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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo1.洋館事件
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No.6 洋館事件(造視点)【6】

「二つの、世界を……?」

「そうだ。ローゼマリー……、マリーが渡れる世界は一見、こちらの世界と変わらないように見えるが、そこには彼女以外の生物は存在しない。そちらの世界にいる間、こちらからは彼女のことを一切認識できず、干渉もできない」

「それじゃ無敵ってことですか?」

「その通りだが、そう簡単にもいかないんだ。本人曰く、この能力はある種の呪いのようなものらしい。彼女がそちらの世界に長くいればいるほど、こちらの世界でのマリーの痕跡は消えていくそうだ」

「それって……」

「……マリーの家族は、もう誰も彼女を覚えていないそうだ」


 最も身近な存在であるはずの家族に忘れ去られる。それはどれほど辛く、悲しいことなのだろう。

 広大な世界に一人きり。想像しただけで言い表せないほどの寂しさが胸に渦巻いた。


「……もしも本当に奴の言う通り爆弾が仕掛けてあったとして、爆発がどれくらいの規模になるかはわからないが、爆発すれば少なくとも地下に捕らえられているという彼女の命はないだろう。館が倒壊するほど大きかった場合は、わたしたちも危ない。夜明けには迎えが来る手はずになっているが、この猛吹雪ではそれも危うい。となれば、彼女を見つけて爆発をやり過ごし、朝まで耐えるのが確実だろう」

「爆発をやり過ごすって、どうすれば……?」

「……未確認生命体の中には、我々人間のような……いや、人間を遙かに超えた技術を持つものもいてな。そういった未知の技術を『異界のテクノロジー』なんて言ったりするんだ。それで、その……、『第0班うち』に一人、そういうのが病的なまでに好きな奴がいてな。マリーの能力を見て大いにインスピレーションを刺激されたらしく、さらにいくつかの『異界のテクノロジー』を用いて、道具を作ってしまった。それがこれだ」


 そう言って、沙羅さんは袖をまくって腕輪を見せてくる。金属製で特に気になるところもない、普通の腕輪だ。照明の明かりに当てられて、銀色に鈍く輝いている。


「これはマリーの能力と同調し、装着者の周囲に擬似的に彼女が入りこんだ『あちらの世界』を再現するものだ。どういう仕組みで動作しているかはわたしにはまったく分からないが、これを使えば爆発が起きても無傷でいられるはずだ」

「そ、そんなものがあるんですね……」

「ああ。しかし、こちらは忘れられるというデメリットはないものの、本家と比べて効果時間が短く、さらにマリーの近くにいなければ起動すらしないという欠点がある。だから、早く彼女と合流しなければ」


 それから五分ほど歩いたところで、沙羅さんが足を止めた。手に持った端末をまじまじと見つめている。ちなみにそれは、沙羅さんたち『第0班』のひとたちの体内に埋め込まれた機械が発する信号を拾い、位置を表示するというものだった。


「おかしいな……反応が移動している」

「上手く逃げ出した、とかでしょうか?」

「考えられなくはないが……まあ、いいか。どうやらこっちに近づいているようだし、早く彼女と合流しよう」


 そう言って沙羅さんが歩きだそうとしたその時、少し奥の部屋の扉が開き、よろよろとした足取りで人が出てきた。俯きがちにこちらへ歩いてくる。


「誰だ。そこで止まれ」


 沙羅さんが警告するが、その人は歩みを止めない。


「聞こえないのか! 止まれと……言って……」


 より強く警告を発しようとした沙羅さんだったが、近づいたことで顔が見えるようになった途端、絶句して言葉を切った。


「ア゛ア゛ア゛……」


 それは人ではなかった。

 顔を上げたそれは、濁りきった瞳でこちらを見つめ、首に深々と突き刺さったガラス片など気にも留めずに歩みを進め、くぐもったうめき声をあげる徘徊する死者リビングデッド――ゾンビだった。


「なんだこれは……、これもコービットの研究の成果だというのか……!」

「きゃああああ!」

「な、何が起こってるんですか……! もう、家に帰りたいです……!」


 動く死体はぼくももちろんショックだったが、紅里と愛奈の二人には特に応えたようで、二人してその場にへたりこんでしまった。

 動揺したのも一瞬、沙羅さんは神速の一閃で迫るゾンビの首を切り飛ばしたが、まるでそれを待っていたかのように奥から次々とゾンビが現れ、こちらへ向かってきた。


「くっ! 撤退だ! 入り口まで戻るぞ!」

「紅里! 愛奈! 立てる!?」

「こ、腰が抜けて……!」

「立ちあがれないです……!」


 沙羅さんは迫るゾンビを一刀のもとに切り捨てていく。が、絶え間なく押し寄せるゾンビに疲労が隠せない様子だ。かろうじて抑えてはいるが、いつ限界がくるとも限らない。状況は絶望的だった。


 そんな中、ふと僕の耳に奇妙な音が飛び込んできた。


 まるで何かが這い回るような音。天井を見上げた僕が目にしたのは、換気のために天上に開いた通風孔からゆっくりと染み出してくる黒いスライムのような物体だった。そしてちょうどその真下では、紅里が今まさに立ち上がろうとしているところだった。


「――紅里ッ!!」


 全身総毛立つような感覚とともに、必死で彼女に駆け寄り、思いっきり突き飛ばす。


 直後、腹部に衝撃を感じ、気付けば僕は壁に叩きつけられていた。


(紅里は……、無事、か。よかった……)


 体がまったく動かない。なんとか視線だけを動かし、紅里の無事を確認する。何かを叫んでいるようだが、まるで聞こえない。横で愛奈もくしゃくしゃの顔で何か叫んでいたが、やっぱり聞こえない。そして、二人の姿は体を揺らしながらこちらに向かうゾンビに隠れて、見えなくなる。


 ゆっくりと視線を下げる。視界に映ったのは、腹部に開いた大きな穴と、そこから間欠泉のように吹き出す自分の血液。


(ああ……、ぼく、死ぬのか……)


 朧げな意識の中で、そう思った。痛みはなかったが、自分の体内から温度が失われていくのがはっきりと感じ取れた。


 いよいよ視界が霞み、何も見えなくなる寸前。僕が見ていたのは、過去の思い出――ではなく、ばらばらに引き裂かれ、宙を舞うゾンビたちと、一つの黒い影だった。




 ――どうですか? 人生をここで終えたいですか? それとも生きたいですか?




 暗闇の中、声がした。その声に対し、半ば無意識に僕は答えた。


 ――生きたい。死にたくない。


 ――それなら、もう一度声に出してそう言ってください。そうすれば、願いは叶うでしょう。


「……生きたい。……死にたく、ないよ……!」



 最後の力を振り絞り、手を伸ばす。そして、何かが全身を駆け巡る感覚とともに、僕の意識は途絶えた。

 使っていたノートパソコンが突然故障し、さらには部屋の照明も落ちました。旧式のデスクトップを引っ張り出し、なんとか執筆は続けられそうですが、照明の方はどうも単なる蛍光灯の寿命とは違う様子。悪いことは畳みかけるように起こるものですね。しばらくペース落ちると思いますが、どうかご容赦ください。

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