須々木優大16.決まったんだ
お互いに部屋を出てから、二時間ほどが経過した。僕とは違い、雨海さんはもともと湯船に入る時は時間をかける。今回は温泉なのだから相応の時間を要するだろう。そう覚悟していたのだが、さすがに時間がかかり過ぎている気がする。
何かあったのだろうか。連絡をしてみたが、一向につながらない。すれ違いになるのを恐れたが、『部屋に着いたら連絡して』とメッセージを残して、僕は部屋を飛び出した。
部屋から大浴場へとつながる通路や、ロビーを一通り見て回ったが雨海さんはどこにもいなかった。やはりまだ温泉に浸かっているのだろうか。
黒崎から借りているスマホを確認したが、まだ連絡は入っていない。ここまで探していないのであれば、まだ温泉に浸かっていると考えるのが妥当であろう。杞憂であればそれでいいのだが。
ひとまず部屋に戻ろうと庭園が見える通路を横切ろうとした際、外灯に照らされた人影がふと視界の片隅に入った気がした。
雪はまだ降っている。夜も更けって気温も相当下がっているはずだ。
立ち止まり目を凝らすと、入り口から少し離れた距離にあるベンチに人が座っていた。後ろ姿しか確認できないが、確信するには十分だった。
僕は急いで庭園へとつながる扉を開けると、ベンチの方まで駆けていった。
「おぉ、どうしたの? そんなに怖い顔をして」
僕の存在に気付いたのか、振り返ると雨海さんはそう言って笑った。しばらくここにいたのか、頭には少し雪が積もっている。
「随分と探したよ。大浴場に行ったんじゃなかったの?」
「うん。行ってきたよ。気持ちよかったねぇ」
「じゃぁ尚更ここにいちゃだめじゃないか。戻ろう」
頭の雪を払いのけると、僕は手を差し伸べた。
「ありがと」
僕の手を取り、立ち上がったその時、
「やりたい事、決まったよ。夢、決まったんだ」
雨海さんは雪に溶け込んでしまいそうな透き通った瞳で、僕を見つめてそう言った。
「えっ本当?! 教えてよ!」
「本当だよ。そう遠くない未来でわかると思うから、それまでは内緒」
がらにもなく声のトーンが上がり、手を強く握りしめた僕に対して雨海さんはそう言うと、左手の人差し指を唇に付けてウインクした。
少なくとも温泉街に来るまでは、そんな素振りを一度も見せてはいなかった。何か思う事があって、一人になりたくて。時間をかけて雨海さんなりに考えて決めたのだろう。
やけに落ち着いた雨海さんを見ると、これ以上は野暮な気がして深入りする事ができなかった。
部屋に戻ると、雨海さんは今頃寒さに気付いたのか、即座にシャワーを浴びにいった。
とりあえず、雨海さんの生きる理由探しはこれでひと段落となるだろう。後は当初の問題を解決するだけだ。幸いにも目途は立っている。しかし、どうしても確証がない。
今後の雨海さん次第で大きく左右されるのも気がかりだ。打ち明けるべきなのかもしれないが、変に気負わせる結果となる事だけは避けたい。それに、雨海さんに辛い思いをさせる事に変わりはないのだ。
……だったらやはり、今僕にできる事は一つだけ。
「さっぱり、すっきり!」
シャワーから帰ってきた雨海さんは、濡れた髪をなびかせながら僕めがけて勢いよく突進してきた。
「おいこらっ。髪乾かして来いよ」
雨海さんを受け止めチョップを頭にお見舞いすると、
「たまには須々木さんが乾かしてよ。乾かすのは大変で面倒くさいんだから」
そう言って口を尖らせた。
「しょうがない我がまま娘だな。ほらっ行くぞ」
僕は雨海さんを洗面台に立たせると、ドライヤーを準備し熱風を毛先に浴びせた。
長い髪はなかなか乾かない。確かに雨海さんの言う通り大変で少し面倒くさい。
「ちょっとぉ、適当になってますよー」
なんだか楽しそうな表情を浮かべながら、茶々を入れてくる。
「終わりが見えないっす」
「だぁーめ。最後までお願いしまーす」
「はいはい」
ふいに飛び出た感情を再度胸にしまい込み、僕はその後も雨海さんの髪を乾かし続けた。




