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雨海敦子6.ぎこちない

 家まで向かっている最中、何度もどんなものを購入したのか聞いたのだが『いいやつ』という曖昧な返事しか返ってこなかった。実物をみようにもトランクに入れてあるみたいで、助手席に乗ってしまった以上、今すぐ確認するわけにもいかない。とりあえず予算オーバーだけは避けてくれたみたいなので、大いに振り回されたものの、なんとか無事に買い物を終了する事ができ、少し安心する事ができた。


 家に到着したと同時に私は車の扉を開け、トランクの中にある購入物を見ようとしたのだが、須々木さんの方が一枚上手で先に回収されてしまった。玄関の方へと走り出す須々木さんを見て、私の中に大きな不安が生じた。


 須々木さんが手にしていた荷物は中くらいの紙袋二つ、小さい紙袋が一つの合計三つしかなかったからである。念のためトランクの中を確認するが、他にそれらしき物は見当たらなかった。


 あんな大きさの紙袋に寝具が入るわけない。


私は急いで須々木さんの後を追った。扉を開けて、靴を脱ぎ、また扉を開けてリビングに出た。


 ……いない。


 私はすぐに寝室へと向かった。須々木さんは寝室でなにやら寝ころんでいた。そばには紙袋が三つ置いてある。私は勢いよく駆け寄ると、中身を確認した。しかし、中はどれも空っぽであった。


「中身はどこいったんですか?」


 私は力いっぱい須々木さんの体を揺すった。


「ごつごつするし、硬い。これならソファの方が幾分ましだ」


 須々木さんのその言葉で、私の怒りは頂点に達した。


「大切なお金だったんですよ? あれほど時間あったじゃないですか。どうしてちゃんとした物を買ってくれなかったんですか?」


「ごめん」


 須々木さんはそう言うだけで、こちらを見ようとはしなかった。


「謝ってほしいわけじゃないんです。これからのあなたの生活に関わる事なんですよ? しっかり体力をつけないといけないのに。美味しいものを毎日食べてほしい。毎日湯船にだって入ってほしい。テレビだって好きなだけ見てほしいんです。でもそれにはすべてお金がかかるんですから。あれほど言ったのに」


「そういうとこだよ」


 思わず俯いた私に、須々木さんはそう言った。


「僕には合わなかったけど、君にならどうかな」


 須々木さんは起き上がると、体の下敷きになっていたものを私の前に差し出した。


「これ……」


 それは、女性ものの服と化粧道具であった。どれもショッピングモールで見た覚えがあるものばかりだ。もしかして、自称人見知り男と、ごり押し女店員は須々木さんの差し金だったのだろうか。しかし、どうしてそんな事をしたのだろう。それに何より、肝心の布団はやはりどこにも見当たらなかった。


「布団はどうしたんですか!?」


「買ってないよ」


 須々木さんは、何食わぬ顔でそう言った。


「体の節々が悲鳴を上げているって言っていたじゃないですか!」


「騙してごめん。体は何も問題ないんだ」


「気を遣ってくれなくて結構です。私は今の生活に十分満足しています。今すぐに返品——」


「自分のために生きていいんだぞ?」


 私の言葉を遮った須々木さんの瞳は物哀し気に見えた。


「嘘をついたのは悪かった。でも、こうでもしないと君は頑なに自分のために生きようとしないから。ただソファに座って一日を過ごしている僕が言える立場ではないんだけれど、家事なんか捨て置いて好きな事を好きなだけやってもいいんだ。自分のためだけに、時間を使ってもいいんだよ。今回はそのきっかけの一つだと思ってくれればいい。

 それに君こそ僕に気を遣っているみたいだけど、余計なお世話だ。腹は満たされればそれでいい。湯船はたまにでいいし、テレビだってずっと見続ける必要もない。だから君は、気にせずもっと自由に生きてくれ」


 そんな真剣な顔をして、須々木さんは何を言っているのだろうか。命を頂戴する立場の人間が、自分のために生きていいはずがないじゃないか。苦痛を伴っているはずの須々木さんの前で、何食わぬ顔で好き勝手行動していいわけがないんだ。それに私は……。


「そんな事できません。権利がありません」


「君が権利を持っているか何て僕には関係ない。約束したでしょ? 僕の分まで人生を謳歌するって」


「……しましたけど」


「じゃぁこれはもらってもらう。じゃないと契約破棄だからね」


 そう言うと、須々木さんは笑みを浮かべた。


「ずるいですよ」


「ずるくて結構」


「……じゃぁ、いただきますね」


 私はうまく笑えているだろうか。須々木さんの私を見つめる表情がすべてを物語っていたが、これ以上私にはどうする事もできなかった。


 その後、服の試着とメイクを須々木さんにせがまれて、私は恥ずかしながらもその要望に応えてみた。


 須々木さんは私の姿を見て爆笑していた。それもそのはずで、メイクが小学生の落書きみたいになってしまったからである。


 仕方がない。何せ初めてなのだから。あの女店員のようにはいかない。いつか必ず見返してやろう。そう心に決めて、私はその日のキスを大口を開けている須々木さんにかましてやった。

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