須々木優大14.クソ野郎
「あ、あの少しお時間よろしいでしょうか」
戻ってきてから数日後、作ってもらったミネストローネを堪能している最中、畏まった表情で雨海さんが尋ねてきた。
「どうしたの急に」
「……私の彼氏になってくれませんか?」
それはあまりにも突拍子がない願いだった。思わず雨海さんを見ると、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
「……どういう事?」
「あっいえ、あの、ですね。社会勉強の一環と言いますか、何と言いますか……」
聞かれる事を想定していなかったのだろうか。雨海さんは先程と打って変わって目を泳がせながら脈絡のない言葉を並べた。
「正直に言ってくれ。じゃなきゃ僕は嫌だと答えるから」
雨海さんの事だから、思いつきやその場の勢いで言っているわけではないのだろう。とにかく、真意を聞いておきたかった。
「須々木さんの分も人生を謳歌する。須々木さんがいなくなっても、いつか必ず前を向いて幸せになる。これらを果たすためには、正直に言って人生のパートナーは欠かせないと思うんです。ですが、今の私にはできるビジョンが全く見えません。このままじゃ何も果たす事ができない。そんな気がするんです。だから私に変わるきっかけをください」
数秒の沈黙の後、そう言うと雨海さんは頭を下げた。
雨海さんみたいな可愛い女性であれば、すぐにでも彼氏なんてできるよ。家庭的だし、一途そうだし、心配する必要ないんじゃないのか?
「いいけど、じゃぁ手始めに敬語禁止ね」
なぜか頭に浮かんできた言葉とは、正反対の言葉たちが口に出ていた。
「……いいんですか?」
顔を上げた雨海さんは目を見開いている。どうせ断られるとでも思っていたのだろう。僕だって内心びっくりしているさ。
「さっそく敬語。こりゃ無理そうだ」
「そ、そんなことないで……。そんなことないよ! バカにしないでください。私だってできるんだから!」
悟られないようにからかってみると、雨海さんは両手をぶんぶん振り回しながら頬を膨らませた。
「さっそくなんです……だけど、この後買い物行きま……行く? んー、行かない? 行かないだ!」
今までずっと敬語だったし、これまでは目上の人との関わりがほとんどであっただろうから、まともにため口を使った事がないのだろう。随分と苦戦しているようだ。そんな事よりも、買い物に誘ってくるとは珍しい。
「シャワー入ってからでもいい?」
「はぃ……う、うん。じゃぁ黒崎さんに伝えてきまするから!」
雨海さんは造語を生成しながらも、勢いよくリビングから出ていった。
僕は時間をかけて立ち上がると、食器棚の引き出しを開けてラップを取り出し、ミネストローネが入った容器にかけて冷蔵庫の奥の方にしまい込んだ。そして、そのままの足で洗面台の前にたどり着くと、鏡に映る己を一点に見つめた。
なんてひどい顔をしているんだ。大丈夫だっただろうか。
「失望させるなよ、クソ野郎」
洗面台に両手をついて俯くと、僕はしばらくその場を動く事ができなかった。




