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後編

テーブルに着いた私たちは一旦落ち着くためにもう一度食事を再開する。


「ああ、ユウトそのお皿とって」


「私はそのジュースゥー!」


「……我に……漆黒の稲妻を……!」


「あーもう人使い荒いなあお前らは」


一斉に色々と要求されながらもユウトはテキパキと要望に応えていく。


「おーい……」


「リョウジはコーラだろ?ほらよ」


何やら間抜けな声が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。

ケイコさんが拾ったらしい白い袋から何やらゴソゴソとプレゼント箱を取り出す。

いったいどこに落ちてたんだろ?


「なんか落ちてたから開けちまおうか、どれどれ」


白いプレゼント箱にはPS4本体やらソフトがごっそりと入っていた。

おそらく最新のゲームソフトだ。


「オオオオイ!コラァァァァァァァ!オレ様が持って来てやったんだろがぁぁ!」


簀巻きになって床に転がってるゴミがなんか叫んでた。

私たちはお構いなしにプレゼント箱を次々と開けていく。


「おっプレフォーじゃん、ラッキー!」


「ラッキー!じゃねえぇぇーー!」


簀巻きにされ床に転がされたレンが魂の叫びで抗議するがその声は届かない。


「ソフトあるぞ!さっはじめっか!」


「おー!」


「白き祝福に感謝!」


サンタからの贈り物のようだ。

私たちはせっかくのプレゼントを満喫することにした。


「この!貧乏人どもがぁぁぁぁぁ!」


ライブをすっぽかした罰としてレンは暫く床に転がしておくことにした。

ケイコさんの裁定だ。

まっ自業自得だよね。












「もう、機嫌直しなよ。アンタが悪いんだよ?」


拘束を横目にゲームを始められそろそろ泣きが入ったころに簀巻きから解放されたレンに冷えたコーラを手渡してやる。


「ふん!ドロボウどもめ!」


まだふくれ顔でレンはそっぽを向きながらそれを受け取る。

アヤカとリョウジはまだまだレンに色々と言っていたが私がそれを宥める。


場が落ち着いた頃合いにユウトは両手を叩き閉会を宣言した。


「あーー……宴もたけなわだが夜も更けてきたのでそろそろお開きにする。女子は男子が責任を持って家に送り届けること。アヤカはリョウジの原付で。クミは俺が家まで送る。レンは好きにしろ。アヤカとリョウジ、まっすぐ家に帰れな?分かったか?」


はーーい、とレン以外からはまちまちに返事が返ってくる。

本当に統一感のない、個性的なバンドだ。


帰り支度を始める中、アヤカがちょこちょこと私に駆け寄り耳元で囁いてきた。


「先輩、先輩。今日は告らないんですか?」


「誰が誰に告るのよ」


無表情をつくり可愛い後輩に素気無く答えてやる。

しかしこの後輩は大きなリアクションを取りながらわざとらしく、悪ふざけするときの笑顔を作った。


「えーー……いつもダサい下着なのに今日すごい下着履いてたじゃないですか、レースの……」


気づくと私は後輩の口を噤み壁ドンしていた。

決して襲いたくなったからではない。


「……なんで知ってんの?ねえ?」


自分でも思わずドスの効いた声が出た、と思う。

「氷のクミ」の面目躍如だ。

いや今はそれどころではない。


「……み、見えたんですたまたま」


壁際に押さえつけられながら後輩はおずおずと応える。

私は追求の手を緩めない。


いつも・・・って何?」


「だってぇ……センパイかわいいんですもん……下着のチェックくらいはしたいです……いたいいたいいたいごめんなさい」


ケイコさん直伝のヘッドロックを全力でかましてやった。

その小さな頭明日にでも割れてるといいのに。


「はあ、もういいわ。気をつけて帰りなさい」


気が済んだところで涙目で泣きの入った後輩を解放してやる。

いたた、と蹲りながらも後輩は回復すると立ち上がりまだこちらに笑顔を向けてきた。

──仔犬みたいだな


「せんぱい」


アヤカはキメ顔でグッと拳を握りしめ私に向かって突き出す。


「頑張ってリーダー押し倒しちゃってください!」


私が拳を握りしめアヤカを追いかけるとちょこまかと逃げ回り店の外へと逃げていった。


疾風のように店を後にしたアヤカに驚くとユウトは私に傘を手渡す。


「さあ帰るぞ。何話してたんだ?」


「なんでもない……」


見送るケイコさんに礼を述べレンを迎えの車に押し込むと私たちは帰途に着いた。










雪の降る道を二人乗りの男女を乗せた原付が駆ける。

普通であればいい雰囲気であるがこの2人の場合は決してそうはならない。


「アヤカよ……感じるか?この白き咆哮ホワイトリシュームを……」


「はいはい厨二乙。しっかり前見なさいよね」


運転手であるリョウジにため息混じりの返事を返しながらアヤカは雪空を見上げる。

全く、なんで厨二リョウジの原付なんかに乗ってんだろ。

クリスマスイブに。

ケンカ相手であるリョウジの背を掴みながらアヤカは再びため息をつく。


来年ネクスト東京エルドラドへ行くのか?アヤカよ……」


リョウジから建設的な質問が来るのは珍しい。

内心で驚きながらもアヤカは真面目に応えることにする。

こいつなりに思うところもあるんだろう。


「もちろんよ。首都圏の大学片っ端から受けるわ。絶対リーダーとクミさんのバンドに入れてもらうんだ。……アンタは音楽やめるの?」


自分の中で考えと決意を整理しながらアヤカは答えを出す。

改めて言葉にするとスッキリした。

ついでといってはなんだがリョウジの行く先についても尋ねてみる。


「……ブラックとの決戦が近い……残念だが我のステージはここまでだ……」


「はいはい厨二乙厨二乙。聞いた私が悪かったね」


まともな答えが返ってくるとは思っていなかったがやはりリョウジの厨二はひどかった。

アヤカは改めてため息をつく。

こいつとは出会った時から合わない。

ただ、ウチのバンドで1番ロック向きだなとは思う。


「アヤカ……離れていても我らは魂の仲間ぞ」


「……ふん」


──まあ卒業してもたまになら会ってやってもいいかな


アヤカは珍しく反論する事なくそっとリョウジの背を掴む手を組み替えた。











細い雪に傘を差して歩きながらユウトは東京に一度行った時のことを興奮気味に横を歩く女に語りつづける。

女は柔和な笑みを浮かべその話に聞き入る。

女にとっては話の内容なんてどうでもいいのだが。


「……で、なあ、東京に下見には行ったんだ。良さげなスタジオもあったよ」


「そっか。なら安心ね」


クミはユウトと並んで歩きながらこの男との出会いからバンド結成までの流れを思い出していた。

この3年間、長いようで光の飛び交うような忙しない日々だった。

遠いようで手の届かない思い出。

それもこの男のおかげだと思う。


しかし3年もありながらこの男との距離を詰められなかった自分のヘタレさ加減にも今更ながら呆れ返る。


そろそろ自分の家が見えてくる頃になってクミは内心で自分の小心ぶりに改めて絶望する。

この帰り道、ユウトと帰ることが決定してから手くらい繋ごうと決意していたのにトライすらできないばかりかちっともそんな雰囲気にも持っていけなかった。


──そして3年間ずっと聞けなかったことを今問い詰めてみようと口にする


「……そう言えばバンドにはアンタから誘ってくれたわね。なんでど素人だった私に声を掛けたのかしら。聞いたことなかったわね」


クラスメートがバンドを組んでいる。

そう言われて何度か友人に連れられてユウトの演奏を観に行ったものだ。

いつしか顔見知りになったクミはユウトに誘われるままに今のバンドに入った。


「そりゃあ、お前、才能あると思ったからだよ。それ以外にあるか?」


横をみると目を合わさずに目が泳ぐユウトが居た。

動揺するユウトを見てクミはさらに一歩踏み込んでみた。


「それは嘘でしょ。形になるまで随分と苦労したけど」


そう、明らかに嘘だった。

クミはギターを始めてから形になるまでに随分と苦労したものだ。


「よっしゃ着いたな。じゃあな。よく寝ろよクミ。次は初詣でな」


ちょうどクミの家の前に着いたのでユウトは挨拶もそこそこに慌てて帰ろうとする。

しかしその裾をガシリと掴まれユウトは戸惑いながらも振り返った。


「……どうしたクミ」


見ると裾を掴みながらもクミが俯いていて表情が見えない。

じっと返事を待っていると絞り出すような消え入るような声で、しかしはっきりと聞こえてきた。


「今日はね、友達の家で泊まってくるって言ったからお父さんとお母さん何処かでデートして家に居ないんだ……」


「へ、へえ〜〜……暖かくして寝ろよ、じゃあな……」


フラグをへし折るような男の返事を許さないとばかりにクミは俯いたままユウトの服の裾をつかんで離さなかった。


「お、おい……?」


「リビングに布団敷くからさ、泊まっていってよ……女の子1人で留守番させる気?」


「……」


数十秒待って勇気を持って絞り出されたその言葉にユウトは従うしかなかった。

今度は宵闇にうっすらと紅潮した顔でしっかりと自分の目を見据えた彼女の瞳に抗う術など高3の少年にはなかった。













シャワーの音が遠くに聞こえユウトは落ち着かない。

時計をみるともう既に夜の10時を過ぎている。


──同級生で同じバンドの女の子がクリスマスの夜に同じ屋根の下に居る


それも憎からず思っている相手だ。

リビングに1人残されたユウトはテレビのザッピングを行い平静を装いながらも内心は穏やかでなかった。


「……なんでこうなった」


未だ続くシャワー音に耳を悩まされながらユウトは頭を抱え小さく呟く。


確かにクミのことはユウトも悪く思っていない。

というか、むちゃくちゃタイプだったから声を掛けたというのが実情だ。

……しかし、これは


こういう・・・・のはユウトは望んでいなかった。

……こんなのは付き合って月日を重ねてからだろう?

いや、俺は何を舞い上がっている、何も起こらない、何も起こらないさ。

ユウトは心の中でそう何度も自問する。

彼はロマンチストだった。


やがてシャワー音が止まりユウトの心拍数も跳ね上がる。


──落ち着け


自答しながらユウトはザッピングの手を止めテレビ画面を見つめる。

何やらバラエティらしきものが映っているようだが情報としては知覚できない。


やがて廊下を渡る聞き慣れた足音が

近づいてくる。


リビングの扉を開ける音にユウトは平静な表情を貼り付け振り向いた。


「……お風呂、空いたから。次入って」


ユウトはおう、と軽く返事するとソファから立ち上がり廊下へと歩みを進める。

クミは水色のパジャマを着ていて横を通るときいつもよりいい香りがした。

風呂上がりの為か頰も先ほどより紅潮している。


──ユウトは雑念を振り払う


「……先に寝てていいからな。じゃあおやすみ」


見せられない表情になっていたためユウトは後ろ向きに声をかける。

クミが先に自室に戻り寝ていることを期待して発した言葉だったが彼女からの返事はなかった。









シャワーを浴び終わり、忍び足でリビングに着いたユウトは誰も居ないことを確認すると一息ついて腰を下ろす。


クミはもう寝たんだろう。

スマホにはクミから「おやすみなさい」というメッセージが入っていた。


「さて、と。寝るか」


どことはなく帰りのクミの様子はおかしかった。

なんだかいつもより饒舌だったり親の居ない自宅に自分を招いたり冷静さを欠いていた。

クミもクリスマスの熱に当てられたのだろうか。


……まあ何もなかったんだからよかった


そう思う自分を本当に情けなく思いつつも何もなかったことに消沈する自分にも呆れ返るばかりだ。


──本当に自分というものがわからなくなる


自分を責めつつもクミの家に居るという温かい気持ちに包まれながらユウトは電気を消し用意された布団に包まり目を閉じた。


ここは住宅街だ。

クリスマスの夜だからか外からは時おりうっすらと笑い声と人の足音だけが聞こえてくる。

眠りの妨げにはならない程度だ。


昨日から用意していた材料を調理しケーキを朝から作っていたユウトは我知らず疲れていた。

その意識は徐々に深く微睡みから深い眠りへと沈んでいった。







「……ト、おきてる……?」


うーん……なんだ……?


自分を呼ぶ声に深い眠りから少しだけ覚醒したユウトはうっすらと目を開ける。


見知った女が自分の顔を覗きこんでいる。


「……クミ?」


ああ、なんだまだ寝ぼけてるのか……


しかしクミの家であいつの夢を見るなんてこっぱずかしいなあ……むしろしにたい


そんなとりとめもない事を薄い意識の底で考えながらユウトは再び目を閉じようとするがそのクミらしき・・・女は近づいてくるとパジャマの上着を脱ぎ始めた。


……おいクミ?

ユウトは目を見開き意識が覚醒し始める。


やがてクミはズボンも脱ぎ捨てるとユウトの纏う布団の上へと覆いかぶさった。

白い肢体を隠すものはもうブラとショーツしか残っていなかった。

……それも気合の入ったものと覚しい。


クミの目はトロンと蕩けるように艶かしく頰はさらに上気していた。

やがてその白い手をユウトの頰へと伸ばしその陶器のような感触を彼へと伝える。


……いつものクミじゃない


「……ああ、これは」


ユウトは布団をゆっくり剥がし起き上がる。

その際に乗っかっていたクミが転ばないように抱き抱える。

白く柔いその身体からは抱えた腕を通してはっきりと高い熱が感じられる。


「お前、風邪引いてるな……無茶しやがって」


正気を失っていた原因を探り当てユウトは所謂お姫様抱っこでクミを抱き抱える。

やがてクミは安心したようにユウトの腕で眠り始めた。










聖夜が終わり朝日が昇る。

陽に照らされた街にはうっすらと白い雪が積もった銀世界が出来ていた。


間違い・・・が起きなかった一夜を乗り切りユウトはクミの家のキッチンに立っていた。

コトコトと湯を沸かし玉子酒と味噌汁を作る。

寝込んでいるクミの朝食と自分の分も少し。

完成したので二階のクミの部屋へと持っていく。

ノックをして声をかける事も忘れない。


「おーい、大丈夫かクミ」


「……大丈夫……大丈夫だからもう帰って」


その返事に安心したのかユウトはクミの部屋に入る。

頭から布団を被ったクミがそこにはいた。


「朝飯出来たから食えよ。終わったら薬も飲め」


そう言って近くに持ってきた台にことり、と盆を置く。

至れり尽くせり、ではあるがクミはもう一刻も早くユウトには帰ってもらいたかった。


「もういいってば……」


昨晩の痴態は薄い意識の中ではあったがしかしはっきりと覚えている。


高熱とクリスマスのテンション、そして想い人が初めて家に泊まり2人きりという異常な状況が普段冷静なクミをあんな痴態に走らせたのだった。

事実昨晩の行動は夢うつつの状態であった。


「……もういっそ殺せ」


そう、もういっそクミは死んでしまいたい気持ちだった。

もはやユウトとは目を合わせられない。


「……あーオレなんも見てないし覚えてないから……うん、気付いたらお前をこの部屋まで運んでたわ」


頰をかきながらユウトはそんな事を言う。

見え見えの嘘であった。

昨夜の事を無かった事にするつもりだろうか。いや、確かに何も無かったに等しいのだが。

クミとしては正気で無かったとはいえ乙女の柔肌を晒したのだ。

それはそれで腹立たしい。


その半端な優しさとヘタレさ加減が腹立たしいやら嬉しいやらで何か文句の1つも言いたかったが状況的にも体力的にも何も言い返せずクミは黙って布団を頭まで被る。

怒りと恥辱に塗れて真っ赤な顔を隠すために。


「……じゃあ俺部屋出るけどしっかり食えよ。何かあったら呼べ。お前の親御さんが帰るまでウチにいるからよ」


自分がいると食べにくいと判断したのかユウトは腰を上げ部屋を出ようとする。


クミは悩んだが決心して布団から少し顔を出しユウトに声をかけた。


「……ユウト」


「ん?」


振り返るユウトに怯みそうになるがクミは勇気を出し感謝を述べる。


「ありがと」


「ああ」


相変わらずの爽やかな笑顔だ。


「東京に行っても……」


仲良くしてくれる?と尋ねかけてクミはその言葉を飲み込んだ。


「ん?」


「なんでもない」


仲良く・・・ではなくこの人と恋人になりたい……

来年のクリスマスこそは目を見て、はっきりと告白しようとクミは胸の奥でそう誓った。

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