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雨海敦子11.あぁ、そうか

 目の前で人がたくさん騒いでいる。その中心には見覚えのある男の子が泣いていて、抱きしめている母親らしき女性も泣いている。私はその場から動く事ができなかった。何が起きたのか理解できなかったから。


 間もなくして、どこからやって来たのか、白服を着た人たちが現れてその場を鎮静させた。そして一人残らず退けさせ、気づくと駅のホームは私と白服を着た人たちだけになっていた。白服を着た人たちは線路内へと降り、何かし始めている。


「行きましょう」


 白服を着た見知らぬ女性にそう言われ、手を引かれてようやく私はその場から動き出した。手を振り払い、のそのそと歩きながらホームの端に行き、線路内を見渡してみた。


 須々木さんの姿は、どこにも見当たらなかった。


 あぁ。だめだ。やっぱり、見なければよかった。


 俯き、座り込んでしまった私を白服の女性は抱きかかえると、その場を後にした。


 その後は、タクシーで黒崎さんがいる駅へと向かった。数十分程でたどり着き、タクシーから降りると黒崎さんは下車して私を待ち構えてくれていた。


 私はここまで同行してくれた白服の女性に言葉の一つもかけずに歩き出すと、黒崎さんのもとへ、ふらふらと近づいた。


「おかえりなさいませ」


 いつも通りの口調で、いつも通りの表情で。もう情報は届いているはずなのに、何事もなかったかのように黒崎さんはそう言った。


 その瞬間、せき止めていた何かが崩れ去っていくような感覚がした。私は勢いよく黒崎さんにしがみつくと大口を開け、ただひたすらに泣き喚いた。






 どれだけ泣いたのかはわからない。出てきた鼻水が乾き始めたころ、私はゆっくりと黒崎さんを解放した。


「少しドライブに付き合ってくれますか?」


 そう言いながら、黒崎さんはポケットティッシュを私に差し出してきた。私は何も言わずに受け取ると、そのまま車に乗り込んだ。


 しばらくは、ただひたすらに無言の時間が続いた。私は流れゆく景色を、瞳に反射させる事しかできなかった。


「出会ってもう、一年は過ぎましたね」


 黒崎さんが唐突に話し出した。


「初めてお会いした頃の雨海様は、精気を誰かに抜き取られたかのような、そんなお姿でした。生きたいという意思をお持ちになって、初めて契約をされた時も、そのようなお姿だったと記憶しています」


 何が言いたいのだろう。私は何も言わずに耳を傾けた。


「しかし、今のままではだめだとお気づきになられたのでしょう。二度目の契約を交わした際は、生まれ変わったかのような明るさで契約者と接していました。その次も、そのまた次も悪かったところをご自身なりに分析して、修正されていきました。

 とうの昔に心は壊れていたはずなのに。弱音一つも吐かずに、強いお方だ。私はそのように思っておりました」


「私が強い人間であれば、自殺という手段は選ばず自力で解決していました。強い人間であれば、誰かを巻き込む事なく、潔くそのまま死ぬ選択をとっていました。

 ずっとずっと弱い人間だった。だからこそ、手段を選ぶ事などできなかった。変わったように見せるしかなかった。乾ききった眼で、先を見据える事しかできなかったんです」


「枯れたはずの感情を、人間らしい弱い部分を私は先程初めて拝見しました。その涙の理由は一体何だったのでしょう? 

 須々木様が亡くなられた事で契約が続行不可となり、死ぬ事が確定してしまったから。以上でお間違いないでしょうか?」



「……あぁ、そうか。私死ぬのか」



 思った言葉が、ついそのまま口に出てしまった。黒崎さんに言われて初めて気づいたからであろう。そんな事、考えもしなかったから。


 そうなのか。私はもう、死ぬしかないのか。


 黙り込んだ私に対して、これ以上黒崎さんが口を開く事はなかった。

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