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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月が見えたらぼくたちは ーTNstory

作者: 伊原みい

「何、そのかっこう」


怪訝な顔でつい、つっこんでしまった。

恋人であるターの格好は、どうみても不審者だ。黒いパーカーのフードを深くかぶり、口元は黒いマスクで覆われている。首元は布を巻いてるし、薄いサングラスまでかけていて目元もよく見えない。


「お前、知らないのか? 月食中の月明かりを浴びると、不幸が起きるんだぞ」

昔、平安や鎌倉の時代は、月食は悪いことが起きる前兆と考えられていて月明かりを浴びないように気をつけていた、果ては影武者を用意して、とか、呪われるっていう考えも、うんぬんの話をターは熱く語っている。


「まあ、その言い伝え? ぼくも聞いたことはあるけどさ。皆既月食を見ようって誘ったら、OKしたのはターでしょ? その皆既月食を見にきたのに、いまさらそんなこという?」


確かに誘ったのはぼくだ。天気にもめぐまれた、ひさびさの天体ショー。ぼくは気合いを入れて、空が抜けたよく見えるポイントを探し出した。それもこれもターと一緒に見ようと思ったからなんだけど。そんなに嫌なら部屋にこもっていたらよかったのに。


「俺だってネオと見たいんだ。それに不幸がおきるなんて古い言い伝えだってわかってる。21世紀になに非科学的なこといってるんだっていう自覚もある。でも気になるだろ。ただでさえ、俺は不幸体質なのに。何かおきて皆既月食を見たせいだって思いたくないし」


不幸の神に愛されたター。ただ普通に生活しているだけのはずなのに、なぜか奇跡のよう次々と不幸を呼び寄せる。でもそれを笑いに変えられるターのキャラがみんなに愛されている理由の一つだと思うし、いまさら、何かやっても変わらない気がするけれど。本人がそう思うなら、しょうがない。やれることはやっておきたい気持ちも理解はできる。


「もうすぐ月が欠け始めるから、せめてサングラスだけでも外しなよ」

「わかった。俺も写真撮りたいし。こんなに天気がいいなんてなかなかないよ」


写真は撮るんだ、と思ったが口にはしなかった。ターは、がさごそとバッグから大きなカメラを取り出している。ターの趣味はカメラで、自然や風景を撮影するのが好き。きっとこの撮影も楽しみにしてきたんだろう。


カシャっと音がしてみると、ターがこちらに向けてカメラを構えていた。


「ぼくはいいよ。試し撮りは風景にして」

「空がぬけて、ネオのシルエットがきれいだったから。ぜったいかっこよく撮れたよ」


ターはぼくに笑顔を向けてから、被写体を夜景に移した。ここは小高い丘の上の小さな公園。といっても都心にあるので、眼下に広がるのは住宅街と少し遠くの高層ビル群。夜景の穴場スポットといわれているだけあって、ビル群の明かりがきらきらと輝いて見えた。

今日は皆既月食があるからか、公園内にぽつりぽつりと人がいる。が、混雑するほどでもなく、ぼくたちの座るベンチの近くに人はいなかった。会話を気にする必要がなく、気が楽だ。


「でも」ターが撮る手を止めた。ぼくはターを見つめる。

「本格的な機材をもってくるのは止めたんだ。せっかくネオと見るんだから。三脚を組んでまで撮影しないよ」

いいカメラはもってきたから、月を見ているネオのことはばっちり撮影できるよ、と言葉がつづいたあたり、どこまで本気かはわからないが、一緒に見ようとしてくれていることはうれしかった。


月が欠け始める。


不思議な光景だ。早送りで月の様子を見ているみたい。するすると光が少しずつ失われていくさまは、時の流れが可視化されたようで少し怖くなる。


「不思議」

思わず、言葉にしてしまう。「ああ」と、月を見つめたままターの言葉が帰ってきた。フードを深く被り直したターは目しか見えていない。


「皆既月食になったんじゃない?」時計を確認すると、ちょうど皆既の時間に入った。確かに赤いかな。まだ少し、消えたはずの光がうっすらと隅に見えている気もする。んー。どうだろう。


隣でターがカメラを構えたのがわかった。カメラを構えたターの姿は文句なくかっこいい。恋人の贔屓目でなくとも。スタイルのいいターが真剣に何かをするとき、オーラも加わって別人のようにかっこよくなる。それに本人が気づいていないところも、本当にずるい。


ターが顔を上げた。ファインダーから目を離し、カメラの画面を見つめるターに、ぼくにも見せて、と声をかけた。

「あー。カメラごしの方が赤いのがわかるね。黒っぽくて、あやしい感じ」

「しゃくどー色な。肉眼でも赤いと思うけど」


ターが視線を上げたのにつられて、ぼくも月を見上げた。確かにさっきよりも、赤くなったような気がした。遠くに広がる都心の夜景と、雲なく広がる黒い空、そこに浮かぶいつもと違う月。今しか見られないと思うと、ぎゅっと胸を締め付けられるような、切ない気持ちになった。


「ネオ、めずらしいな。もう見れたから、って、すぐにスマホをいじりそうなのに」

苦笑いしていうターに、確かにその通りだと思う。いつものぼくなら、そうしていたかもしれない。でも今は、見ていたい。


「ターと来たから。今だけ」

ほとんど休みがとれないような激務をこなす毎日。同じ会社にいるターもそれは同じで。今は別のプロジェクトにいるから、ほとんど会えない。こんな普通の時刻に二人でいる時間がとれることなんて、きっとこれからもめったにない。


明かりのない月を見つめるぼく。カメラの設定をかえて、月を撮りつづけるター。

「ター、皆既月食、次は3年後だって」

「意外と、すぐにあるんだな」

ぼくはうん、とうなずいた。3年後。そのとき、ぼくとターは何をしているだろう。


ずっと一緒にいよう、なんて安い言葉は口にしない。でも、この月を見ている時が永遠だといいなと思う。


すぐ横で、カシャっと音がした。レンズ越しの君と目が合う。もっぱら風景専門で、人物を撮るのは好きじゃないと公言する君が、唯一、ぼくにだけはカメラを向ける。


「なあ。次の皆既月食もここにこよう? その次も。その次もさ。一緒にみよう。街の風景が変わって、歳をとってしわが増えたネオとさ、変わらない皆既月食を俺、また撮りたいな」

うん。もしこの時が変わらないと君がいうなら、またぼくを。

でも。


「やだ」

笑ってそう答えた。「月食の呪いにかかりたくないし」とつぶやいたぼくに、なんでだよ、と言いながらも太陽のような笑顔を向ける君。きっとぼくの答えは伝わっているでしょ。


皆既月食が終わる。

戻る月は速い。なんだか無理やり現実世界に戻されていくようだ。月のようすを確認しながらパシャパシャと撮影をするターと、話し込んでいるうち、あっという間に満月に戻ってしまった。



あー、きれいだったけどあっという間だったね、余韻をひきづりながら公園横の階段を二人並んで降りた。階段を降りるのも、天から下界に帰る、みたいで、ますます現実感が押し寄せてくる。ぼくはタンタンタンと音を鳴らして降りながら、横目でカメラをカバンにしまおうとするターを見ていた。


あ、カメラが落ちそう。


気がついて、とっさに手をカメラに伸ばした。ら、足場が悪く、見事なまでに派手に体のバランスを崩した。


やばい。

ぼくは……、ターにぶつからないよう、とっさに体をひねり、受け身をとって手をついた。ああ、危ない。危うく階段から転げ落ちるところだった。階段のしたを見て、その高さにぞっとする。


「ネオ!」

「あ、危なかった……」

かすれた声を発して、ターを見上げると、心配そうな顔と、手にきちんとおさまったカメラが目に入った。よかった。大事なカメラも無事で。いまだ、心臓がどきどきと激しく動いている。


ターはフードをぬいで、カメラをしまい、カバンを背負い直した。自分の足元を確認してから「ほら」っとぼくに手を伸ばしてくれた。ぼくはターの手をぎゅっとにぎって、立ち上がった。


「イタ」

思わず、声がもれた。足首に激痛が走る。ああ、ひねっちゃったか。運動神経だけは自信があったのに、こんなことで足をひねるとは。


「ごめん。足首ひねっちゃったみたい」

えへへと軽くいったつもりなのに、ターの顔は険しい。しゃがんで足首をみてくれようとしたが、大丈夫といってそれを制した。


「おぶろうか?」

心配でいってくれているのはわかるがさすがにそれは恥ずかしすぎる。腕に捕まっていい?、と確認して、ターの腕をつかんだ。無事な足に体重をのせれば、まあ歩けなくもない。

「大丈夫。ゆっくりなら歩けるし。でも、大通りに出てタクシーを捕まえるよ。さすがに長くは歩けなそう」

ターに笑顔を向けたつもりだが、ターの顔は晴れない。


「送らせて。途中で何かあったら、後悔する」

あまりに真剣に言われて、何も言い返せなかった。大袈裟だと思ったものの、さすがに階段を一人では降りられそうもない。ターは、一段一段、時間をかけて降りるぼくに、嫌な顔せず、つきあってくれた。


「病院に行かなくていいのか」と散々言われたが、「明日いく」と答えておいた。歩けなくもないし、診療時間外に緊急で見てもらうほど重くはない。ただ軽くひねっただけだ。



案外すぐにつかまったタクシー。

二人で乗り込むと、ターはずっと無言だった。気づいたら、首に巻いていたものも外し、サングラスも閉まったようだ。すっかりいつも通りのターなのに。おしゃべりなターの口数が少ないのは、どうしたことか。


「ごめんね。この時間だったらゆっくりいっしょに食事できたのに」

「こんなことで怪我するなんて、最近、運動不足かな」

と、話しかけてみるものの、生返事しか返ってこない。


え?本格的に怒った?



タクシーを降りた。マンションのエントランスまでいい、と言ったのに、ターは部屋まで送るといってきかなかった。捻挫なんて、そんな大ごとじゃないのに。


ぼくが部屋の鍵をあけると、ターはドアを開けて、ぼくの荷物をわざわざ運んで玄関の中に置いてくれた。


「ごめんな」

急につぶやかれてびっくりする。


「なにが? ター、何もしてないよ? むしろ、ぼくがごめん。迷惑かけちゃった」

「いや。月明かりを浴びないなんて言って、あんな格好しなきゃよかった。むしろ俺に不幸が起きたらよかったのに」

それで帰りは普通の格好に戻っていたのか。


「ター、本当に呪いとかないから大丈夫だよ。ぼくが不注意だっただけ。ね? 変なことしないでよ?」

「変なことってなんだよ」

「お祓いとか行きそうで怖いよ」

「行ってお前が怪我しないなら行くよ」

「そうじゃなくて!」


ふわっと抱きしめられた。ぼくの足に力がかからないように、自分の方にぼくの体を引き寄せてくれるところに、ターのやさしさを感じる。


「俺が怪我すればよかったのに。普通だったら、俺だろ。こういうとき、転ぶのはさ」

まあ。確かにターはよく転ぶ。何もない平らな道でさえ。


「それに。とっさに体を支えてやることもできなかったから。お前は体勢崩したとき、俺を巻き込まないようによけてくれたのに」

うん。でも、それはぼくもターには怪我してほしくないから。


「二人で転ばなくてよかったよ。二人で階段から転げ落ちたりしてたら、ねんざどころじゃすまなかったもん。それに運動神経がいいぼくだからこの程度で済んだんだよ! ターだったら骨折れてるからね」

笑ってくれるだろうと思って口にしたのに、ターはくすりとも笑わず、抱き締める力が強くなる。


「自分に何か起きるのはいいけど、お前には起きてほしくない。本当、気をつけて。心配になる。それに」

「それに?」

「俺、ずっとお前の横にいるよ」

カメラでのぞくお前が不安そうに見えたから。耳元で、付け足すように小さな声が聞こえた。


そうやってぼくを甘やかす。呪いなんて信じていないけど。ぼくが過ぎゆく時を感じた月を、ターは変わらないと言ってくれたから。ぼくは君を信じたい。


ターの胸に顔を埋めた。

「ぼくも。ずっと」

くぐもった声で伝えた言葉。いつもなら絶対に言葉にしないけれど。今日だけ。月の呪いでもいい。ターがずっとぼくと一緒にいてくれますように。

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