那朗高校特殊放送部~三条と霜月編(Another)~
筆者:霜月詩酉
ああ、あの日の事か。
あたしにとってはあんまいい思い出じゃあないんだけどなぁ…
ま、いっか。昔の事だし。
あの時のあたしはぶっちゃけ正義に酔ってた。
それは今もかもしれないけどな。
悪い奴を叩きのめす事があたしの仕事だと思ってたし、それだけの実力があった。
武道家たるもの、一般人に手を上げてはならない、という原則はあるからまぁ、あっちが手を出して来たら殴り返す、っていうスタンスは変えてなかったな。
んで、あの日もパトロールがてらその辺を散歩してた訳。
格好まで覚えてたのかアイツ…
ああそうだよ。ミニTとミニスカート、そしてスパッツ。
そん時からずっと動きやすい格好とか、機能美とか、その辺が好きだったな。
それで河川敷を鼻息混じりに歩いてたら、高架下からなんかチャラそうな声が聞こえたから、これはもしやと思って寄ってみたんだ。
そしたらビンゴ。
ヒョロいバンドマンが二人のヤンキーに絡まれてたんだ。
見た目は同学年ぽいけど面識はない。
当然、見知らぬだからと言って見過ごすあたしじゃない。
「そんなとこで何してんだ!?」
なんていつものセリフを吐きつつ近寄っていく。
「「誰だ!?」」
全員の視線が集まるのもいつも通りだし、
「女子が一人で何の用だよ、あ?」
と一人が絡んでくるのもいつも通り。
本当はもう少し煽るのがいつものパターンだったけど、どうもこいつらはちょっと血の気が多かったのか、煽るまでもなく足を蹴り上げてこようとしたから、
「ふっ!」
すっと半歩身を引いて、蹴りを交わして、
その勢いを生かして隙だらけの腹に一撃叩きこむ!!
「ヴっ!」
鳩尾に一発を貰ったそいつは、キツい声をあげてよろめきながら離れていく。
女子だからとナメたのが運の尽き。
筋トレしてて、相手を打倒す技を持ってる相手じゃ、性別なんてそんなに関係ない。
後は、胸倉をつかんでた奴か。
そっちに目をやると、絡まれてるバンドマンがやけに驚いた顔をして、
「お前確か…霜月…か?」
だなんて言いやがる。
こいつ・・・知り合いか?
いや、あたしは知らない。
ってことは燈中の誰かか。
じゃあ丁度いい。
「ん、あれ、あんたも燈中か・・・って訳だ、そこのは同じ中学だからさっさと離してもらえると嬉しいんだけどな」
この一件が学校に伝わった時、状況説明してくれる人が居ると楽なんだ。
半ば生徒指導の先生にはもう諦められてる気はするけどな。
何せ、
「一発ぶち込まれた時はビビったけどたいしたことねーな」
「やっちまおうぜ!」
このご時世、一発ぶちかましたくらいでビビる奴は最初からカツアゲなんてしないから。
とはいっても、奴らの喧嘩なんてフィジカルと勢いに任せた根性論みたいなものだから、
ある程度の距離があればっ!
「っふ!」
躱してカウンターを入れる位、楽勝だったりする。
これも経験があってこそだけどな?
最初は普通に負けかけたりしてて、あたしが根性論みたいな感じだったなぁ。
でも今は違う。
「先に手、出して来たのはあんたらだからな。不可抗力だぞ」
いつもの常套句、というか責任逃れ。
あたしが手を出したって事になると色々マズイからなあ。
今中3で、高校受験を控えてるんだから。
「こ、コイツ…!?くそっ、女の癖に…」
流石に二発もカウンターぶち込んでやれば、相手もビビってくる。
少しずつ後ずさりしていく相手に、あたしは一歩ずつ近寄っていく。
それで、バンドマンの所まで行けたら勝ち。あとはそいつを逃がして、ヤンキーも逃げるか、あたしがボコすかで終了。
と、思ってたんだけど、
「あっ、後ろ!」
だなんてバンドマンが叫ぶもんだから、ふと後ろを振り返った途端、
!?
さっきカウンターを打ち込んでダウンさせたはずの相手が起き上がっていて、今にも蹴りをあたしに叩きこもうとしていたその一瞬が目に入る。
そして、構えを取る暇も無く、腹に重い一撃を喰らい、
瞬時に意識が吹っ飛ぶ。
視界が明滅しながら、
腹の鈍い痛みと地面でも転がってるのか、身体の各所が打ち付けられるような痛みが同時に襲う。
「っぐぅ…っ!」
すぐには身体を起こせそうにはない。
そんな霞む目で見た先に居たのは、
「てめぇ!」
「離せオラァ!!」
「っ!!」
ヤンキーの一人に掴みかかって、あたしの方へ来させないようにしてるバンドマンの姿だった。
武道の心得も無い。
体力も無い。
ただ根性だけでしがみついてる。
そんな風に見える。
「…っ」
ああ、そういうことかよ
あいつあたしを守るために…
なんだよ、あたしよりアイツの方がずっとヒーローじゃねぇか。
正義の味方気取って割って入って、あげくこんなんじゃわたしの立つ瀬が無いよ。
アイツへの関心とか、あたし自身の後悔とか、そんなもんで痛みはもう気にならなくなってた。
肘膝は擦りむいて擦り傷になってるけど、そんなもんで寝転がったままじゃいられない。
あたしを守ったヒーローは、長くは持たない。
それはきっとあいつ自身も分かってるんだろう。
あたしが復活するまでの時間稼ぎにしかならないんだろうなって。
だったら、
期待に応えてやらないとな!!
起き上がり、もみ合っている二人を見る。
そしてその先で、椅子を持って走ってくるもう一人を見た。
危険度は…あっちが上だな。
あたしが走りだすと同時に、まるでタイミングを見計らったように揉み合っていた二人が離れて導線が出来る。
丁度いい!
本当は揉み合っていたヤンキーにも一発喰らわせてから行くつもりだったけど、これなら全速力で向かえる!
椅子を持って走って来たやつは突然やってきたあたしにビックリしたのか、椅子を振り上げたまま少し走るペースを落とす。
それに、逆に走るペースを一気に上げて、踏み込みと共に体を捻らしたままジャンプ!
あとはジャンプの勢いと、身体の捻りを合わせて、顔面に渾身の飛び回し蹴り!!
「ぶっっ!」
蹴りを喰らったそいつは豪快に吹っ飛ばされる。
どうだ。女子とはいえ全体重と勢いのキックは!
まだ伸びちゃいないだろうけど、相当重い一撃は入ったし、すぐに回復、とはいかないだろう。
だったら、
「サンキュ、あんたが持ちこたえてくれたお陰であたしも回復できたよ」
バンドマン方を振り向いて、お礼を言わないとな。
「あ、あぁ…」
とは言ったものの、完全に目を丸くしてるな。
ちょっとサプライズ過ぎたか。
「あんときは油断したけどもう大丈夫だ。二人まとめてぶっ飛ばしてやる」
前のは油断が生んだ悲劇だった。
イキってたあたしへの罰だな。
「もうカウンタースタイルとか怠いのはナシ。今度はあたしから行くぞ!」
反省するにしても、まずは目の前の奴らを退散させておかないといけない。
真剣な試合に挑むように気合を入れなおし、不意の反撃を喰らわず、速攻で仕留めてやる。
「…ちょっとカッコ悪いとこ見せちゃったな」
「いや、カツアゲの現場に割って入る時点で十分カッコいいって」
「んまあ、これに関してはあたしの役割みたいなもんだからな」
ヤンキーたちが逃げた後、あたしは高架下に寄りかかって、ギターや、何かの機器を弄っているバンドマンを眺めながら駄弁ってた。
「…やっぱカッコいいよ」
「あんた、燈中だよな?」
「ああ、3年の三条翡翠だよ」
「同級生か…それ、ギターだろ?」
「まあな。バンド部だから」
「…そっか」
音楽か…昔、ちょっと憧れた事もあったっけ。
結局、リコーダーすらあんまり吹けなくて挫折したけどな。
実は音楽できる奴は今もちょっとスカした野郎なイメージがあったけど、ちょっとその認識は改めといた方が良さそうだな。
…文化祭で三条が演奏してたら、見に行ってやるか。
それまであたしは強く居続けなくちゃいけない。
中3にもなって来れば薄々気が付いて来るんだ。
力量に差があれば気にならないけど、段々男女で体格に差が出て来てる事をな。
そして、それを今日それなりに思い知った。
行けると思った一撃が、思ってたより効いてなかったからな。
これから、フィジカル、タフネス、その辺はドンドン差が付いて来る。
そのためにあたしができる事を、考えておかないとな。
楽器を片付けている三条に、あたしができる事はもうない。
あたしは音楽は素人だからな。
だから、高架下から出て、家に帰る事にした。
とりあえず、走って帰ろうか。
三条「どうだ?文章にすると思い出せるだろ?」
霜月「ああ、必要以上にバッチリ思い出したよ」
三条「もうあの一件は、どっちがカッコいいとか無しにしようぜ。あれはどっちもダサカッコいい」
霜月「白黒付かねぇな…」