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須々木優大10.欲望と葛藤と

 

 今日迎えた誕生日で、二十歳になったと雨海さんに聞かされた時は正直驚いた。初めて会った時もそうだが、一緒に生活するようになってからも毎日のように制服を着て過ごしていたから、てっきり学生くらいの年齢だとばかり思っていた。どうやら契約を取り付ける上で男受けがよかったのが制服姿だったようで、最初こそ抵抗はあったらしいのだが、慣れというものは恐ろしく、今となっては羞恥の欠片もないらしい。そんな制服姿の雨海さんを横目で見て、また服を買いに行こうと僕は強く決心した。


 コンビニに着いた途端、雨海さんはここぞとばかりにお酒を買い物カゴの中に放り込んでいった。チューハイにしとけと念を押したのだが、一向に言う事を聞かない。今は鼻をすすりながらおつまみを吟味しているところだ。


「はい、終了」


 そう言うと、僕は雨海さんから買い物カゴを取り上げた。


「何でですかぁ。まだ買い足りないです」


 雨海さんは、おもちゃを取り上げられた子どものような目でこちらを見つめた。


「こんなに飲めないし、こんなに食べられないでしょ? もう十分すぎるくらいだよ」


「いやです。もうちょっとぉ」


 泣いた後だからなのか、いつもより幼く見える。おねだりしてくるところなんか反則レベルで可愛らしい。


「……じゃぁ、後一つね」


 誘惑に完敗した僕なんかお構いなしに、雨海さんは再度おつまみを吟味し始めた。






「クソぉ。高くついたな」


 僕はレシートをまじまじと眺めた。数字はどの角度から見ても一万円を超えていた。いくら何でも買い過ぎである。


「いいじゃないですか。どうせ黒崎さんから貰えるんですから」


 雨海さんは、僕の右腕にがっしりとしがみ付きながらそう言った。


「……まぁ、そうだけどさ」


 コンビニを出てからずっとこの状態なのだ。何を言っても離れてはくれなかった。雨海さんが何の躊躇いもなく、こんなにも感情をむき出しにするなんて。きっといい傾向にあるのは間違いない。そうに違いない。


 僕は頭をかくと、家に着くまで雨海さんを宥める事に全力を注いだ。






 家に着き、手を洗うと雨海さんはすぐさま缶ビールに手をかけた。


「お酒初心者にビールはハードル高いぞ?」


 僕の忠告などお構いなしに、雨海さんはそのまま口を付けた。


「……苦い。おいしくない」


 今にも吐き出しそうな顔をしている。


「だから言ったろ? ほらっ、こっち飲みな。桃の味がするやつ」


 僕は桃のチューハイを開けると、雨海さんに差し出した。


「バカにしないでください。私だって、大人になったんですから。これくらい飲めますもん」


 そう言うと、雨海さんは缶ビールを垂直にし、勢いよく飲み干して見せた。


「お、おい。一気飲みはよくないぞ。せめてゆっくり飲んでくれ」


「ふふん。自分よりも飲めるからって、びびってるんじゃないですか」


 そう言って雨海さんが、あからさまなどや顔をぶちかましてきた。


「……ほう。いい度胸だ。その言葉、後悔させてやる」


 僕も缶ビールに手をかけると、勢いよく飲み干して見せた。


「やりますね。ですが、勝負はまだまだこれからです」


「臨むところだ」






 数分後、目をとろんとさせた雨海さんが僕に抱き着いてきた。


「ねぇ、知っていますか? ねぇってば!!」


 そう言いながら、僕の背中をばしばしと叩いてくる。相当酔っているに違いない。


「何の事でしょうか」


「私がどれだけ心配したか、須々木さんはちゃんとわかっているんですか!」


「……悪かったよ」


「今、バカにしましたね。そんな須々木さんにはこうです」


 そう言うと、雨海さんは僕の膝に頭を乗せた。


「人の気持ちを理解できない須々木さんには膝枕、頭なでなでの刑です。さぁ早く、頭を撫でてください」


 雨海さんはそう言うと、僕の膝に頬をこすりつけてきた。


「バカにしたつもりはないんだけど、これでいい?」


 僕は言われるがまま、雨海さんの頭を撫でた。


「もっとぉ、もっとしてください」


 雨海さんは満足げな笑顔を見せると、再びおねだりをしてきた。


 何だこの可愛い生き物は。普段は真面目な人間がこうも甘えてくると、異様に可愛く見えてくる。これが所謂ギャップ萌えというやつなのだろうか。


「悪酔いしているやつには、これ以上やりません」


 僕は何とか理性を保つと、雨海さんを抱えて寝室へと入り、布団の上に置いた。


「まだ、まだ飲みますってば!」


「あとは全部僕のものだ。悔しかったら早く大人になるんだな」


 そう言いながら、すぐに起き上がってきた雨海さんに対して僕はデコピンをかましたのだが、


「あと一本、あと一本だけ!!」


強い口調で反対に押し返されてしまった。


「……じゃぁ、後一本飲んだらちゃんと寝るんだぞ?」


 渋々リビングからチューハイを持ってくると、雨海さんに手渡した。


「へへぇ。ありがとぉございます。よしよし、したげます」


 そう言うと、雨海さんは空中に向かって右手を左右に動かした。


「そりゃどうも」


 僕は寝室を出ようと立ち上がった。


「行かないでください」


 そう言われて雨海さんの方を見ると、足を投げ出して座り込みながら上目遣いでこちらを見つめていた。


「片づけなきゃいけないから」


「今日は私の誕生日なんですから。せめて私が寝るまでは一緒にいてください」


 逃れようと試みたが、無駄だったみたいだ。本当に反則だろ。


「わかった。今日だけだぞ?」


 そう言うとしゃがみ込み、雨海さんの頭を撫でた。すると雨海さんは唐突に僕の手を掴むと、ぐいっと引き寄せてきた。不意を突かれて体勢が崩れてしまい、気づくと馬乗りの状態となってしまった。


「抱いてください」


 腕を伸ばして両手を開きながら、雨海さんは静かにそう言った。


「わ、悪酔いにも限度があるだろ」


 思わず目を反らした僕に、雨海さんは上体を起こして僕に抱き着くと鼻から大きく息を吸った。


「須々木さんの匂い、好きなんです」


「しっ、知らないよ」


 僕はその場から動く事ができなかった。


「私には魅力がないですか? やっぱり日南さんみたいな美人さんの方がいいですか?」


「ひなちゃんは関係ないだろ」


 耳元で囁く雨海さんに対して、僕は返答するので精一杯だった。


「優しくしますから」


 そう言うと、雨海さんは僕にキスをした。そして、そのままの勢いでわざと音を立てながら僕の口の中に舌を滑り込ませてきた。


 抵抗しなきゃいけないはずなのに。僕は受け入れる事しかできなかった。そのまま雨海さんは僕を押し倒し、立場を逆転させた。



 このまま何も考えずに溺れてしまえ。



 僕の理性が、どこからともなくそう囁いてきた。


 ……わかっている。大丈夫だから。きっと今の僕は、どうかしているだけだ。


 僕のズボンに手をかけてきた雨海さんの腕を掴むと何とか引きはがし、その場に勢いよく立ち上がった。


「そういうのは未来がある者同士がやるものだ。欲求不満なら他をあたってくれ」


 我ながら最低な事を言った。そんな事はわかっている。しかし、中途半端な言葉ではもう、止まらない事は明白だったから。雨海さんの顔も見られずに、僕はその場を後にした。


 リビングに戻ると、さんざん散らかしたお菓子の袋や空き缶が僕を出迎えてくれた。僕は片付ける事なく、空き缶の中から中身が入っている缶を見つけると、勢いよく開けた。


 一つ、二つと開けては飲み干したが、一向に酔いつぶれてはくれなかった。時刻はもう、二時になろうとしている。


 僕は立ち上がると、再び寝室へと足を運んだ。ただでさえ心配させてしまったのだ。理由があったにしろ、さすがに言い過ぎた。


「ごめんね」


 起きたら改めてちゃんと謝るつもりだ。しかし言わずにはいられなかった。


「酔えませんでしたか?」


 雨海さんは目を開けると、こちらを見てそう言った。僕が寝室を出てから随分時間が経ったはずだ。酔っていたから、とっくに寝ていると思ったのに。


「まぁ、そんなところだ」


「実は私もです。お酒を飲めば記憶が消えると聞いた事があったのですが、あれは迷信だったみたいですね。こちらこそ、最低な真似をしてすいませんでした。これから私は、どうすればいいと思いますか?」


 最近よく見る思いつめた顔をしながら、雨海さんは僕に問いかけてきた。


「前を向いて、生きる事だけ考えてほしい。僕が言える事はそれだけだ」


「そうですよね。須々木さんなら、そうおっしゃると思っていました。でも私、知ってしまったから。私が生きれば須々木さんは死ぬ。須々木さんが生きれば私は死ぬ。どうしてこうも、上手くいかないのでしょうか」


「今更何言ってるんだよ。最初から決まっていた事でしょ?」


「……そうですね。そうなのですが、最初と今では変わる思いもあるんです」


「やりたい事や夢が見つかれば、そんな事を考える暇もなくなるはずだ」


「そういうものでしょうか?」


「僕はそうだと信じてる」

 

「……もう寝ますね。おやすみなさい」


 雨海さんは僕をじっと見つめていたが、そう言うと体ごと視線を横に反らした。


「あぁ、おやすみ」


 僕はそう言うと、再び寝室を後にした。

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