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雨海敦子14.期待ってなんだよ

 私は何もせずに十九時になるのをひたすらに待った。時が経つのがあまりにも遅く感じて、どうしても苛立ちが募っていく。


 やっとの思いで十九時になると、須々木さんは何食わぬ顔で家に入ってきた。


「うぉ、わざわざ玄関で待たなくてもいいのに」


 いつも通りの振る舞いに、余計腹が立つ。


「須々木さんから提案されたって本当ですか?」


「あぁ、本当だ。僕たちは契約をするうえで都合がよかったから、今まで一緒に住んでいただけの話。契約を継続する目的であれば、これで何も問題はない。むしろ、あれこれ弊害がなくて効率もいい。理想の形だ」


 私の質問に対して、須々木さんは隠す素振りを見せず堂々と言い放ってみせた。


 何も問題はない。効率がいい。理想の形。予想外の言葉たちが私の頭の中をかき乱す。


「……何ですかそれ。短い間ながらも、充実した時間だったと思っていたのは私だけだったのですか。最後の最後まで一緒に居たい。そう思ったのは私だけだったのですか」


 思わず発した声に力が籠ってしまった。


「そうだね。僕はあくまで契約のために君と時間をともにした。ただそれだけだ。研究所はここよりも快適なんだ。それに——」


「わかりました。じゃぁもう、あなたとはキスをしません」


 私は須々木さんの言葉を遮るとそう言った。これ以上、今までの須々木さんとの日々を否定してほしくなかったからかもしれない。


「何を言っているんだ?」


 須々木さんは驚いた表情を浮かべている。


「契約を破棄するのは私の勝手です」


「だめだ。そんな事は許さない」


「どうしてですか? やはり、死ぬ事ができなくなるからでしょうか? それとも、他に何か理由があるのですか」


「冷静になれ。僕は君の人生のほんの通過点に過ぎないんだぞ? これからもっともっと、楽しい事、嬉しい事、幸せな事が待っているんだ」


「通過点かどうかなんて、あなたが決めないでください。どこを終点にするかなんて、私が決める事です。私の人生ですから。自由に生きていい。あなたは私にそう言いましたよね?」


 必死に宥めようとしてくる須々木さんを、私は突き放した。


「……はっきり言わなきゃわかんないか? 迷惑なんだよ。僕には僕の人生がある。君とは契約関係にあるだけで、それ以上でも、それ以下でもない。だから、これ以上僕には何も期待しないでくれ」


 須々木さんは目線を下に向けながら、冷たくそう吐き捨てた。


 期待ってなんだよ。


「だったら最初から優しくなんてしないでほしかった。そしたらこんな気持ちになる事なんてなかったのに。勝手だ。勝手すぎるよ」


「そんなつもりはなかったんだ。悪かった」


 そんな事を言ってほしいんじゃない。


「謝るくらいなら、最後まで責任取ってくださいよ。力になると言ってくれたあの言葉は嘘だったのですか?」


「……時間だ。君がしないなら僕からする」


 須々木さんは靴を脱ぐと、私の言葉を無視して近づいてきた。


「近づかないでください!」


 声を大にしてけん制するが、須々木さんはお構いなしに近づいてくる。


「契約が破綻するぞ」


「それでもいいって言っているじゃないですか!」


「君が死なないために僕は——」


「やめてください。気持ち悪いです。私が生きたとして、それがあなたにとって何のメリットになるんですか? 

 私を拒むくせに、私を生かしたい。矛盾しています。あなたは一体何がしたいのですか?」


 問いかけに対して、須々木さんは何も言わずに私の手首をつかむと勢いよく引き寄せ、強引にキスをした。私は須々木さんを引きはがすと、力いっぱいにビンタをかました。


「あと数か月、我慢してくれ」


 須々木さんは、怯む事なく私を見つめてそう言うと、その場を後にした。私はリビングに戻るとテーブルの上に置いてあったノートを手に取り、壁にめがけて思い切り投げ飛ばした。ノートは壁にぶつかると、そのまま力なく落下した。


 収まらない。どうやっても、この感情を抑える事ができなかった。

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