10話 日常4
近くの空き地に到着すれば、見知った人物が手を振って寄ってくる。
「マリカさんだったな」
うん、そうだよ。と元気な返事のあと。
「今日はね、用事があって来ました。一緒に探検しませんか?」
この娘を寄こしたことになにか狙いでもあったのだろうか。普通にレベリオで良かった気がする。
子供たちがこちらの様子をチラチラうかがっていた。
無事だったかと一息。孤児院の職員と思われる数名と作業を始めるようだ。
再びマリカの方を向き。
「わざわざ手伝ってくれてすまん。その事なんだが、もう話はついててな」
「あれ? そうなんですね、良かった~」
ざっと内容を説明する。
派遣軍の娘。
「お金だしてもらっちゃって良いんですか?」
任期満了が近づくと、進路を聞かれたりする。探検者としてやっていくのなら、色々と補助もついてくる。
満了組への所属も、その中では重要な事柄だと思う。
「前に詫び料で貰ったしな。大した額じゃないから気にすんな」
「そっか~」
にへへと笑うと、片方の鍋を持ってくれた。
設置した屋外用の机では、すでにシスターや教会の連中が作業を始めていた。
「ラウロ君。元気そうだね」
シスターと違い、この人物は本当に神職らしい笑顔で。
「はい。おかげ様で」
「そうかそうか。良かったよ」
目を合わせられない。気を使ってくれたようで、神官さんは野菜を切る作業に集中する。
だいぶ皺が増えたようだが、穏やかな表情。包丁の扱いも手慣れていた。
「もう何人か来てるから、あんたは列の整備しな」
「料理中くらい煙草やめろよ」
うるさいねと唾を吐き。
「鍋にぶっこみゃ臭いなんてわかんねえよ。ここ来るような連中が、そんな肥えた舌してる訳ないだろうが」
続けざまに。
「なんなら排水路のでも使うか、そうすりゃヤニの臭いなんざ気にならんわな」
終いにはギャハハと笑いだす。もうこの人なんでシスターしてるの。
水の加護で浄化などもあるが、それとは別に排水の施設はあるらしい。ただ水路の臭いからして、効果は未だ発展途上。
とりあえず対策しようという心がけ。これさえ忘れないのなら、天上界の属性神たちは特に触れないつもりだと、訓練時代に神職から教わっていた。
「それじゃ~ ラウロさん、私こっち手伝うんでぇ」
子供たちと籠から出したパンを深い器に入れていく作業。
「はいよ。大人の威厳を示すんだぞ、舐められたら終わりだ」
なにそれ~ と能天気な口調。
ラウロは生活に困っている人たちのもとに行き。
「もうちょっと待っててくれな」
安給すぎて余裕がない家族。探検者で手足を失った者。病気であまり働けない者。どこにも帰る場所がない者。
切羽詰まっているのか、余裕もないのか。列に割り込もうとする人がいるので、飯が足りなくなれば金を出すからと伝える。
配るのは食べ物だけではない。
すでに収穫の季節は過ぎた。ここら辺はそこまで冷えないが、中央教会からは冬に備えた毛布と、多少の断熱効果のある灰色の布。
あとは飲み水だが、井戸でもなんでも一度は煮沸させる必要があるので、季節に問わず薪やそれを入れる空き缶なども配布される。
何時どうなるか分からない、ラウロには身に覚えが有り過ぎた。
ふと振り向き、孤児たちの様子を見る。
「あと10分ほどで始まりますから。たくさん用意してますんで、焦んなくていいですよ!」
騎士団時代の貯えは極力使わない。今は教会に預けており、死んだときは面識のある孤児院にでも、そのまま寄付する契約になっている。
マリカは手もとのパンや、魔女(仮)が混ぜる鍋を見て、物欲しそうな視線を向ける。隣の少女が私たちも貰えるよと伝えたのか、満面の笑みがその場を和ませていた。
それでいいのか。
・・・
・・・
配給が始まった。列の管理をしていると、煙草をくわえたシスターがやって来た。
「もうここは良いよ。あの偏屈に届けてくれ」
深い木製の容器には、固いパンと透明な塩味のスープが注がれ、その上に布がかぶされている。
「この時間になると橋に居るのにな」
「それでもね、あんたしか受け取らないんだよ。あのクソ爺は」
容器を受け取る。
「できればそのまま用事があるんだ、サボっても良いか?」
「いつもの事だろ。ガキどもが文句を言うが、けっきょくは金も出ない慈善事業だ。そんなんお前の好きにすりゃ良い」
シスターは煙草を吸いながら、ラウロの代わりに列を受け持つ。
「悪いな」
空き地の外に出たところで、レベリオとアリーダが立っていた。
ニヤニヤしながら。
「報酬も受け取らずに奉仕活動とは、もう本当に素晴らしいわね」
感動のあまり、涙ぐむ素振りをするアリーダ。
「……あっ しまった」
デボラから逃げるように出て行ったので、すっかり忘れていた。
「受付嬢さん怒ってましたよ」
生き甲斐の一つでもある、リヴィアちゃんに叱られてしまう。
「明日また行くわ」
ちょっと楽しみだなんて、このオッサンは思ってない。絶対にだ。
何かを発見したのか、レベリオは目もとを手でおおい。
「マリカ、それは駄目だろ」
すでに一通りの作業は終えたのか、彼女は子供たちと食事にありついていた。
「何時も余分に用意するから、あんたらも残ったら食ってけよ」
「いいの?」
ちょうど夕飯時。探検者も兵士も、戦闘職は余裕があろうと基本二食。
「味は保証しないがな」
どちらかと言えば、片付けの方が大変な作業。恐らくその手伝いに来てくれたのだろう。
「ラウロさんはここで食べないんですか?」
「俺は偏屈の相手だ」
二人は首を傾げるが、深く聞くこともせず、シスターのもとに向かう。
中央教会が主催の時は、これだけやってほとんど参加しない。
・・・
・・・
日は傾き、夕暮れに染まる排水路。
そこは教会近くの橋ではなく、炊き出し会場の傍にある。
「おら爺さん、持って来たぞ」
汚い布には自分で彫ったと思われる、木製の神像が並べられていた。
「いらん。今日は売れねえ」
浮浪者の作った神像など、買う奴がどれほどいるのかと思うが、たまに慈悲なのか売れていることもある。
「相変わらず下手くそだな。大体よ、槍の主神は女じゃないだろ。眷属神か?」
「ちげえ」
いつもそう返答し、これ以上は答えない。
「地上界ができてどんくらい経つのか知らんけど、消えちまった神さんもいるってことだな。教国ができるずっと昔もあったわけだし、そんなころの資料も残ってない訳だ」
こちらの返しが良かったのだろう、続きを引き出すことができた。
「背に腹は変えれねえ。大切にしてもらえるなら、それで良いのさ」
最初は売るつもりはなかったのだろう。
「仕方のない爺さんだな」
背腰の鞄から金袋を取り出して、その中に手を突っ込む。
「ほらよ」
「……」
硬貨を数枚だけ放り投げ、食事の入った容器の布を外して、老人の前にそっと置く。
「邪魔するぞ」
隣に座り、汚い布の上に置かれた木製の像を持って眺める。
「片腕でよく彫れるもんだよ」
自分で作ったと思われる木製の義足は、汚い布とロープで固定されていた。何本かの彫刻刀は、紐で腰にぶら下げている。
もう頭皮には油もないのか、髪は乾燥して肩にフケが落ちている。隣に座ると臭うほどに汚れた服。残った足には底の剝がれかけた靴。支給品を貰えば、もっとまともな物を着れるだろうに。
「根性で彫る」
固いパンを黒ずんだ手で掴み、スープに浸されていた部分に噛みつく。汁が上着をさらに汚す。
片手で容器を掴み、それを口に持っていけば、両端からスープが零れ落ちる。
野菜が残った。手で鷲づかみ、ムシャムシャと音を立てて咀嚼。
「無料だって言ってんだろ」
空になった容器に小銭を入れると、それをラウロに返した。
「人に施されるわけにはいかん、儂これでも神さまだったし」
「教会に殺されるぞ」
食後の所為か少し咳き込んでから。
「誰も相手にせんさ」
どうしようもない爺さんだ。
飯を食わせる役目は終えた。ここからはいつものやり取り。
「なあ、また見せてくれよ」
「いやだ、これ儂のだもん」
自分のではないのに、自分のだと言い張る老人のような発言。
この爺さんは片時も、肌に離さず片手剣を抱えていた。
「なあ頼むよ、俺の貸してやっから」
長くなり過ぎた眉毛だけの目で、ラウロをしばらく睨み。
「ふむ。まあ良いだろう」
見せてもらえるようになるまで、けっこうな時間がかかった。
買った木像を置き、自分の片手剣を装備の鎖より出現させる。
「世話になってるし、爺さんの鎖も買ってやろうか?」
「いらねえ」
自分の汚い服で丁寧に何度も手を拭いたのち、ラウロの片手剣を受け取る。片腕では鞘を抜けないだろうから、そこは手伝う。
「貸すだけだからな」
爺の剣を渡され、呼吸をしないよう一度吸ってから、剣身を空気にさらす。
どこにでもある鋼の剣。断装具でもない、地上の鉱山からとれた鉄製。だいぶ古い物のようだけど、今でも錆び一つなく生きている。
「なあ、直ぐにとは言わんけど、何時かこれくれよ」
「それ儂の!」
叫んだせいで咳き込み、ラウロの剣に唾がかかってしまう。
「すまん」
本気で謝ってきたので、気にすんなと返答する。
反省した爺は布を咥えると、しばらく注目しているので、自分も爺剣を見る。
誰を斬りなにを成したのか。持ち主はこの爺だけだったのか。どんな時代を生き抜いた剣なのか。
気になってしかたない。
「いいなぁ」
何故かはわからないけど、自分からすれば神鋼なんかよりも、ずっと魅力的に感じてしまう。
もう良いというので、爺の剣も鞘に帰してから返却した。
「手前の剣を大切にしろ。んで、研いだばかりか?」
「ああ。このあいだの試練でな、鬼の金棒とやりあった」
オーガ。
「大丈夫だったか?」
「まあな。ナイフ壊しちまったが、巨体相手に始めて〔合わせ〕できたぞ」
爺さんは皺だらけの顔をさらにしかめ。
「儂なら壊さなんだな」
次にドヤ顔。この老害は自慢話が多い。
「どの魔物もそうだが、鬼は特に下から上の幅が広い」
小鬼も含まれるのだろうか。
「そうなのか?」
爺は咥えていた布で木像を優しく拭く。片手なので上手くできないようだ。
「厄介なのは天使でも厳しいぞ、儂ならなんとかできたがね」
「はいはい、お爺さんは凄いですね」
昔は名の通った探検者だったのだろう。
「瘴気から産まれた最初の鬼だった」
魔物はそれから発生する。
「あれ。門が開いたのって、爺さんが若いころだったか?」
もっと昔だった気もする。
「まあ良いか。んじゃ、そろそろ行こうぜ」
金袋と像を鞄にしまい立ち上がる。これは後日、教会で保管してもらう予定。
「この容器と神像、いったん家に持って帰るからよ」
爺はラウロを見あげ。
「なんだ欲しいのか? でもそれは売りもんだからな、代金くらいは払ってから行け」
タダではやれん。大切にして欲しい。
「儂にとっては価値のあるもんだ」
「そうだったな」
金袋から硬貨を取りだし、それを放り投げる。
「んじゃ、待ってるぞ」
「ああ」
手を貸すのは嫌がるので、爺が立ち上がるのを見守ってから。
「すぐ戻ってくるけど、悪いな」
木剣も借り部屋にある。
「構わねえよ」
素振りをして悪い所があると、何も言わずに鞘先で小突かれ姿勢を直される。
「一本取るからな」
ふんっと鼻で息を吐きだす。
「ずいぶん長いあいだ、合わせ勝負だけは負けたことがない」
「言ってろ」
爺が転ばないよう気をつけながら、しばらく剣で打ち合う。
最初に合わせができた方が、相手の剣を弾いて隙をさらす。
〔合わせ〕られ姿勢をくずし、剣先をこちらに向けられた。この瞬間だけは、歯の抜けた汚い笑顔をラウロにさらす。
「今日が年貢の納め時だ」
「まだ負けんさ」
こっちを見向きもせず、自分の剣を杖がわりに去っていく。
ラウロも借り部屋へ戻る。
困り顔で少しにやけ。
「その時は、儂も潮時だな」
小さく咳き込む。
これで日常は終わりとなります。
次はたぶん月日を流して、練習ダンジョン辺りからかな。




