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僕の気持ちを伝えたい 〜僕の気持ちよ伝わって〜

作者: HERON

 コロ。いや、それはもう前の名前。


「わん! わん……! わん!!」


 コロは捨てられた。飼い主は男性と結婚。その時に、飼い主が男性の家で住むことに。

 だが、不幸にも犬が苦手な男性。飼い主は男性を選ぶ。


 ペットを捨てる行為は、一種の殺人行為。命を奪うものだ。

 しかし、どうしてもその行為を実行しなければならないケースがある。それが今。

 そういうときに飼い主は悲しむものだ。ペットと過ごした今までの時間が頭の中に甦る。聞こえるはずもないのにペットの「捨てないで……」という声が脳内で流れる。


 だが、この飼い主はそうではなかった。涙一つ流さずに、置いてあった適当なダンボールに『拾ってあげてください。名前はそちらで決めていただいて結構です』と書き、そのダンボールにコロを入れると、近くの公園の隅の方に置く。そして、男性と笑顔で去っていく。


 なんというヒドい話であろう。コロは捨てられたのだ。

 飼い主にコロとの思い出はなかったのであろうか。それともコロが、飼い主と同じくらいヒドい犬だったのであろうか。いや、そうじゃない。コロは愛嬌あいきょうたっぷりの犬だ。

 いつだって飼い主の側にいた。疲れているときは精一杯癒そうと努力した。コロだって飼い主にたくさん遊んでもらった。思い出はたくさんあったつもりだ。だが、そんなコロの気持ちは飼い主に届くことは無かった。無情だが、それが全てだ。


 捨てられたコロは孤独で寂しかった。

 寂しくて「ワン!」と鳴くことも無かった。孤独は全然思い出に残らない。


「わぁ。ワンちゃんだ! こんな可愛いワンちゃんを捨てるなんてひどい人もいるよねぇ」


 でも、たまに自分を見に来てくれる人がいた。この時はとても嬉しかった。

 この時ばかりは「ワン!」と鳴いた。孤独のせいで鳴けなかった声をドンドンだした。


 しかし、そんな嬉しい時間には終わりが来る。

 中々、連れて帰ってくれる人などいない。


 また孤独になったコロに、更なる困難が襲い掛かる。


 天から降り注ぐ水のシャワー。いつもは気持ちいいはずの水も、今となっては冷たいだけだ。

 そして、その冷たさは確実にコロの体力を奪う。


 寒い……冷たい……誰か……誰か……コロはそんな気持ちでシャワーに打たれ続ける。

 そんなコロにも限界がくる。眠いのだ。眠くも無いのに体が眠いと言っている。寝ちゃ駄目だと分かってるのに寝ちゃう。寝ちゃ駄目だ。でも……


 そんな時、寒くて眠ってしまいそうなコロの下に、傘を差した一人の女性が現れる。

 こんな運命的な展開はあっていいのだろうか。いや、いいのだ。あるからこそ運命的な展開なのだ。


「大変! このままじゃ死んじゃうわ!」


 傘を差した女性は、持っている傘を投げ捨て、コロを両手で包み込み、走る。


 コロを両手で包み込む女性はとても温かくて、眠くて瞳を閉じてしまうとか。そんなことはどうでもよくて、それくらい気持ちよくて……コロは眠った。女性の温かい両手の中で眠りについた。


 しばらくして目を覚ましたコロ。

 キョロキョロと辺りを見渡した所、自分以外に気配が無い。きっとまた一人なんだろう。

 でも、その場所は公園ではない。コロは覚えている。ここは、飼い主が住んでいた場所と似ているのだ。見た目は全然違うが、雰囲気が似ているのだ。


 それに安心したのか、コロはなんだかトイレがしたくなってきた。

 しかし、どこですればいいのか分からない。コロは知っている。こういう場所では決められた場所でトイレをしなければならない。

 だが、分からないものを見つけるのは無理な話。コロはやってしまった……


 やってしまったことにシュンとするコロ。

 しばらくして、ドアが開く音がした。そこでコロが眼にしたのは、あの時、自分を救ってくれた女性だった。


 救ってくれた女性の前でやってしまったことに、コロはまたシュンとなった。そして反省した。でも……


「ごめんね〜! 私、トイレする場所用意しとかなかったね。ちゃんと用意しとくから、安心してね」


 そう言ってくれた女性に対し、コロはずっと目を離さなかった。

 そして、この日は女性と一緒に寝た。やっぱり女性は温かかった。


 次の日。コロは女性に名前をつけてもらうこととなった。

 そうだ。女性はコロという名前を知らない。飼い主が書いていかなかったから知らないのだ。やっぱり飼い主はヒドい。


 女性から発せられる言葉。その言葉でコロはコロではなくなる。そして女性は……


「君の名前はラッキー! これに決まり!」


 飼い主となる。そして、コロはもうコロではない。ラッキーだ!


「わん!!」


 コロ……いや、ラッキーは飼い主に対し、一つ鳴く。これは、納得の「わん」である。

 ちなみに、飼い主が名前をラッキーにした理由は簡単なもので、雨に打たれて死にそうだったラッキーを自分が見つけて拾ってこれたからだそうだ。そのまんまである。


 それから、ラッキーと飼い主は楽しく暮らした。

 暮らしている間には色々なことがあった。


 一番の出来事は、飼い主が結婚した。

 ラッキーは、あのときの出来事を思い出す。前の飼い主は結婚が原因で自分を捨てた。

 飼い主も同じように捨てないだろうか。不安な気持ちで一杯になった。


 しかも……


「ごめん。俺は犬が苦手なんだよ……」


 飼い主の結婚相手は犬が苦手ときている。ラッキーは覚悟を決めた。ここで捨てられるなら仕方ない。死に掛けていた自分を拾ってくれた飼い主だ。捨てられても感謝しなければならない。


「だから捨てろって言うの? 死に掛けてたんだよ? ラッキーは捨てられて死に掛けてたんだよ!? 自分が苦手だからって捨てていいの? いいわけない。一回、ちゃんとラッキーと触れ合ってみてよ。絶対に気に入るよ。楽しいし癒される。少なくとも私はそうだった。そんな楽しくて癒される思い出をくれたラッキーを私は捨てることなんて出来ないよ。絶対に出来ない」


「……ごめん……俺が悪かったよ」


 もう大人なのに、大粒の涙を流しながら結婚相手に訴えかける飼い主。

 そんな飼い主に心を打たれた結婚相手。事実、ラッキーと結婚相手は、今も仲良く暮らしている。

 しかしこのとき、ラッキーの中である感情が生まれる。

 まだこの時は胸が熱いと思う程度だったが、それから生活を続ける中、遂に今日、この瞬間。自分の中でうごめいていた感情が爆発した。


 ラッキーは気づいた。自分の心の中でうごめく感情の正体は愛だったのだ!

 そうなるともう止められない。一度思い始めると止まらないのは人間も犬も同じ。だが、ラッキーは知っている。もう、自分の愛は実らぬことを。だが、ラッキーは伝えたかったのだ。自分の気持ちを、飼い主に知ってもらいたかったのだ……勝負は次のご飯の時間。そこが勝負。


 飼い主がラッキーにご飯をあげようとドアを開く。

 勝負のときが近づく。なぜだろう。ただのご飯の時間なのに、凄く緊張する。時間がゆっくりに感じる。自分でも声が震えそうになっているのに気づく……でも、逃げてはいけない。勝負はこの時!


「わん!! わんわんわん。わん。わ……わん。わん! わ、わん! わん!!!」


 ラッキーは自分の伝えたい全てを伝えた。

 だが……


「はいはい! 今、ご飯をあげますよ〜。せかさずに待ちなさいラッキー!」


 残念ながら飼い主に伝わることは無かった。

 ラッキーはこの時ほど、自分の言葉が通じないことを恨んだ。






 僕の気持ちを飼い主に伝えたい。僕の気持ちよ伝わって……






 でも、これは仕方の無いことなのだ。

 通じない言葉を通じるようにする魔法などない。


 ……それでもラッキーは幸せだった。確かにラッキーは気持ちを伝えることは出来なかった。でも、愛という感情を持つことが出来たのだ。そんな飼い主に出会えて……一緒に暮らすことが出来て……それによって飼い主が喜んでくれて……とても幸せだ。


 だからこそ!






 神様。どうかラッキーにチャンスを。ラッキーはこれからも飼い主と共に生きていきます。飼い主を楽しく癒して生きていきます。そして、いつかは死が訪れることでしょう。その後、ラッキーにチャンスをお与えください。飼い主が生きている間にもう一度、ラッキーに生命を……ラッキーは伝えたいのです。自分の口から……自分を助け続けてくれた飼い主に自分の気持ちを伝えたいのです。そのためには、ラッキーは人間に生まれる必要があるのです。


 神様。どうかラッキーにチャンスをお与えください……

 中盤から展開が走りすぎた感じがありますが、自分的には久しぶりに、純粋な作品を作れたと思います。

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