No.57 怪物の戦い方
学園の地下にある龍穴を狙い、近いうちにカルト教団がやってくる。
その情報をつかんだ理事長アン・シャトレ―ヌは生徒たちを避難させることに決め、創は造、紅里、愛奈の三人を連れて下見のために山の中にあるキャンプ場を訪れた。
キャンプ場を管理するのは山にある孤児院であり、個人的に親交があった創は挨拶のために山道を登る途中、先にエミリーを襲った暗殺者集団『シルク・ドゥ・ナイアル』の少女たちと偶然遭遇してしまうのだった。
「神崎創……第0班の探偵さんがなぜこんなところにいるのですか」
「答える義理が俺にあると思うか? そっちこそ、巷で人気の聖歌隊さんがこんな山に何の用だ?」
睨み合ったまま会話を重ねる創と四人の中でのリーダー格らしき少女、伊織星良。
「こちらにもお答えする義理はありませんね。立ち塞がるなら排除します」
「別に俺はお前らを待ち構えてたわけじゃないんだがな……まあ、いいぜ。遊んでやるよ」
創が言い終わるとほぼ同時に四人が動き出す。対して創は不動のまま。
前に飛び出したのは星良を入れて二人、あとの二人は後方に残り、赤毛の少女が創の足下目がけて何かを投げ込んだ。
地に落ちたそれから猛烈な勢いで煙が上がり、辺りが瞬く間に煙に包まれる。
「煙幕か。だが俺には通じねえぞ!」
研ぎ澄まされた創の聴覚は迫る足音を正確に捉えていた。
煙の中から突き出されたナイフを難なく躱す創。しかし立て続けに緑髪の少女が突っ込んできて、抱きつくような姿勢で組み付かれる。
「何を――」
「ええーいっ」
気の抜けた声とは裏腹に恐ろしい力で締め付けられ、鈍い音を立てて創の身体が二つに折れた。
どう見ても致命傷。だが先んじてナイフで攻撃を繰り出した星良は鋭く警告を発する。
「メリル、すぐに離れなさい!」
直後、創を鯖折りにした少女の服を創の手がむんずと掴み、いとも簡単に少女を投げ飛ばした。
「わわーっ……!? ――っと」
ふわりと空中を浮遊したあと、メリルと呼ばれた少女はなんとか着地に成功する。
彼女が顔を上げるとその先には、ごきんごきんと音を立てながら折れた骨を元通りに修復する創の姿があった。
「背骨を折ったのに、あんなに簡単に再生してしまいました……」
愕然とする少女に創は平然と言う。
「残念だが今の俺に背骨なんてものは本来ない。人間に擬態するにあたって最低限骨格、皮膚、頭髪、各種感覚器くらいは再現してるが、別になくたっていいんだよ」
かつて人間だった創の今の正体は不定形の怪物。いかに人の姿をしていようとも人体の弱点など存在しない。
果敢に接近し、卓越したナイフ捌きで攻撃を繰り返す星良。さらに攻撃の隙間を縫うように後方から石や銃弾が恐ろしい精度で飛んでくる。
無数に傷を作りつつもそれらすべてを瞬時に再生させながら創は言った。
「なるほど、確かに暗殺集団というだけある……! 戦闘の技術は俺では敵わないな。だが――」
そこでわざと創は頭を前に出す。すかさずナイフが閃いて首を切り裂き、目に刃が突き刺さる。
しかし創は微塵も怯まず星良の腕をとると、背負い投げの要領で地面に引き倒した。
「がはっ……!」
「俺に人体の急所は通用しない。対人戦において一流ではあっても、俺のような人外の怪物との戦いは素人も同然。わかってはいてもつい癖で頭や首を狙ってしまうのがその証拠。だからわざと隙を作れば誘導も容易い。実体験だがこれが沙羅や寂蓮さんのような超一流の戦闘者ならすぐに修正して対応してくる」
まるで諭すような口調で語るその背に銃弾が炸裂するが、創は無反応。
銃撃を行った少女の戸惑いと悔しさが滲んだような声が背後の紫髪の少女から聞こえる。
「どうして……!」
「何やら毒物が込められてる特殊な弾のようだが、あいにく毒も薬も俺には効かん」
振り返った創の眼前に迫ったのは、槍投げのように放たれた折れた大きな樹。
「ふんっ!」
それを横から貫手で貫いて止めた創は何か考えるように動きを止めて少女たちを見回した。
「そうだな……せっかくだ。いい機会だから色々と付き合ってくれ」
そう言って創は右手に大木を突き刺したままそれを上に掲げ、話を続ける。
「そういえばおまえら、俺のことはどこまで知ってる? たとえばこの身体は中途半端に追い詰められれば追い詰められるほど俺の意思とは無関係に急激に変異を繰り返してもっと強くなっていくこととか、つい最近そういうことがあって新しい能力が増えたこととか知ってるか?」
確かめるように言う創の右腕が変化を始めた。めきめきと音を立てて右手の先から皮膚が樹皮へと変わり、瞬く間に突き刺さった大木と融合していく。
「俺の従者が得意な『同化』だ。ほらほら、ぼけっと見てていいのか?」
樹木と化した巨大な右腕で拳を握る創。何をするつもりかは誰の目にも明らかだ。
「アメリア!」
「言われなくても!」
星良の指示とともに赤毛の少女から爆弾がばら撒かれ、樹木の腕に次々と着弾して派手に木片を散らす。
「おお……?」
「たあーーっ!」
盛大に爆破され、粉々になってぱらぱらと降り注ぐ右腕だった木片を左腕で受けながら感心したように創が声を漏らすと、緑髪の少女メリルが再び突っ込んでくる。
しかし創に肉薄する直前、メリルは何かにつまずいてこけた。
「痛いっ!」
無防備になったメリルに今度は創が歩み寄る。
「人間とはかけ離れたその怪力は大したもんだが、だからこそおまえの戦い方がいちばん雑だな」
「ーーっ!」
すぐそばまで来た創に、メリルはがばりと身体を起こして掴みにかかる。
しかしその手を創は掴み返すと、人外の力をその手に込めた。
「あううっ……!」
創は軽く力を込めているだけのつもりだが、それすらメリルの全力を凌駕していた。必死で抵抗するメリルの手からみしみしと嫌な音が鳴る。
「力で自分に勝る相手に対して力押ししかできないおまえは無力に等しい。もっと工夫しろ」
その時創の背に何かが突き立った。
「――?」
それは先端が注射針になっている特殊な弾丸であり、中には薬品が入っていた。創に薬品の類いは効かないはずだが、解析した創は戦いが始まってから初めて顔色を変えた。
「こいつは――『抑制剤』か……!」
『S細胞抑制剤』。研究の過程で偶然完成した、ショゴスの細胞を致命的なまでに弱らせる薬である。
これを使ってミナトは自身の変異を抑え、そして対ショゴス用の武器としても使用し創をあと一歩のところまで追い詰めた。
それを再び食らった創。しかし、今度は前回とは違っていた。
前回は猛烈なめまいに襲われ立つことすらままならなかったが、今度はいつまで経っても変化がないのだ。
「どういうこと……!?」
困惑する紫髪の少女に創は言う。
「だから中途半端に追い詰めるなって言ってるんだ……もう効かねえんだよ。免疫ができちまったんだ」
有効な武器があろうが一度で決められなければ次は通用しない。これまで何度もそれを経験してきた創はうんざりしたように息を吐く。
「……で? まだやるか?」
四対一をものともせずに相手を圧倒する創。絶望的な戦力差を身をもって思い知らされたシルク・ドゥ・ナイアルの面々はそれでも武器をかまえ、徹底抗戦の意思を見せる。
「別に取って食おうなんて思っちゃいないのに、なんでそこまで俺と戦おうとするんだか。まあ一つ思い当たることはあるが……ともかく、もう終わりにしよう」
今までどこか軽かった創の雰囲気が変わった。背筋が凍り付きそうなおぞましい気配を漂わせ、指をぱちんと鳴らす。
しかし、何も起きない。油断なく周囲を警戒するシルク・ドゥ・ナイアルの四人に、創はもう勝敗は決したとばかりに腕を組んで言った。
「言ってなかったが、俺は細胞一つで生物として成立する『群体』なんだよ。今までは分身を作ると細かい制御ができないから使ってこなかったが、それも多少はマシになった……意味がわかるか?」
その言葉に、星良はある考えが浮かんだ。
人外の膂力と再生能力に加え、特殊能力も持つ創。
先ほどメリルが投げた大木と同化して作り出した樹木の腕。それはアメリアによって爆破され粉々になった。そしてその後、創は何事もなかったかのように腕を再生させている。普通の人間の腕をだ。
さらに、メリルの不自然な転倒が頭をよぎる。彼女は確かに創の言う通り他の者達より戦闘技術では劣るところがあるが、それでもあそこまでの隙を晒すのは何か違和感がある。
ぞわりと背筋を嫌な予感が伝う。彼女が転倒する直前、いったいなにがあったか? どれだけ見た目が樹木のものでも、その正体は変幻自在のS細胞。では、爆破され散らばったあの木片は今どうなっている?
その時、彼女たちが立つ地面がにわかに揺れ、そこら中で不自然に盛り上がり始めた。うっすらと見えるのは数多の木の根。
「戦闘が始まった時から俺は細胞を飛ばして同化を続け、準備を進めていた。この辺りはすでに俺が掌握している。つまり――」
創はそこで言葉を切る。直後、辺りに立ち並ぶ無数の木が『立ち上がった』。
根を足に、枝を腕にして人間のような四肢を持つ姿へと変貌していく樹木たち。その幹がばりばりと横に裂け、彼らはくぐもった声で言葉の続きを唱和した。
『――そう、俺たちだ』




