

 生き返った須々木様に状況を説明すると、何も言わずにお父様のもとへ向かわれました。数分会話をした後、再び私のもとへ来て『爆弾を準備したのも、爆発させたのも、あいつを殺したのも僕。ここにいる全ての人に、そう口裏を合わせるようお願いできるかな』と言い残すと警察官のもとへ行かれました。以上が今回の経緯になります」


 私は黒崎さんが口を閉じた後も、しばらく口を開く事ができなかった。


「……嫌われるくらいの覚悟はあったんです。でも、須々木さんが自由になれるのならばそれでいい。そう思っていたのに。須々木さんもそれを望んでいると思っていたのに。それなのに拒んだ挙句、私の身代わりになって、また嘘をついて。おかしい、おかしいよ」


 ようやく出てきた言葉たちは、ただひたすらに困惑を隠せてはいなかった。


「須々木様も一人の人間です。当然自由を望まれていたことでしょう。しかし、それよりも大切な事が須々木様には存在していた。己の自由が障害になると判断したから、最終的に切り捨てたのだと思います」


「自己犠牲もいい加減にしてくださいよ。私はそんな事、頼んでなんかいない。望んでなんかいない。気づけば自由になって、ただ幸せになってほしかっただけなのに。

 私には未来なんてない。最初から知っていたくせに。こんな事をして、一体何の意味があるっていうんですか!」



「大丈夫です。雨海様には未来があります」



 私の問いかけに対して、黒崎さんはいつもの表情で、いつもの口調で。さも当然のようにそう言った。


「やめてくださいよ! 気休めならもう十分ですから」


 黒崎さんの言葉に思わず苛立ちが募り、声を荒げてしまった。


「正確に言えば、人間の寿命を全うする程度は生きられる可能性があるという事です」


 しかし、黒崎さんは怯む事なくそう続けた。


「だからやめろって言っているじゃないですか!」


 思わず胸ぐらを掴んだ私に対して、黒崎さんは一切の抵抗もせず、再び口を開いた。


「粘膜同士を接触させる事で、王食菌が人から人へ移動する事は事実です。しかし、多少移動したところですぐにまた体内で増殖されます。そのため、雨海様の生存確率は確かに0%でした。

 しかし、須々木様とキスをするようになってからしばらくして、王食菌の活動が徐々にではありましたが不活発になっている事実が発覚しました。明確な理由は今でもはっきりしません。しかし、私は須々木様との関わりの中で雨海様が感じた『幸せ』の感情によって生じたオキシトシンというホルモンが原因ではないかと考えました。その仮説をもとに経過を観察しましたが、感情の起伏によって王食菌の活動も変化しているデータを得る事ができました。つまり、このまま『幸せ』を感じて生きていく事ができれば、少なくとも王食菌によって死ぬ事を防止できる可能性が高いという事です」


 黒崎さんの言っている事はおそらく事実なのだろう。優大さんに会う前までは、血を吐く回数が一日に二回、多くて五回ほどだったのだが、最近は週に一回あれば多い方であるくらいに減っているのだから。それが『幸せ』によって生じたオキシトシンとやらの効果なのだとすれば合点がいく。


「……じゃぁ須々木さんは死ぬ事が確定していた私に、生きる術を見出してくれたって事ですか?」 


「その通りです」


 どれだけ残していけば気が済むんだよ。おかしいよ。


 私は黒崎さんを開放すると、玄関の方へ身体を進めた。


「行かなきゃ。私がやったって説明しなきゃ」


 データは消失。何より所長自らデータを放棄したのであれば、これ以上の研究は行われないという事。私が本当の事を言えば、優大さんはようやく解放されるのだから。


 駄目だよ。気持ちは嬉しいのだけれど、やっぱり私は優大さんに幸せになってほしいから。


「雨海様が負の感情を抱く事なく最期を迎えられるように関わる事ができれば、別の手段で研究を進める」


 背後から聞こえたその言葉で、私は思わず歩みを止めた。


「契約破棄を破棄するという名目のキスをする前に、須々木様がお父様と交わした約束の内容です。確かに須々木様は、雨海様にたくさんの嘘をつきました。多くの事実を隠蔽してきました。しかしそれは、雨海様を利用する結果となろうとも、叶えたい夢があったからなんです。もちろん、そんな事実は雨海様にとって全く関係ありません。正直いい迷惑です。

 だから須々木様は、ご自身の中で『雨海様を死なせず、人生を謳歌していけるよう支援する』と決め、行動に移して果たす目前までコマを進めてみせました。そんな中、雨海様が自首すれば、須々木様はどう思われるでしょう」


 私は振り返ると、黒崎さんの方を見た。


 情報量が多くて、何が何だかわからない。でも、何を言われようとも確かな事は一つ。たった一つだけ。


「どう思われたっていいです。たとえ私が自首する事で、須々木さんの今までを踏みにじってしまうのだとしても、未来が保証されるのであれば、いつか必ず須々木さんは幸せに——」


「須々木様は王食菌の耐性は持っておりませんでした。つまりは雨海様と初めてキスをした日から今までずっと、苦痛を伴っていたのです。その苦痛により死んだ回数は二百十二回。もしこの事実をお優しい雨海様が知れば、負い目を感じる事は必然。必ずや契約の破棄を望み、キスを拒んだでしょう。だから須々木様は今までずっと、雨海様と一緒にいる時は表情一つ出さずに耐え続けていたのです。そうまでして須々木様は、雨海様が生きる事、幸せになる事を望んでいるのです。

 雨海様の行動を予測できていたのにも関わらず止めなかった私が、すべてを知っていた私が申し上げていいはずもないのですが、お願いです。今一度、考え直していただけないでしょうか」


 私の言葉を遮りそう言うと、黒崎さんは頭を下げた。発した言葉たちには少し、力が籠っているように感じた。


 ……つまりは、どういう事だろうか。初めて買い物に行った時も、ハンバーグを作ってくれた時も、水族館や温泉街に行った時、アルバイトをしていた時すらも須々木さんはずっと死ぬような思いをしていたという事だろうか。それなのに私は、感情に流されてひどい事を言ってしまった。たくさん、とてもたくさん言葉をぶつけてしまった。優大さんは私を生かそうと奮闘してくれていたのに。


「わ、私は須々木さんに恩を返したかった。須々木さんの夢を、自由に……」


 ちぐはぐな言葉しか出てこない。私は本当に、何て事をしてしまったのだろうか。


「わかっております。雨海様がどれだけ須々木様の事を考えていたのか、どれだけ思っていたのかを」


 黒崎さんは優しい言葉をかけてくれたが、私のその思いが裏目となり、すべてを台無しにした事実は変わらない。私はただ、優大さんの邪魔をしただけだったのだ。優大さんの言う通り己の人生だけを見ていれば、ましな未来になったのかもしれない。優大さんが再び夢を追える日が来たのかもしれなかったのに。


 私はその場に崩れ落ち、俯く事しかできなかった。

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