須々木優大15.正念場
「楽しいね。楽しいね」
雨海さんはそう言いながら、満面の笑みで僕の肩をバシバシと叩いてきた。ショッピングモールに着いてからずっとこの調子だ。視界に入ったお店に入っては商品を見てはしゃいでいる。
「これかわいいね。面白―い! そう思わない?」
僕にそう問いかけてくる雨海さんは、初めての光景を目にする時の子どものような無邪気さであった。
「あぁ、そうだね」
そう言うと雨海さんの頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃにしてやった。
「うへへぇ」
雨海さんは僕の手を両手で抑えこみ、しばらく解放してはくれなかった。
「でさ、今日は何を買いに来たの?」
二時間くらいやりたい放題やらせていたが、さすがに痺れを切らして僕は質問した。
「あっ、そうでした。そうだった」
雨海さんはそう言いながら、雑貨屋の隅に置いてあった安物のサングラスを身に着けると勢いよく振り向いた。サングラスが大きいせいか、小顔の雨海さんにはあまりにも似合っていないその姿に僕は思わず吹き出してしまった。
「サングラスが君をかけているみたいだ」
僕がそう言うと、雨海さんは何も言わずにしばらく立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
「あ、ええと……。これ買ってきます!」
そう言ってようやく動き出すと、満面の笑みでレジの方へすっ飛んで行った。
「今日買いに来たのはこちらで……だよ!」
買い物を済ませ、満足そうな表情のまま連れてこられた場所は服屋であった。ひなちゃんと飲みに行った時にも購入したらしいのだが、それだけでは満足しなかったのだろう。
仕方ない。今日はとことん付き合ってあげるとしよう。僕は覚悟を決め、女性ものの服が置いてあるコーナーに足を踏み入れた。
「どこ行くんで……だい? こっちこっち!」
振り返ると、雨海さんはなぜか男性服売り場の方にいた。大きく手招きをしている。何かお目当てな商品でもあるのだろうか。僕は腑に落ちないまま雨海さんのもとに向かった。
「ペアルックが欲しい!」
目をキラキラ輝かせながら、雨海さんは唐突にそう言った。
……なるほど。そういう事か。確かに女性ものの服は僕では着る事ができないから、男性服売り場にいるのには納得できる。しかし、だ。
「いやだ」
恥ずかしい。シンプルだが、それに尽きる。それに何より、できる限り何も残さないと決めているから。しかし、そんな事を言ってしまったら、せっかくのムードが壊れてしまう。だから端的に伝えた。これで引き下がってくれるだろうか。
「わかり……った。じゃぁ、あなたの着る服を買おう! ずーっと同じ半袖とジーパン。センスは悪くないんだけどね、ボロッボロだし、寒いし、そんなのじゃこれから先の冬は越せないよ」
ペアルックの話がなかったかのように、話題は僕の服の話になった。急にハンドルを切られて反応に困るが、何とか回避はできたようだ。
「まぁ、確かにそうだね」
「そうでしょ、そうでしょ? まだまだ閉店までは時間あるんですから、たくさん見て、たくさん試着して吟味しまくりましょう!」
そう言いながら、雨海さんは満面の笑みで右手を突き上げた。
体力が無限なのか?
僕はもう随分前からへとへとだというのに。適当に決めて早く帰ろう。そう強く決心した。
しかし、決心しただけではどうにもならない事なんてざらにあるわけで。結局あれから三時間もかかってしまった。原因はもちろん雨海さんで、僕は着る事ができれば何だってよかったのに、『こっちの方が似合う』『こっちの方がおしゃれ』などと言うので、なかなか購入までに至れなかったのだ。
家に着いた途端、雨海さんは勢いよく車から飛び出すと家の中へと消えていった。遅くなってしまった分、急いで夕飯を作らなきゃと言っていたから、それが理由だろう。
両手に買い物袋をぶら下げて、何とか車から降りると僕も家の扉へと向かった。
「大丈夫ですか」
唐突に、背後から黒崎が話しかけてきた。
「大丈夫も何も、今が正念場だろ」
「根性や気合、それらが尽きてすべてがあらわになった時、一番お辛いのは——」
「方法がないだろ。悔しいけど、今の僕にできる事はこれくらいしかないんだ。立ち止まるわけにはいかないんだよ!」
僕は振り返らずにそう言って、黒崎の言葉を遮った。
「お伝えしたい事がございます」
再び歩き出そうとした時、背後から確かにそう聞こえた。




