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雨海敦子22.絶対に

「黒崎は別件で席を外しております」


 車に乗り込むと、運転席に黒崎さんの姿はなかった。代わりに、どこか見覚えのある白服の女性が座っていた。


 珍しい事があるものだ。いつも、どんな時でも黒崎さんが対応してくれていたから。私は手提げかばんの紐を強く握りしめながら、窓から見える景色に視線を移した。



 ふと腕時計に視線を落とすと、気づけば二時間が経過していた。辺りは木々が生い茂っているだけの殺風景へと早変わりしていた。


 車が止まり、白服の女性の後をついていくと見覚えのある建物に到着した。私が一度、自殺を試みた場所だ。


 建物内に入ると、生ぬるい空気が体中にまとわりついてきた。なんとも不快極まりない心地であった。エレベーターに乗り、八階で止まるとそのまま扉の前に案内された。


「こちらです」


 そう言うと、白服の女性は私を残してエレベーターに乗り込み姿を消した。私はノックし、ドアノブをひねると扉を開けた。部屋はいわゆる社長室のような感じで、椅子には男が座っており、こちらを見つめていた。


「君が王食菌に耐性のあるという雨海くんだね? 今日はわざわざどのようなご用件で?」


 男は腕を組みながら、ため息交じりの声でそう言った。決して歓迎されているような雰囲気ではなかった。


「失礼ですが、あなたは須々木さんのお父様でございますか?」


「いや、違う。所長は今席を外していてね。代わりに副所長の私が話を聞く事になったのだ。それとも私では不服かな?」


「大変申し訳ないのですが、私は所長様に用事があるのです。会えないのは困ります」


「そんな事を言われても、彼は忙しい身でね。契約に関する内容だったかな。彼が知っていて、私に知らない事など何もない。要件、教えてもらえないだろうか?」


 言葉を選んで発言してくれているのだろうが、表情が一層険しくなっていくのが見て取れる。


「所長様は今、研究所にはいらっしゃるのですか」


「あぁ。だが、忙しい。会う事は叶わない」


「……わかりました。簡潔に申し上げますと、須々木さんとの契約が果たされる事はありません。間に合ってはおりませんでした。私はもう、死ぬ事が確定してしまいました」


「そうか。それは実に残念な事だ」


 副所長は、表情一つ変えずにそう言った。


「意外でした。もう少し驚くと思っていたのですが。ご存じだったのですか?」


「そういう報告は受けていないからね。もちろん知らなかったし、驚きもした。それをわざわざ伝えに来てくれたのかい?」


「いえ、それだけではないです」


「では、他にどういったご用件で?」


「あなたは須々木さんの夢をご存じですか?」


「……直接聞いたわけではないが、言伝では動物園に行ってみたい。空を飛んでみたい。世界を一周してみたいなど、さまざまなジャンルの夢を抱いていたと記憶している」


「そうですか。じゃぁ少なからず、私との関わりの中で叶った夢があったのかもしれないですね」


「そのようだ。君は彼をとても慕っていると聞いている。よかったじゃないか」


「えぇ、よかったです。ちなみに須々木さんのお母様の夢はご存じでしょうか」


「……結論から言ってくれ。結局何が言いたいんだ」


 副所長は数秒の沈黙の後、私の質問には答えない代わりに露骨に声色を変えて話を切り替えてきた。


「こんな研究所がある限り、須々木さんの夢はこれ以上叶わない。そうは思いませんか。これ以上須々木さんを縛らないでほしい。私は今日、それを言いにここへ来ました」


「それはお門違いというものだ。この研究は彼の母親を生き返らせるためのもの。彼もそれを了承して協力してくれている。私たちは何も縛ってなどはいないのだから」


 副所長は嘲笑しながらそう言った。


「人を殺して研究する事を、須々木さんはひどく気に病んでいました。自ら自殺を選択するほどに」


「それはあくまでも過去の話。今がすべてだとは思わないか。現に君との関係も現在進行形で継続しているじゃないか」


「夢を叶えたい意思が潰えていないのに、死ぬ事を自ら望む人間なんていませんよ。私は須々木さんに幸せになってほしい。死んでほしくないだけなんです」


 私は衝動を抑えながら、あくまでも平然を装ってそう言った。


「……なんだ。あんな事があったのに聞かされていないのか」


 すると副所長は肩をすくめながら、そう呟いた。


「どういう事ですか」


 私がそう聞くと




「須々木優大は死なない。絶対にだ」




副所長は静かにそう言った。


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