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蘭の花、異世界に招かる 天朝国奇譚  作者: 小野田青夜
第一章 紅い薔薇のいざない
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閑話其の一 赳赳たる武夫

粛粛(しゅくしゅく)たる兔罝(としゃ)

之を()つこと丁丁(とうとう)たり

赳赳(きゅうきゅう)たる武夫(ぶふ)

公侯の干城(かんじょう)


きっちり仕掛けた兎網、杭打つ音はトントンと

勇敢なる戦士は、君主(きみ)の盾


 馬上から風を切り裂いて放たれた矢が、音高く的の中央に命中した。


 九石(きゅうせき)の強弓を小脇に抱えた曹仁勇(そうじんゆう)は馬首を翻した刹那、既に何本もの矢を突き立てた的をちらりと一瞥し、満足とも不満ともつかない顔をした。


五公子(ごのわかさま)、お見事でございます」

 主君の子息の鍛錬に駆り出されている舎人(けらい)たちが、手にした松明を振りながら、もう何度目かも知れない決まりきった賞賛を口にする。仁勇は今度こそ小さく舌打ちした。彼は佞臣の見え透いた世辞が嫌いだったが、それ以上に身びいきが嫌いだった。


 春とはいえ、日の出間近の薄暗い馬場はひやりとした爽気に包まれ、人をどこか粛然とした気分にさせる。朝を待ちかねて思い切り馬を走らせても、仁勇の心の奥に蟠る不快な感情が薄まることはなかった。


――族滅されたはずの呂氏の生き残りが、今さらどの面下げて(ここ)に来やがった。


 あの呂太皇太后と血の繋がる女が、まさに帝都に入らんとしているという風聞がある。

 昨夜晩く父から呼び出されて告げられた情報は、生来直情な彼の義憤を燃え立たせずにはいられなかった。太皇太后といえば、臨淄王(りんしおう)殿下を退けて我が子を帝位に就けたばかりか、太祖のお子や功臣を何人も死に追いやり、身内を優遇して国政を壟断した悪女ではないか。皇上(みかど)の御世になって呂氏の罪は公式に許されたとはいえ、仁勇は呂一族が誅殺されたのは当然の報いだと密かに思っている。


 怒りの混ざった苛立ちを騎射の習練にぶつけても、心の在り様は水際立った技量の冴えを曇らせる。外野の舎人たちが気づくこともできないほど僅かな翳も、仁勇には手に取るように解る。ひとつ息を吐くと、彼は三百歩以上離れた的を真剣そのものの表情で睨んだ。ようやく差し始めた朝暉を浴びて逆光になった的は、ただの小さな黒い陰となって佇立している。


 冷静に、心を鎮めねば。文武に通じ、家門を高め、父を越えるために。

 掛け声と同時に愛馬を駆った仁勇は、瞬く間に弓を構えたかと見るや、つがえた矢をきりきりと引き絞る。弦音が裂帛の気をまとって高く響いた。


 再び従者たちの歓声が上がった時、矢じりは的の真ん中に深々と突き立っていた。


 後に二代にわたって皇帝の片腕となり、無双の国士としてその名を竹帛に垂れることになる曹景(そうけい)、字を仁勇は、この時未だ齢十七の少年であった。

引用詩

『詩経』周南より、「兔罝」(一部)

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