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雨海敦子4.服と化粧

 黒崎さんは車で二十分ほどの距離にあるショッピングモールへと連れて行ってくれた。黒崎さんにお願いして、私がたびたび訪れている場所だ。


「買い物には神経を使う。一人で吟味したい。きっと時間もかかる。だからここからは、自由行動にしよう」


 到着するや否や、須々木さんはそう提案してきた。


「私も一緒に選びます。出費はなるべく抑えたいですから」


「とりあえず決めたら連絡するから。それまでは解散!」


 須々木さんはそう言うと、私の意見も聞かずに一目散にショッピングモールの入り口へと駆けていった。


「もう、強引なんだから。なんだか今日はやけにテンションが高いなぁ」


「久しぶりの外出で気持ちが高ぶっているのでしょう。せっかくの自由時間です。ゆっくりしてきてはどうですか?」


 黒崎さんは窓を開けると、呆れている私にそう言った。


 確かに普段は買い物といっても日用品や食品を購入するだけで、自由にものを見て回る事なんてしてこなかった。


「……そうですね。じゃぁ、お言葉に甘えてきます」


 黒崎さんにそう伝えると、私もショッピングモールの入り口へと足を運んだ。


 店内に入り、辺りを見回すと普段は気に留めた事がなかったが、当たり前のようにお店が所狭しと並んでいた。私は心が躍りだすのを必死に抑え、エスカレーター付近のベンチに腰掛けた。目の前はクレープ屋さんで、子ども連れの家族が数人並んでいた。


「俺ね、俺ね! バナナちこ!」


 三歳くらいの男の子が、母親に食べたいクレープの味を何度も連呼している。何とも微笑ましい光景だ。チョコが言えていないところもまた、私の顔をにやけさせる。それと同時に一つの感情が体の奥底から湧き出てくる感覚がした。


 ……私はなんて醜いんだろう。


 逃げるようにベンチから立ち上がると、どこか落ち着ける場所を探した。しかし、どこもかしもの人だらけ。落ち着ける場所などありはしなかった。普段は気にならないはずなのに。


 ……車に戻ろうかな。


 そんな事を考えていると、一通のメールが届いた。黒崎さんからだ。いや、今は黒崎さんのスマホを須々木さんが借りているから、須々木さんからという事になるのか。


 決まったのだろうか。私はすぐに内容を確認した。


『思っていたより商品が多くて苦戦中。日が暮れるまでには決めるから、まだまだ自由行動で』


 ……まだかかりそうだな。


 ため息をついてスマホを胸ポケットにしまうと、出口へと向かった。別にどこで待っていようと変わらない。今の私にこの世界は眩しすぎるみたいだ。


「あの、すいません」


 出る直前、唐突に見知らぬ男に声をかけられた。無視してもよかったが、特段理由もなかったので、立ち止まる事にした。


「なんですか?」


「妻のプレゼントで服を購入しようと思っているのですが、女性もののお店に入るのはどうも気が進まなくて。よかったら一緒に来ていただけませんか」


 見た目三十代前半くらいの男は申し訳なさそうな顔をして、こちらの様子をうかがっている。


 露骨に怪しい。年下の、しかも制服を着た見知らぬ女に普通そんな事を頼むだろうか。いい年で結婚もしているのに、今更そんな事で恥ずかしがるはずがない。明らかに下心満載である。まぁでも、他にやる事もないし、ついていくだけならば問題はないだろう。変な事をされたら、大声を上げればいいだけだし。多少の時間つぶしにはなるはずだ。


 私はあれこれ思考回路を張り巡らせた結果、ついていく事にした。


「いやぁ、助かります。女性の意見も取り入れたかったので」


「そういうのは店員さんに聞く方が早いですよ」


 私は当たり前の事を、当たり前のように男にぶつけてみた。


「でも、僕人見知りなんですよ」


 じゃぁなんで他人の私に話かけられたの?


 明らかな嘘に呆れつつも、それ以上の深堀はやめた。不毛なだけだから。


 それから、いくつか服屋を見て回った。どんな服が好みなのか、この中だったらどれがいいか。根ほり葉ほり質問された。私の好みなど、どうでもいいだろう。そう言ってやりたかったが、何やら男は真剣だったので、しぶしぶ付き合う事にした。


 一通り見終わったところで、ようやく男は私を解放してくれた。結局購入してはいなかったが、喜んでくれたみたいなので悪い気はしなかった。


 気づくと時刻は十五時。いつの間にか一時間も経過していた事になる。私はスマホを手に取ると、須々木さんに電話をした。しかし、でなかったので『もう少しかかりそうですか』とメールを送り、再び出口の方へと向かった。


「すいませぇーん」


 今度は何?


 声のする方へと振り返ると、化粧品売り場の女店員がにこやかな表情でこちらを見ていた。


「お化粧に興味はおありですか?」


「……いえ」


「もったいない! もったいないですお客様!!」


 女店員は勢いよく私に近づくと、鼻息を荒くしながらそう言った。


「いや、いいですから」


「お客様、当店ではただいま無料でお試しいただけるサービスを行っております。ささっ、こちらへどうぞ」


 私の意思なんか関係なく、女店員は強引に私を化粧台前の椅子に座らせると、化粧道具を取り出した。


「まずは、こちらをお試しください。お客様みたいに肌がきれいな方には、こちらがぴったりでございます!」


 声高々に色々おすすめされるが、正直私は化粧をした事が一度もない。それに、こんな物に使うお金も持ち合わせていない。


「あ、あの、私……」


「大変失礼致しました。こちらの方でつけさせていただきますね」


 だめだ。話をする隙を与えてくれない。


 ……もう、どうにでもなれ。


 私は目を閉じると、女店員に身を委ねる事にした。


「こんな感じでいかがでしょう?」


 数分後、そう言われて目を開けると、鏡には到底私とは思えないような煌びやかな女性の姿が映っていた。


「……これ私ですか?」


「もちろんでございます。女性は誰でも、きれいでいたいものです。それは女性である限り、いつだってうちに秘めた本心でございます。もしお化粧に興味を持たれたのでしたら、これなんていかがでしょう。試されていきませんか?」


 思わず口にでた言葉に対して、女店員は嬉しそうにそう言った。


 正直こんなにも変われるなんて思ってもみなかった。知らない私を目の前にして、どこか浮かれていたのかもしれない。気づくと私は首を縦に振っていた。

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