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幻想魔譚~Fantastical Evil Tale~  作者: 味噌カツZ
(I)Bloody Twilight
2/11

第二話 暗躍する者たち

 「ここまで来れば安全………でしょうか」

 少女の声が朽ち果てた室内で木霊する。ここは先程戦闘があった地点からかなり離れた場所にある、廃墟と化した雑居ビルの一室だった。その名も『矢島ビル』といい、寂れゆく地方都市たる赤月市の中でも最も廃れた地域―――緋野ヶ丘に建っている廃墟の一つである。かつて私立探偵事務所が入っていたらしき四階の部屋に、隼人と先の少女はいた。

 「少し待ってろ。ここは忌むべき領域、避けるべき異と正の境界。無垢なる者、無用の者を退かせ、敵意ある者には門を閉ざさん―――『忌避結界』、構築」

 隼人はその埃が厚く積もった床に、黒い水性ペンで大きな魔法陣を描きつつ言葉を紡ぐ。発せられた詠唱の内容は独自のものなれど、その術式の内容は極一般的な結界魔術のものと相違はなかった。

 「四方は塞がれ、阻む壁はより厚く。心の臓に到る唯一の道は険しく、此処を我が牙城とせん――『拠点化結界』、構築」

 彼は更にその外側にもう一つ円を加えて文字を刻み、二重の魔法陣の中央に一枚の呪符を張る。呪符は主に東洋由来の呪術で用いられる道具であったが、隼人は西洋式の魔法陣にそれを組み込んでいた。

 元々彼ら真影家は呪術師の一族であり、その祖先には高名な呪術師もいたという話であった。そういった呪術師等から転業して魔術師になったというような一族では、そのような異なる術式同士の融合は広く行われていることである。慣れによる素早さと確実さを重視する者が多いからだ。

 「我こそが掟、この領域の主なり。我が意に添わぬ者、許しを得ぬ者を排斥せん。全ては真影の名の下に―――『支配権』、完全掌握」

 そう言い終えた彼は、儀式用の短刀を取り出した。それを自身の手首に押し当てて、勢い良く引いていく。流れ出た血液が呪符に染み込んだ所で彼は傷口を魔術で癒し、このビルを自身の制御下に置くタイプの『結界魔術』を終わらせた。不定形の詠唱を要するという点には西洋式の、呪符と自らの血を使うという点では東洋式の特徴をその術式では見せていた。

 「さて、まずは自己紹介から行こうか。俺は真影隼人、この街の『裏側』を管理する魔術師一族の者だ。あんたは?」

 先に口を開いたのは隼人の方だった。改めて若き魔術師は目の前の妙齢の少女に目を向ける。

 「私はエリシア・カミラシア・ミラカミラと言います、先程はありがとうございました。真影さん、あなたのお陰で助かりました」

 丁寧な事に、彼女はきっちりとお辞儀をする。角度、時間、共に完璧な最敬礼。その所作の自然さと綺麗さから西洋の金持ちの一人娘か、或いは連綿と続く尊き血の末裔か―――そう連想した所で、隼人はその名前の響きに違和感を覚えていた。

 「いや、礼は良い。俺もさっきはあんたに助けられたからな。ミラカミラ……というと、やはり―――」

 「はい、私はかの『カーミラ』の血を引く吸血鬼です。とは言っても、同意なく吸血を行うことはありませんよ。最早血を吸わなくても生きていくことは可能ですから」

 淡々と述べるエリシア。事実として、近年の吸血鬼は必ずしも吸血を必要としている訳でないということが判明している。確かに、彼らにとって人間の血液に含まれているある種のタンパク質は良質なエネルギー源となる。だが、それは吸血という食事方法以外でも手に入れることが可能なのだ。故に血を嗜好として好む吸血鬼か、過激な選民思想の持主以外で、前時代的で正体露呈のリスクがある吸血という食事方法を進んで行う者は殆どいなかった。例え、それがどれほど甘美で魅力的に見えたとしても。

 その例外に当たるのが、吸血鬼に嚙まれて眷族にされた後天的吸血鬼―――『魔人(ダムピール)』である。何故なら、彼らには自らに植え付けられた吸血衝動に抗えるだけの耐性がないからだ。後から強制的に刷り込まれたその本能と、血を吸った時に得られる快楽。それらは免疫無き『元人間』の精神を容易く蝕んでしまうほど、強力なモノなのである。生まれし日よりそれに耐えるべく自制する術を叩き込まれている先天的吸血鬼ですら、その誘惑に耐えるのは並大抵のことではない。無論、何事にもイレギュラーはある。その例外たる魔人にも、中には強固な自制心によって渇望を抑え込める者はいるのだ。

 「この街で起きている痛ましい事件に私は無関係です。ですが、これは間違いなく私たちの同族が引き起こしたモノ。吸血鬼の不始末は同じ吸血鬼で拭わなければなりません。だから私は、その気配を追ってこの街に来たのです」

 「つまり、あんたは一連の惨殺事件については無実であり、寧ろ解決を望む側だと?なら、あいつらに追われていたのはただ吸血鬼だからってだけなのか?」

 窓際に立って鋭い目付きをしている隼人からの指摘に、彼女は目を伏せて表情を僅かに曇らせた。

 「真影さんがそう思われるのも、当然でしょう。確かに襲ってきた聖職者たちは返り討ちにしましたし、失った体力は彼らから吸血したことで補給していましたので。そうしなければ、自分の身を守れないからです」

 けれど、と言葉を繋げたエリシア。顔を上げて真っすぐに少年を見つめる翡翠の瞳には、確かな光が灯っていた。

 「無辜の民から血を奪ったことなど、私にはただの一度もありません。それに加えて、死者の尊厳を踏みにじるという唾棄すべき行いに手を染めたことも。あのような仕打ちはとてもおぞましいものです。それは私の仲間も―――人間との共存を望む吸血鬼たちにとっても同じです。私たち『反戦線派』は、決して自ら人間を襲わないという誓いを立てていますから」

 凛とした声が埃舞う室内に響く。そこには確かに、少女の覚悟と責任感が込められていた。共存の未来のため、例え同族であろうともその手で始末を付ける。血濡れた道を進むという意思が固く貫かれていることを、少年は一連の会話の中で感じていた。

 「……取り敢えずあんたの―――いや、『君』の言う事は信じるさ。それに敵の敵は味方って言うだろ?」

 その様子を見て隼人は決意した。疑うだけなら誰だって出来る、それこそあの『十字架の騎士団』のように。だから彼はエリシアを、吸血鬼という異種族の少女を信じることにしたのだ。

 彼から放たれた言葉に彼女は目を丸くするも、すぐさま礼を述べていた。吸血鬼というものは人間から嫌われ、恐れられる事が大半だ。それにもかかわらず、隼人が見せた態度は『信用』と『感謝』。エリシアたちには滅多に向けられない正の感情だった。

 「ま、そういう事情なら事前に話を通して貰いたかったけどな」

 とは言えである。規則上の兼ね合いもあったため、隼人はニヤリと笑いながら嫌味も口にしてしまう。彼女から連絡があれば恐らく一連の惨殺事件の被害は未然に防げたとはいかないものの、大幅に減らせた筈であったのだから。

 「その件については本当に申し訳ありません。まさか魔術師が管理している土地に逃げ込む事になるとは思ってもいなくて……気が付いた時には十字架の騎士団に執拗に襲われて、それどころではなかったのです」

 申し訳なさそうに俯いてしまった少女。それに対し、少年は内心では少し意地が悪かったかと反省しつつフォローの相槌を打つ。

 「それが難しかったってことは分かっているさ。それで、犯人の目星や居場所の当てはあるのか?」

 「いえ、ただ『吸血鬼戦線ヴァンパイア・リベリオン』がこの一件に関わっているとしか……」

 その名を彼女の口から聞いた彼は溜息を吐く。これは大層面倒な事になった、そんな風に思った隼人は思わず眉間に手が伸びていた。

 「……あの貴族主義的なテロリスト集団か。一体この街に何の用があるんだ?」

 「ごめんなさい、それは私にも分かりません。最早今の私に、彼らの動向を正確に探れるだけの力はないんです」

 『吸血鬼戦線ヴァンパイア・リベリオン』。それは人類を家畜や奴隷と見なし、超人たる吸血鬼が世界を支配すべきとの思想―――吸血鬼至上主義ヴァンパイア・シュプレマティズムを掲げて活動を行う結社である。中世よりヨーロッパを主要拠点として結成され、近代以降その活動は激化の一途を辿っていた。

 組織の活動としては、主に吸血行為の副産物としての眷族増加、嗜好や娯楽としての人間虐殺、『聖天十字教会』への襲撃が挙げられている。主要な幹部は『旧き貴族』と称される歴史ある吸血鬼一族が担当し、本来ならば『ミラカミラ家』にもその資格があった。だが、当代のエリシアが組織の方針に反発しているため、現在は剥奪されている。その他にはドラキュラの末裔『ツェペキュリア家』、青髭の末裔『ブレゥ家』などがその地位に就任していた。

 「そうか。下っ端の吸血鬼程度なら何とかなるが、『貴族』クラスとなると………いや、俺だけで考えても仕方ない。一度家に戻って、この事を報告してくる」

 「では、私はここで待っていた方が良さそうですね」

 「ああ。少なくともここに籠っている限り、奴らに見つかることはないだろうからな。行くのは俺だけの方が良い」

 「分かりました。どうか、お気を付けて」

 そう言って再度お辞儀をする彼女。それと共に口に出されたエリシアの見送りの言葉に対し、取り敢えず二時間で戻ると付け加えて部屋を後にした隼人。そうして屋外に出た少年の背を、黒い夜空に浮かぶ十三夜の月が照らしていた。そんな姿を少女は壊れた窓から覗く。純白の月光が金髪を照らし、蝋のように白い肌をより明るくする。憂鬱そうに外を眺める様は、深窓の令嬢という形容詞がよく似合っていた。

 「彼に何事も無ければ良いのですが。この胸騒ぎ、杞憂に過ぎないとはどうにも……」

 そう思うエリシアだが、ただ遠退く影を見送る事しか出来なかった。此処に到るまでに喪失した体力が、あまりにも多かったからだ。彼女たち新世代の吸血鬼は日中でも活動が可能になったが、それは灰に成らずに済むというだけであり、それ相応の疲労が蓄積されてしまうのだ。

 故に、窓辺にある朽ちかけた椅子に彼女は腰を掛けて、そっと瞳を閉じた。探偵事務所の所長が使っていたと思わしき豪華な革張りの椅子ではあったが、その時の衝撃で白い粉塵が飛び散っていた。しかし、当のエリシアにはそれを気にする余裕も無く、暫しの眠りを噛み締めて深き夢の世界へと落ちていく。



 一方の隼人はというと、廃墟を後にしてすぐさま比較的近くにあった地下鉄の駅に駆け込んでいた。そうして彼は丁度一番線に来た列車に飛び乗る。行先は緋野ヶ丘から二駅先の唐暮町。更に下車した所で駅裏の小道から夜闇の中を跳ぶこと二十分。そうして、彼は自宅のすぐ近くに着いたのであった。

 「嘘、だろ……」

 だが、唐暮町の中心やや東にある洋館―――真影邸の屋根が見える辺りにやって来た彼は、そこで呆然と立ち止まっていた。帰るべき家が燃えていたからだ。黒い空はそれにより、幽かに赤く染まっていた。

 「って、呆けてる場合じゃねぇッ!」

 隼人はすぐさま己を取り戻し、走り出す。それは脇目も振らず全力で―――しかも魔術による脚力や心肺を強化して―――の疾走だった。火災の原因は屋敷に掛けられた機密保持の為の自壊術式であった。その発動条件は、侵入者によって真影家の当主が殺害されること。つまり、隼人の父親は既に死亡しているという事を示していた。

 駆け抜けること僅か五分。彼は重い鉄製の門を蹴り飛ばし、飾りの多い扉を荒々しく開けて帰宅した。

 「クソッ!母さん、優理、返事をしてくれ!」

 まずそうやって声を掛けた隼人。だが、その悲痛な呼びかけに答える者はいなかった。家族の安否を確かめたい彼であったが、されど魔術師としての思考がそれを許さなかった。優先すべきは真影家の生命線たる魔術、書斎にある隠し棚から書物と秘宝を確保しなければ―――そんな正解に、少年は縛られていた。

 奥歯が砕けんばかりに噛み締められる。少年は衝動を堪えて階段を駆け上がり、木製のドアを急いで開けた。本棚に囲まれたそこは父親の書斎にして、歴代当主が積み上げてきた魔術という叡智の結晶全てが眠る心臓部だ。彼は部屋の左隅にある彫刻―――魔術を司る女神ヘカテーを題材にしたもの―――に駆け寄り、懐から出した指輪をその台座にある穴に刺す。そうするとからくり仕掛けが作動し、その像の下から収納スペースが現れた。そこには古びた分厚い三冊の本と、代々受け継がれてきた杖が納められていた。特に狐を模した飾りのついたその『魔導杖』は、真影家にとって特に重要な代物であった。

 隼人はそれらを抱えて書斎を後にする。再度階段を上り、三階にある自室へと彼は向かっていた。ドアを乱雑に開いた彼は、机の下にある隠された収納―――魔術によって、普通の床として偽装されている―――の、その不可視の取手を掴んで開ける。そこから自身で考案、ないしは改良した魔術式が書かれた数冊のノートを取り出して、彼はまた慌ててそこを後にした。

 そうして一階に戻ってきた彼は、まだ時間に余裕あると判断。居間へと突入し、その状況を確認しようとした。しかし、そこにあったのは―――焼け焦げた父親らしき人物の死体と、壁に黒い杭で縫い付けられた母親の死体だけだった。

 「母さんも駄目だったのかよ。一体、誰がこんな事を―――クソォォォォォッ!」

 零れそうな涙を堪えつつも、彼は声を張り上げた。見るからに手遅れだと分かるその亡骸たちに近付く。そして両目を大きく見開いた母親の顔を憐れに思った彼は、それに手を翳して瞼を閉じさせた。

 そこでふと、彼は気付く。死体が二つしかないということを。背丈から見て、炭化した死体も大人のモノであることに疑いはない。なら、少年よりも背が低い筈の妹の遺体は何処にあるのか。少なくとも、この場には無かった。

 「そうだ、優理は……あいつはどこだ?無事なのか?」

 家の中を探し回ろうと衝動的に立ちあがった隼人だが、その脳裏では妹も今日はパトロール担当だったということがすぐに過る。だから何事もまだ起きていないかもしれない、そう考えて落ち着こうと努めていた。

 だが、それでも心配なことに変わりは無かった。逆に焦燥と不安を増幅させるばかりであったのだ。しかし、そんな思考に浸る時間は最早無い。火の手が増していることをパチパチという乾いた音で思い出した少年は、名残惜しそうに居間を後にしようとする。

 「これは……」

 そして、そこで彼はあるものを見つけた。それは床に落ちていた、黒い染みのある十字架のペンダントだった。拾い上げた途端に彼の脳内で思考が加速しだす。

 この家に十字架をありがたがるような者は誰一人としていない。それはつまり、侵入した何者かが落としたに違いないことを示していた。焼死体は魔女狩りに付き物であり、磔刑の遺体は十字架を表しているものと思われる。そして特徴的な十字架のペンダントは、聖天十字教会の信者ないしは聖職者の持ち物。そこから導き出せる答えは最早一つだろう。

 「狂信者共の仕業だなッ!」

 堪えた悲しみは一転して激しい怒りとなる。言葉にならない憤怒の呻き声を上げた後に、炎が如く滾る憎悪を少年は吠えていた。

 「もう許す訳にはいかない……こうなったら皆殺しだ、その血と命で贖わせてやる」

 揺るがぬ決意と共に、隼人は迫り来る火の手に背を向けて走り出す。復讐という名の劇薬に呑まれた彼を、物言えぬ両親だったモノ達が見送っていた。そのまなざしが息子に望んだ想いは仇討ちの完遂か―――或いは何か別のモノなのか。それは誰にも、無論隼人にも推し量ることは出来ない。死者は決して話さないし、話せない。既に喪われた意思や無念を、生者に伝えることなど不可能なのだから。

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