9話 初級大ボス戦 天上界特別コース ソロ用
ため息をついても仕方がない。それでも無意識に口から出てしまう。
「まじか」
一人残された戦場で、オッサンは〖聖域〗を展開させる。
もう傍らに〖化身〗はいない。〖聖鎧〗もまだ時間には余裕があったが、すでに停止させており、もうすぐクールタイムが終わる。
〖化身〗は専用の装備があれば発動できていたが、〖背負い十字〗はどうやら〖聖鎧〗の発生神技。
さすがに準備が終わるまでは待ってくれるだろう。
気を落としてもいられず。今のうちに済ませておくべきことが幾つかあった。
独自の呼吸で内外の〔気〕を取り入れ、それを下腹部に蓄える。
丹田は臍の下だけでなく、額と胸の二カ所にも存在している。しかし現状のラウロが上中の丹田に〔気〕を集めるには、腕の動作を組み込まなくては難しい。
そのため武器や盾を装備した状態では、下丹田に気を送るだけで限界だった。所詮は基礎だけれど、これだけでも小鬼の頭くらいなら握りつぶせる。
だがここから先は素手でなければラウロには無理だ。
左右の腕を広げ、円を描きながら渦状に手を下丹田へと持っていく。
呼吸法を交えながら、〔気〕を練り上げて質を高める。
同じように上丹田と中丹田にも〔気〕を蓄え、練り込みの作業をしておきたい。
しかし残念ながら、大ボスはずっと待ってはくれなかったようだ。
ラウロの背後に巨大な土の紋章が出現し、そこから地響きと共に【大地の腕】が二つ出現した。
地面に大きな指を減り込ませ、這いずるように肩と頭部が空気にふれる。
後頭部や耳裏に小石が当たり、振動が足にまで伝わってくるが、ラウロがそちらに意識を向けることはなかった。
大ボスは上半身までが地面から乗りだしていたが、腰はまだ出現していない。
【巨像】が本当の意味で脅威となるのは、大地を踏みしめてから。
足の草花が加わるだけで、ただでさえ厄介な回復速度がより強化されてしまう。
土の部位は全部で五カ所。火炎放射で焼いたとしても、【花】が一輪でも残ってしまえば、時間の経過でまた生えてくる。
拳士は始めて後方に意識を向けた。
「下半身がでる前に片づけんと」
【巨像】は植物が生い茂る肩と上腕を動かし、苔むした岩の前腕を天高く持ち上げる。
長らく〔気〕を練っていたが。
「……こんなもんか」
法衣鎧から革鎧へと装備を交換。
振り落とされた巨大な拳を、振り向きざまに〖聖十字〗と二重の〖聖壁〗で防ぐ。
「転移は出来ても、素早くは動けんから回避は苦手でね」
大岩の拳は何事もなく〖聖十字〗を通り抜け、〖壁〗の一つを破壊する。
「迎え撃つ」
〖聖なる鎧〗を発動させ、神力を沈ませることで、残った〖聖壁〗を強化。
圧力に〖壁〗がひび割れていく。
聖強壁へと名前を変化させたいが、間に合いそうもない。
今は時間稼ぎだけでも十分だった。
〖壁〗だけで完全に防ぐことは最初から諦めていた。それができるのは〖化身〗と協力した時だけ。
丹田に蓄え、練り込んだ〔気〕が熱を発する。
臍の下で重ねていた両手を、先ほどとは逆回転で渦状に腕をひろげ、〔気〕を全身に駆け巡らせる。
「来るか」
〖聖壁〗が破壊され、大きな岩の塊が直接ラウロに襲い掛かる。
呼吸を合わせながら、岩拳の表面に左手の平を叩き込んだ。
重力と体格と力。
伸ばされた左腕が軋み、血管が破れ骨に亀裂がはしる。
前頭部の古い傷が開き、血が噴きだす。
あの鬼も【巨像】と同等の大きさだった。
それが振り落とした巨大な斧。
直撃したはずのラウロが即死とならなかったのは、左右の手で側面を挟み、寸前のところで受け止めたから。
本来であれば回復を駆使しなければ、今回のような受け止めは成功しない。
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〖背負い十字〗 全身が光る膜に包まれ、輝く十字架を背負う。精神保護。魔系統には効果大。
攻撃を受けた事実を捻じ曲げ、ダメージの一部を十字架が引き受けてくれる。受けたストレスに比例して心の保護を強化。化身との同時使用は不可。
十字架は時計のように、刻々と回転を続けている。
逆位置の時は敵に憎悪を向けられるが、徐々に引き寄せ効果は弱まっていく。
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物理判定のない背中の〖十字架〗に亀裂が生じる。
結果として負傷の事実は捻じ曲げられ、ラウロの左腕は軋むだけに終わった。
いや。兜の内側から血が流れ落ちている。
受け止めた姿勢のまま耐え忍び、なんとか空気を取り込む。
次の瞬間だった。
指先が岩に減り込み、その表面を砕きながら、地面へと巨大な岩塊を叩きつける。
受け止めたのは左腕の一本だけ。
鎧に神力を沈ませ、〖聖拳〗を強化させた右腕で、巨大な岩を殴り上げた。
「やっぱ【巨像】も脆いな」
【大地の腕】という神技は、岩にそこまでの強度がなかった。
〖聖拳〗に加えて〔気〕による打撃の強化。
苔むした岩の前腕は砕け、残った上腕ごと身体が〖拳〗の衝撃に仰け反った。腹の土部分が崩れたことで、【大地の巨像】は背中から地面に倒れる。
揺れに足もとを取られる前に、〖足場〗を使って上空へと逃れる。
右手のグローブからは血が滲んでいた。
「俺は師匠ほど丈夫じゃないんだけどな」
強力すぎる一撃は、自身の腕にも被害をもたらす。〖聖拳〗による頑強は、あくまでも神技による分だけ。
ラウロには〔闘気功〕と〔硬気功〕の両立はできない。
「いつもなら腕が折れる威力で殴ったはずだ」
今回は指の骨だけで済んだらしい。右の拳に〖治癒の光〗を灯す。
精神への負担が普段よりも少なく感じていた。
背中の〖十字架〗は亀裂が大きくなっている。
「とりあえず攻めてみるか」
【大地の巨像】は頭部が弱点なためか、そこは他よりも硬い。
〖聖なる足場〗を交互に展開させながら、【巨像】の顔面を目指す。
ゴーレムに【模造魂】はあったとしても、それが心かは不明。
それでも相手との戦いで様々な要素を合わせるからこそ、〔合わせ〕という技が存在する。
巨像の残った手の平が、自分の方を向いていると一早く気づく。
このままでは【飲み込まれる】と判断し、ラウロは進行方向から反れ、〖足場〗から勢いよく飛び跳ねた。
すでに先ほど破壊した側の前腕も、砕けた岩が集まって復元が始まっている。さらには足の部位をつくりだそうと、地面が盛りあがって崩れた腹部と繋がっていく。
「させるかっ!」
着地と同時に〖土紋・地聖撃〗を発動させ、【巨像】を上からの圧力で押さえつける。
この敵には腕が二つあるから、単独でも【引力と重力の牢獄】を発動可能。
動きを封じられたまま、その胴体で圧し潰されるのは避けたい。
ラウロは背後の〖十字架〗を確認する。
「少し時間を稼ぐか」
下半身が出現するのを阻止しながら、【飲み込む手の平】に注意して動く。
装備の鎖より兵鋼の短剣を取りだす。
ゴーレムには目がないため転移もできないので、夕暮ではなく〖儂〗の剣を発動。〖一点突破〗での移動を利用しながら、【巨像】との戦闘を続けて行く。
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下部の出現はなんとか阻止できているが、破壊した岩の前腕はすでに修復されており、敵は身体を起こしている。
地面に叩きつけた腕を振り上げ、こちらにその破片を飛ばして来た時は、けっこう危なかった。
一撃目を二重の〖壁〗で防いだのが失敗だった。
二撃目は残るもう片方の腕から破片を放つので、〖聖強壁〗での防御とは別の射線から迫ってくる。
〖聖十字〗〖聖鎧〗〔硬気功〕で凌ぎ、〖背負い十字〗がダメージを負った事実を捻じ曲げる。
こういった感じで危険な場面も何度かあったが、ある程度はこちらの実力を探りながら、攻撃パターンを増やしているのかも知れず。
すでに下中丹田に蓄えていた〔気〕は使い切っている。
上丹田の〔気〕も精神の安定や、集中力の強化で残り少ない。
装備の鎖に短剣をもどし、両腕が光る素手の状態になった。
「よし、仕掛けるか」
戦方としては、以前【大地の腕】に使ったものと一緒。
【巨像】が両手をこちらに向けた時は、【牢獄】を狙っているので駄目だ。これに捕まってしまうと、その隙に下半身が出現してしまう。
できる限りの神力を軽鎧(王)に沈める。
大ボスが右腕だけで【飲み込む手の平】を発動させた。
「これが狙い目っ!」
拒絶をせず、そのまま素直に引き寄せられる。
自分から勢いよく飛び跳ねることにより、空中で【牢獄】に捕まらないよう対策をしておく。
巨大な手の平に握られる寸前、〖壁〗を発動させて自分の動きを停止させた。
〖足場〗の角度を水平に調節し、その場で片膝立ちになる。
【大地の腕】は開いていた手を握っていた。
「お邪魔します」
【巨像】の手首に飛び移り、前腕を駆け抜ける。
左の巨腕でラウロを振り払おうとしてきたので、〖足場〗を展開してそちらに飛び移る。
ここまで来れば、もう【像】の顔面は目前。
断魔装具としての〖聖拳〗強化だけでは火力不足。
もう気功は使えない。
傷を負った〖十字架〗が、今まさに完全な正位置となり、周囲に聖なる光が広がる。
一定範囲の魔を弱体化させ、自分と味方の身体能力を強化。
交互に〖足場〗を展開させながら駆け上がる。
「行けるか」
この神技は熟練が低い。
拳士として挫折した男が、探検者として歩いてきた日々。
王革と王鋼の軽鎧に想いを託す。
〖足場〗から〖足場〗へと飛び移り、着地と同時に左の靴底を踏み込み、右肘を引きながら腰を捻る。
折り曲げた左肘の先を【巨像】の顔面に向ける。
後方にあった右足を前に踏み込みながら、残った左足のつま先で〖足場〗を蹴り上げる。
全身の流れを連動させ、右の〖聖拳〗へと全てを込めて。
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最後の一撃は、どこか儚い。
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着地に失敗。
「痛てえっ!」
尻を地面に打ちつけた衝撃と、全身全霊の拳打による反動で〖背負い十字〗は砕けた。
〖聖拳〗に〖十字架〗の光が蓄積される。
しかし未だ〖破魔の拳〗は完成せず。それでも〖聖痕〗に比べれば、得た光の量は断然に多いだろう。
背後から声が聞こえる。
『お見事でした。あとその、大丈夫ですか』
振り向くと、身体が透けた青年が立っていた。
「どちらさん?」
『あっ 失礼しました。〖巨像〗と〖岩鎧〗の召喚者で、名をセトと申します』
自分の〖聖域〗で身体を癒してから、ゆっくりと立ち上がり。
「こりゃまた丁寧にどうも、俺はラウロってもんだ」
オッサンは表情を強張らせながら。
「ひょっとして裏ボスってやつか。なら勘弁してくれ、流石に勝てんよ、あんた眷属神だろ」
聖神の戦いを目の当たりにして、もうそんな気力は湧かない。
『いえ違いますよ。拡散していた意識を集めて見えるようにしてるだけなんで、今の僕自身に戦う力はありません』
杖だけでなく、武具や防具の神技でも戦えるのだろうか。
気づくと自分の傍らにマグがいた。
「彼は私たちとも関係の深い土神なんだよ」
さっきは時空紋で消えたが、今度は〖転移〗または〖空間転移〗で現れたのだろう。
「君の地聖撃だって彼のお陰さ」
空間の歪みから、古の聖者も姿を現す。
「セトさんじゃないですか。良いんですか、姿を見せてしまって」
『許可はとってありますので』
オッサンの方を見て、頭をさげると。
『ラウロさんにはちゃんとお礼を言いたいと思っていましたので。本当はグイドさんにも直接お会いしたい所なんですが』
育友会に友情神が入れ込むように。
「ああ山岳信仰の連中か。まあなんだ、どういたしましてってな感じで良いのか?」
土の眷属神は苦笑いを浮かべ。
『はい。言葉での感謝しかできなくて申し訳ないのですが』
「じゃあこうしないか。あんたから俺がよろしくと言っていたことを、大毛根神さまに伝えといてくれ」
聖神がオッサンの肩を揺らし。
「ちょっとぉ、ややこしくなるから止めてくれないかな」
『えぇっと……すみません。僕にそういった名前の知り合いはいないのですが』
友情神さまのことですよと教えそうになるが、先ほどそれでマグに怒られたことを思いだし。
「とりあえず、この話は訓練を終えてからにしましょう」
ラウロの提案がその相手に伝わると、今度は会長だけでなく、オッサンにも加護を与えるとか言いだすかも知れない。
「えっ まだやんのか」
『さすがに彼は二戦続けてだし、少し休んだ方が良いと思うよ』
マグは光の抜けた金髪をいじくりながら。
「じゃあラウロには認知結界かけて、私らだけで始めよっか」
やる気満々の聖神を見て。
「そっちの端で座ってて良いか?」
彼女は諦めてくれないだろうと判断したのか、オッサンは背中を向けて歩きだす。
「あっ ラウロさん、まだ認知結界かけてませんよ」
「まったく君はうっかりさんだね」
聖神や聖天使といった名称で固定されていたとしても、別属性の神技を使えるのだから、やはり次元が違うなと感じる。
自分の異常性には気づかずに。
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その後も神技の慣らし特訓という名の拷問は続いた。
初級に夜はなくても時間の流れは存在する。神力を使い切っても、今度はなぜか拳や武器での手合わせ。
気づいたらぶっ倒れていたオッサンは、地上界での夕暮れ時に目を覚ます。
「あんなに可愛かった寝顔も、残念ながら見る影がないね」
「うるせえ」
セトは仕事中ということもあり、意識をダンジョン全体へとすでに拡散させている。
初級の大ボスは石玉が三つなら弱い個体。
召喚神技にも熟練などあるが、もしかすると苔の濃さなどは調節ができるのだろうか。
そして別れ際。
「欲望のお姉ちゃんがラウロに用事があるんだって。だから警戒期に入ったらさ、一人で中級に入場して欲しいんだけど」
上級に単独で挑むことは許されてないので、中級から【天空都市】に飛ばしてくれるとのこと。
「どうも引っかかってたんだよな」
あの二名を同じ人物として接していたが、どう考えても性格に違いがありすぎる。
「カチュアとカチェリだったか。あれ、どっちだっけ?」
記憶の操作はいつの間にか解けていた。
「嫌な予感しかしないんだけど、それって強制か?」
「会わせたい人がいるんだって。ちゃんと理由もあってさ、〔合わせ〕をして欲しいんだ」
心合わせ。もしそうだとすれば、一対一での戦いを要求されるという意味だ。
「アリーダは地上界だし無理だけどよ、刀神さんなら使えるんじゃないか?」
この二柱は爺の弟子。
「私らじゃ向き合ってくれないんだよ」
グレースはオッサンの目を見つめて。
「強制ではないので、考えてもらえると助かります」
警戒期に突入後。ソロで中級に挑戦した時だけ、都合がよければ【天空都市】の何処かでカチェリと合流する。
「勝ち負け関係なしで報酬も用意しとくから、損ばかりじゃないと思うよ」
ラウロも挑戦者の端くれ。
「んじゃ、気が向いたら挑んでみっか」
相手が何者か気になって聞いたが、詳しい事情は欲望神から説明を受けてくれと言われた。
戦うか戦わないかの選択によって、どうも記憶の操作を受けるらしい。
「ありがとね。カチェリさんも喜ぶよ」
帰還用の時空紋が出現した。
「中々に有意義な時間だった。こっちこそ感謝だわ」
「もうすぐ戦争が始まると思うけど、たぶん以前よりずっと強くなったはずさ」
「私も神技という形でしか協力できませんが」
オッサンは二人に背中を向けると、片手をあげて。
「またな」
時空紋に乗り、神力を沈める。
「君が思ってるほど、その去り方は格好良くないよ。だって似合ってないじゃん」
「うるせえ!」
思わず振り返ってしまう。
今回の戦いでの報酬だが、ソロで大ボス(石玉一つ)を攻略したので、特別サービスということもあり神革(中)をもらった。
神の素材は嬉しいが、定期的な手入れや修復に、王や将とは比べられない金がかかったりする。
それでも魔界の侵攻に向け、一通りの準備は整ったと思って良いか。
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一蓮托生。
よい行いをした者は極楽浄土に往生して、同じ蓮の花に身を託し生まれ変わること。転じて、事の善悪にかかわらず、仲間として行動や運命をともにすること。
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誰を恨み
誰を呪う
怨嗟の炎に身体を焦がし
もう語る口は持たず
鳴らす喉もない
なにを思い導かれ
なにを望んで未来を捧げたのか
予想はできたとしても、知る者は誰もいない
だからどうか
再生の蒼炎が灯る前に
この章は終了になります。
聖属性の神技に逆位置の十字架は縁起が悪いかなと調べてみたのですが、聖ペトロ十字といって思ってた印象と違ったので、作中にも取り入れてみました。




