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雨海敦子24.失敗

「わ、わたし……」


「ここまでだ。帰ろう」


 優大さんは包丁を抜き取り捨てると、止まらない血を何とか左手でせき止めようとしながら、右手を差し伸べてきた。


「ひ、引き下がれないよ。このままじゃ終われない」


 震える手を必死に抑えるが、止まるはずもない。目の前の光景が未だに信じられないのだから。


「この行為は雨海さんの人生には関係のない事だ。死ぬ。それは僕が僕の意思で決めた事だから」


 優大さんのその言葉が、私を現実へと引き戻してくれた。



 ……そうだ。まだ知らないんだったね。



「聞いたよ。須々木さんは、死んでも生き返るって」


 私がそう言うと、優大さんは驚いた表情を見せた。


「契約なんて本当は存在しない事、須々木さんはそれを知ったうえで私と関わっていた事も聞いた。つまり、私にしてくれた言動はすべてが嘘だったんだね。

 須々木さんは生きて、私は死ぬ。須々木さんと私が、それぞれ口にした未来すらも嘘になってしまった。言霊というものがもしも本当にあるのだとしたら、どんな未来が待っていたんだろうね。

 どうせ死ぬなら私は今日ここで、この人たちと死ぬ。だからもう、邪魔しないで」


 続けざまに私は、優大さんに言葉をぶつけた。気づけば震えは治まっていた。


「大丈夫だ。君は——」


「冷静になれ被検体!! こいつはずっとお前を騙していた。陰で薄ら笑っていたんだぞ? そんなやつのために自ら寿命を縮めるよりも、限られた時間の中で好きなように生きればいいじゃないか」


 優大さんの言葉を遮り、副所長は声を大にしてそう言った。私を説得しようとしているのだろう。無駄だというのに。


「あなたには何もわからないですよ」


 微かな希望をへし折るように、そう吐き捨てた。


「っくそがぁ!!」


 副所長は立ち上がると包丁があるところまで駆けだし、手に取って私に向けてきた。そのまま勢いよく近づき、私の首に手を回すと刃先を顔に向けた。


 そうだった。こいつも人を殺す事に何の躊躇いもない人種だった。正直油断していた。


 止めようとしてくれたのだろうか。優大さんは一度動き出したものの、すぐにその場で膝をついた。


「冷静になるのはお前の方だ。見ていないのか! 早く逃げろ!」


 代わりに副所長を睨みつけると、大声を上げた。


「何の事だ? とりあえず形勢逆転。残念だったなぁ。どうせお前らはグルで私をはめようとしていたのだろう。誰も部下が来ないのがその証拠だ」


「違うそれは——」


「黙れ! 御託はいいんだ。決めたよ。こいつは今ここで殺す。被検体ごときが私に逆らったんだ。当然の報いだろう。これを機にお前も考えを改めるんだな」


 そう言うと、副所長は一層私の首を締め付けてきた。


「やめろ。やめてくれ!」


 しかし、優大さんの言葉で副所長が締め付ける力を緩める事はなかった。


 苦しい。上手く呼吸ができない。しかし、ここで死ぬわけにはいかない。まだ私にはやらなければいけない事があるのだから。


 私は、なんとかズボンのポケットから試験管のような形をした黒い物体を取り出すと、蓋を開けて出てきた赤いスイッチを勢いよく押した。


 優大さんは副所長を睨みつけながら声を上げ続けていたが、私の行動に気付いた途端、血相を変えて私が持ってきた手提げかばんのもとに転がるように向かい、中から禍々しい機械の塊を取り出した。タイマーが表示され、秒単位で時間が減り始めている。残り時間は十分を切っていた。


「それは何だ」


「爆弾だ。おそらく、この建物が吹き飛ぶくらいのな」


「まさか。一個人にそんなもの用意できるわけがない」


「疑うのは勝手だが、そのまさかで死にたくはないだろ? それに、早くしないと研究データの回収が間に合わなくなるぞ!!」


 優大さんは、先程よりも鋭い眼光で副所長を見つめながらそう言った。


「くそぉ!!!!」


 副所長は乱雑に私を解放すると、右足を包丁で切りつけてきた。痛みで私はその場に崩れ落ちた。


「歩けない貴様は、私が直接手を下さずともここで死ぬ。腹の傷で動けないお前も逃げられはしない。さすがのお前でも、爆発は堪えるだろう。許さん。お前らだけは絶対に許さん!」


 そう言うと、副所長は勢いよく部屋を飛び出していった。


「黒崎ぃぃぃぃぃいいいい!!!!!!!!!!」


 優大さんは床に拳を叩きつけると、唐突に千切れるくらい大きな声でそう叫んだ。数秒後、黒崎さんが勢いよく部屋に入ってきた。マラソンでもしてきたのかと思うくらいに息を切らしている。


「起動した。あと九分程度しかない。状況は?」


「こちらは、問題、ないです」


「彼女と、あいつを頼む」


 二度の大声により声が枯れたせいなのか、先程とは変わって小さい声でそう言った。黒崎さんは私を抱えると、勢いよく部屋を飛び出した。


「須々木さんも一緒に、一緒にお願いします!」


 そう訴えかける声では、黒崎さんの足が止まる事はなかった。


 エレベーターの前に着いたが、二階で止まっていた。待つ時間がもったいないと思ったのか、黒崎さんは切り返すと階段を一気に駆け下りていった。


 正面玄関を出ると、人溜まりができていた。黒崎さんは、研究所まで送ってくれた白服の女性に私を預けると、すぐに研究所内へと戻っていった。


 爆弾のタイマーが起動したのは、つい先程の事。それなのにどうして職員たちがこんなにも外にいるのだろうか。


 爆弾が持ち込まれ、起爆される事を予期して事前に避難していた?


 現状から判断するに、そうとしか考えられない。私が研究所に着いた時はまだ誰も外にはいなかったから、私が研究所に入った後、黒崎さんが誘導したのだろう。それならば、あんなに息が上がっていたのにも説明がつく。


 細心の注意を払っていたつもりだった。いつどこで、どうやって気づかれてしまったのだろうか。


 ……失敗だ。こんなに人がいれば、誰か一人くらいはデータを持ち出しているはず。もちろん所長だって避難しているはずだ。


 私は思わず天を仰いだ。


 ……違う。今は感傷に浸っている場合ではないじゃないか。


 優大さんはまだ建物内にいる。助けなくてはならない。いくら死んでも蘇るとはいえ、爆発に巻き込まれたら受ける苦痛は計り知れないのだから。


「須々木さんがまだ中にいるんです。助けてください!!」


 白服の女性にしがみつき、訴えかけると


「あなたが巻いた種でしょう! こうなる事は少し考えればわかったはず。それなのに……」


白服の女性はそこまで言い、言葉を詰まらせた。しかしすぐに


「すいません。今はそれより、黒崎さんが副所長様を連れて出てくる事を祈りましょう。彼なら大丈夫です」


眉をひそめてそう言った。


 しかし、爆発する数秒前に出てきたのは黒崎さん一人だけで、その後は誰も出てくる事はなく研究所が火の海へと化した。


 事前に黒崎さんが呼んでいたのか、消防車は数十分でやってきて、消火活動が行われた。


 須々木さんの無事を確認したら自首しようと思っていたのだが、想像以上に足の出血が多かったせいか、確認する間もなく私の意識は遠のいていった。

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