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須々木優大2.契約完了

「もしかしてキスもしたことない童貞さんでしたか?」


 煽っているのか、ごきげんなのかは定かではないが、女性は僕に近づくと満面の笑みでこちらを見つめてきた。


「キスくらい僕にだってあるし」


 そう言って、そっぽを向いた僕に対して、


「ありがとうございます。これで契約完了です」


女性はそう言うと律儀にお辞儀をした。


「契約完了?」


「契約はキスをする事で成されるんです」


 女性は顔を上げると、僕の問いかけに返答した。


「どういう事? そんな契約方法聞いた事ないけど」


「私も初めて聞いた時はびっくりしましたよ。でもちゃんと契約は完了していますので問題はありません」


 僕の疑問に対して女性はそう言うと、にこっと笑った。


 まぁどうでもいいか。契約方法など別に興味はない。肝心なのは内容だ。


「それで結局僕はどうすればいいの?」


「これから一年間、毎日私とキスをするんです」


「……は? キスを一年間?」


 何を言っているのか理解ができない。


「そうです。あなたは異性と毎日キスができるうえに死ぬ事ができる。そのうえ私は生きられる。まさに一石三鳥ですね」


 女性はウインクをしながらそう言った。


「ふざけるな! そんな契約は破棄だ。僕は今すぐに死にたかったんだぞ!」


「破棄をする方法はキスをしないで一日が経過するか、どちらかが死ぬか、私が約束を破るかの三点です」


 怒鳴る僕に対して女性は怯む事なく、そう説明した。


「約束? よくわからないけど、要するに僕が今ここで自殺をすれば、そんな茶番に付き合わなくて済むって事だよね?」


「私と契約中のあなたが死んだ場合、キスをした時間から二十四時間後に私も死ぬ事になります」


 女性は僕をただ一点に見つめながら、そう言った。


「何だよそれ。詳細も話さず唐突に契約を交わしといて、それはないだろ。生きたいと豪語する人間を道ずれにするほど僕は外道じゃないんだよ。くそっ」


 困った事になった。こうしている間にも、残虐な行為は続いているかもしれないのに。


「そうですよね、すいません。本当は契約内容を全部理解してもらったうえで契約したかったのですが、時間がなかったので」


「そんな事、僕には関係ない。それに時間がないって言うけれど、これから一年間毎日キスをするって言っていたじゃないか。最低でも一年間猶予があるんだったら、僕に固執する必要なんてないはずだ」


「これからちゃんとお話します。その後に改めて契約をするか否か決めてください」


「内容次第では破棄をしてもいいって事だな?」


「はい」


 女性は、はっきりとそう言い切った。


「わかった。じゃぁ教えてくれ」


「明日から一年後。いえ、日付が変わったので正確には今日から一年後ですね。つまりは2033年の4月14日0時00分までに私は必ず死にます。これはもう、揺るがない事実なんです。

 唯一覆せる手段があるとすれば、他人と契約をしてそれを完了させる事だけ。しかし契約を完了させるには、先程言った通り一年かかります。もし契約できずに今日を迎えてしまっていたら、後にどれだけ契約を交わしても、果たされる前に寿命が尽きる事になっていました。だから日付が変わる昨日までに、どうしても契約をする必要があったんです」


 女性はいたって真剣な表情で説明してくれた。しかし僕には、到底理解できるものではなかった。


「……いくつか聞いてもいい?」


「もちろんです」


「必ず死ぬなんてどうして言い切れる? 余命宣告はあくまで宣告に過ぎない。確定ではないんだ。それ以上に長生きする人なんて、この世界には当たり前のようにいるじゃないか」


「今私の体の中には、王食菌という菌が多量に常在している状態です。王食菌が多量に体の中にいる状態だと本来は一分も経たずに死んでしまうのですが、私にはどうやら耐性があったみたいなんです。

 ですが蝕まれている事実は変わらず、必ず死ぬ事になる。どれだけ耐性があろうとも、人間の体の構造的に間違いない。研究結果から逆算すると、最長でも2032年の4月1日0時00分までしか生きられないと詳しい人にそう言われたんです」


「詳しい人って……。なんかそれ怪しくないか?」


「いいえ。本当だと思います。今までだって何度血を吐いたかわかりません。頻度も確実に増えているんですから」


「じゃぁ一年間キスをする事で生きられるようになるというのはどういう原理なんだ?」


 今の説明で腑に落ちる事はなかったが、気になる事はまだある。僕は続けざまに質問をした。


「粘膜同士が接触する事で、王食菌が人から人へと移動するみたいなんです。ですので、絶対にキスでなければならないというわけではありませんが、一年間それを繰り返し、私の身体の中にある王食菌すべてをあなたのもとへと移動させる事ができれば、私は健常者となり生きる事ができるようになります。反対に王食菌に侵されたあなたは死ぬ事になるんです」


「一年間もかけなきゃいけない事なのか? 例えば一年間分のキスを一日くらいで済ます事ができれば、時間短縮できそうなものだけど」


「一度に過剰摂取した場合でも、一分もたたずに死んでしまいます」


「別に何も問題ないじゃないか」


「いいえ。それでは私の中にある王食菌をすべて移動し終える前に死んでしまう事になるので、私の死は防ぐ事ができません」


「……そうか」


 やはりどうしても腑に落ちる事はなかった。聞きたい事はまだあったのだが、これ以上踏み込む必要性は現状ない。それよりも今は、契約を続行するか否か結論を出す事が先決だろう。


「安心してください。先程申し上げたように、破棄をする手段はどちらかが死ぬ以外にも方法があります。最短での破棄であれば、これから定める約束を私が破るだけで済みますから、さほど時間はかかりません」


「僕が契約を破棄して、その後に自殺をしたら君はどうするんだ?」


「わかりませんが、そう遠くない未来で私も寿命が尽きる前に命を落とすと思います。でもそれは、あなたのせいではありません。私が勝手に巻き込んだだけですから。私の生きたい気持ちは、あなたの人生に関係ありません。あなたの意思で、後悔のない選択をしてください」


 思わず俯いてしまった僕を気に掛けたのか、女性は優しい口調でそう言った。顔を上げて女性の方を見ると、優しく微笑みかけてきた。


 生死を左右する状況だというのに、どうして笑えるんだ。僕は髪を右手でかき回した。


「……わかった。契約するよ」


 後先の事を考えていないわけではない。しかし、救える可能性があるのだとしたら見捨てるわけにはいかなかった。


「本当ですか!?」


 女性は目を大きく見開き、声を大にした。


「あぁ。本当だ」


「ありがとうございます。ありがとうございます!」


 女性は深々とお辞儀をすると、その言葉を何度も何度も繰り返した。


「毎日キスをするだけで2人の願いが叶うなら安いもんだよ」


「ありがとうございます」


 女性は顔を上げると、改めてその言葉を口にした。何だか少し、表情が暗いように感じるのは、辺りが暗くなり始めているせいだろうか。


「じゃぁ正式に契約完了という事で、最後に大事な大事な約束事を決めましょう!」


 女性は右手を天に突き上げると、声高らかにそう言った。


「君が破ったら、契約破棄できるってやつ?」


「そうです。私が一つ。あなたも一つ。合計二つの約束事を決めるんです。あぁ、でも安心してください。私が一方的に守る約束ですから。あなたには一切関係ない事です。じゃぁ早速私から」


『あなたが自身のために何かを求めた時、私はそれを尊重し気持ちに答える事』


 両手を胸に当て、女性は静かにそう言った。


「はい。じゃぁ次はあなたの番です」


「随分と自分の首を絞める内容だね。約束事は自由に決められるんでしょ?」


「そうですが、こうでもしないとだめなんです。ほらっ、次はあなたの番ですよ?」


「急に言われてもな」


「深く考えなくても大丈夫です。あなたが私に守ってほしい事をおっしゃってくださればいいだけですから。エッチぃのでもいいんですからね?」


「う、うるさいな」


 大事なことだろうから、容易に決めてはいけない気がする。僕は数分間頭を悩ませながらも、どうにか結論づけた。


「決まった」


「じゃぁ、教えてください」


『僕の分まで人生を謳歌すること』


 ようやくひねり出した内容を聞いて、女性は目を大きく見開いた。


「驚きました。異性でエッチな約束をしてこない人なんて初めてです」


「バカにしないでくれ」


「理由を聞いてもいいですか。どうしてそのような約束にしたんですか?」


「僕の命を犠牲に生を成すんだから、生半可な人生を送られては困る。ただそう思っただけだよ」


「……そうですか」


「どうしたの、不服?」


「いえ、なんでもありません。これで約束は揃いました。これからよろしくお願いします。あ、ええと、自己紹介がまだでしたね。私は雨海敦子っていいます」


「須々木優大だ。よろしく。でも住む場所とか、その他もろもろはどうするの? 恥ずかしい話だけど、僕にはお金も住む場所もないんだ」


「問題ありません。詳しい話はまた後で。麓に車が止まっているので、まずはそこまで移動しましょう」


 ……車?


 恰好から判断するに運転できる年齢ではなさそうだが。いやでも、高校三年生くらいの年齢であれば免許の取得は可能なんだっけ。


「……わかった」


 僕は生じた疑念をそのままに、雨海さんの後についていく事にした。


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