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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo4.呪いと絆
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No.49 燃ゆる心は揺らめいて

 現れた創の圧倒的な存在感に、誰も声を発することができなかった。ミナトも創を凝視したまま動かない。


「……なにをどうしたらああなるんだよ」


 一度コービット邸で直接変身後の創を見ていたローゼマリーがいち早く立ち直り、呆れたように言う。


「燃えてる……本当に創お兄さん、だよね?」


「変身するって聞いてたけど、あそこまで変わるのね……別人というより、別の生き物みたいだわ」


『急に通信が途絶えたと思ったら……高熱で無線機が壊れちゃったのかあ。あれじゃそれも仕方ないよね』


『呑気に言ってる場合じゃないわ。さっき言ったでしょ、何が起こるかわからないって』


 緊張を含んだ麗花の声に他のメンバーも気を引き締めた。最悪の展開――創もまた暴走し、手がつけられない状態になっていた時に備え、各々が身構える。


 張り詰めた緊迫感の中、間近で創を見ていた沙羅と寂蓮は感じる熱波もよそに彼の燃える瞳を見上げていた。


(なんて力強い……人の意思を感じさせる瞳でしょう。こんな目をした方がこの時代にもいらっしゃったとは――)


(創……おまえは、どんな姿になっても変わらないんだな。昔と同じ真っ直ぐな目をしている。わたしは――)


 呆けた二人の耳にヒュッ、という風を切る音が届く。考えるより先に身体に染みついた動きで回避行動をとろうとした二人だが、何より先に動いたのは創だった。


 踏み込み、殴る。じゅっという肉が焼ける音がして、たった一撃でミナトは吹き飛んだ。

 言葉を失う第0班の前で創は今しがたミナトを殴りつけた右手をじっと見つめ、そして口から炎とともにゆっくりと言葉を吐き出した。


「……何ボケっとしてる。さっさと行け」


「……! 一人で、やるつもりか」


「ああ。熱を抑えておくのもそろそろ限界だし、何より……これは、俺のけじめだ」


 その言葉を聞き、沙羅と寂蓮は創に背を向けると、地上に向かって歩き出した。


「行くぞみんな。ここにいては邪魔になる」


「う、うん……」


「創お兄さん、ミナトちゃん……」


 心配そうな双子を最後に第0班の面々はその場から立ち去り、後には創とミナトだけが残された。



「……起きろ。おまえがこの程度でやられるわけないってことは、俺が一番よくわかってる」


 その声に応えるようにミナトがゆっくりと起き上がる。さきほど創に殴られた箇所は大きく抉れ、焼け焦げていたが、周りの肉が盛り上がり、飲み込まれるようにして修復された。


 起き上がったミナトから膨大な数の触手が飛び出す。それらは既存の触手を巻き込んでより強靱に、そして大きさを増しながら、はっきりとした形を成していった。

 同時に不定形の黒い肉塊だった身体にも変化が現れ始める。無数の目玉は内側に飲み込まれて消え、ぼきん、ごきんという鈍い音とともに肋骨らしき黒い骨が生える。


 首、頭、そして最後に腕が形成され、現れたのは下半身がなく、胴部分から伸びて足の代わりに身体を支える二本の腕と、本来の位置から生えているが異様に長い二本の腕の、合計四本の腕を持つ異形の怪物だった。


「お……おとおォ、さ…………」


 異常に痩せ細り、ほとんど骨だけのような姿ではあるもののどこか変身後の創の面影を持つその怪物は、向かい合う創と同じ真紅の瞳をぎらつかせながらかすれた声を漏らした。


「ああ、俺が(オリジナル)だ。おまえの還る場所はここだ」


 創の身体がめきめきと音を立てながらさらに大きくなり、甲殻が割れてそこから超高温の蒸気が噴き出す。


「シルヴィアから聞いたぞ。ショゴスは強弱はあるが全員がショゴスオリジンへの帰属意識を持っていると。実際、分離した俺の一部も最後は俺の元に戻ってくる。だが三年前、俺がショゴスになった時に分離したものだけが戻ってきていない」


 さらに大きさを増した創は全身から蒸気を噴出し、口から炎を吐きながら言葉を紡ぐ。


「あの時俺が暴れた際にどさくさに紛れて研究サンプルとして回収された俺の一部は、ある一人の少女に不完全ながらも適合して同化し、その時に俺の自我も消えた。つまり()()()の正体はミナトの自我に隠れていた『本体の元へ還る』という俺の意思、いや、神崎創(おれ)が本体であることすら忘れて自分が本体として俺を取り込んで一つになろうとする、被験体3710番という名のショゴスオリジン(おれ)だ」


 四腕の黒い骸骨と怒りの化身。二体のショゴスオリジンが対峙する。


「ギイィヤアアアア!!」


「グオォオオオオオ!!」


 人智を超越した力を持った二体の怪物は恐ろしい叫び声を上げ、片方の怪物――創が床を蹴り砕いて砲弾のように飛び出し、そして両者は激突した。


「――――!」


 激突の瞬間、衝撃で階層が揺れる。巨腕対豪腕、組み合うようにして激突した両者だったが、身を引いたのは創だった。

 組み合ってすぐ何かに気がついた創は飛び退くと、自身の手を見やる。赤熱した岩石のような甲殻に守られていたはずのその手は、ひどく崩れて欠けていた。


「【暴食の手(グラトニー・ハンズ)】……! 当然か、俺だもんな」


 一方、3710番も全身から超高熱を発する創と組み合ったことにより二本の怪腕に火傷を負っていた。お互い忌々しそうに相手を睨み付け、傷を瞬時に再生させる。


 巨体に見合わぬスピードで距離を詰めようとする創と、驚異的なリーチの怪腕でそれを阻む3710番。人間同士のそれとはまさしく別次元の攻防の中で、創は怒りの炎を燃やしながらもそれに流されることなく、冷静に戦況を分析していた。


(再生能力は向こうが上か……! やはりこの形態――【ライオット】とでも名付けるか。以前の姿に比べてそのあたりの能力は落ちるな。【暴食の手(グラトニー・ハンズ)】の出力も向こうが上。だが、純粋な身体能力では俺に分がある。そして――!)


 掴みかかってくる腕を創は最小限の動きでかわし、すれ違いざまに拳を叩き込む。刹那、接触部が爆発した。


「戦闘の経験も俺が上だ!」


 攻撃の際に甲殻の性質を変化させ爆破、身を守る鎧だけでなく武器としても扱う。自由自在に変身が可能なショゴスでの戦闘に慣れた創だからこそできる発想だった。

 腕が再生するまでの間に距離を詰めた創は怒濤の勢いで拳を打ち込み、その度に爆発が起こる。


(……痛い。痛いなあ――)


 目の前の怪物を殴りつける度に感じる確かな痛み。爆発の衝撃ではない。【暴食の手(グラトニー・ハンズ)】に捕食される痛みでもない。ショゴスである創に痛覚など存在しないのだから。


 創が感じる痛みの正体。それは――。


(――心だ。そう、心が痛い。人間だった頃の俺ならなにカッコつけてんだと笑ったかもしれないが、今ならはっきりそう言える。そうか……俺にもまだそんなものが残ってたか)


 再生した腕が背後から迫る。死角に加えて先程より速さが増したせいで完全に回避できず、至る所を削り取られた。


(ミナト、俺が許せないのはおまえが暴走したことじゃない。おまえは望んでここに来た。自分の寿命があとわずかで、もう抑制剤で細胞の変異を抑えるのが限界であることも知っていた。おまえは秘密にしておきたかったようだが、エミリーがこっそり教えてくれた)


 ただの傷とは違い、【暴食の手(グラトニー・ハンズ)】に抉られた傷は容易に再生しない。創は損傷がもっとも激しい己の右腕を根元から躊躇なく引きちぎると力いっぱい投げつけた。腕は3710番の顔に着弾すると爆発し、怯んだ隙に創は拳を振るう。右腕は既に再生していた。


 どちらも常軌を逸した再生能力の持ち主。いたちごっこにも思える戦いだが、どちらもこの戦いには終わりがあることを理解していた。

 再生にも限界がある。そこまで相手を追い込んだ方が勝つ。それがわかっているからこそ、どちらも全力で相手の身体を削り合っていた。


(普通の人間として生まれるはずだったのに身勝手な大人たちのせいで不死身の怪物なんぞにされて、外の世界もロクに知らず、研究所から出ることもできず、なのに折れずに明るく振る舞い、どころか気遣いまでする。ミナト、おまえはすごいやつだよ……!)


 首を捻る。漆黒の怪腕が唸りを上げて通過し、顔の半分を削り取っていった。


「――――!」


 さすがの創も()け反り、攻撃の手が止まる。その隙を逃さず3710番の腕が伸びて創を捕らえ、熱で肉が焼けることも構わずに恐ろしい力で体内へと引きずり込み、飲み込んだ。


(だから、おまえのことを可哀相だなんて思わない。とっくに覚悟を決めてる相手にそんなことを考えたら失礼だからだ……! だが!)


 全身を喰われながら、創はさらに怒りを燃え上がらせた。


(やよいの動物ロボを介して施設内の情報を集めていたマリーが聞いたという、おそらくここの所長と思われる男が言った言葉……! 普通に生まれてくるはずだった子どもを怪物に変えておきながら、『出来損ないの欠陥品』だと!? 許さん……たとえ他のすべてが許したとしても、俺だけは絶対に許さん!)


「オォオォオオオ!!」


 創は己の内側で荒れ狂っていた熱を叫びとともにすべて吐き出し、全身に噴出孔を開けてそこから超高温の蒸気をありったけの力で噴き出し、表面を覆っていた甲殻を吹き飛ばした。


「――――!? ギャアアアアアア!!」


 今や溶岩にも匹敵する温度となった甲殻がいきなり弾け、いわば体内で爆弾が爆発したような状態になったことで、圧倒的な熱を持った創を再生能力に任せて押し包んで捕食しようとしていた3710番はたまらず叫び、創を解放した。


 脱出した創がゆらりと立ち上がる。その両肩が盛り上がり、新たな腕が二本生えて四腕になる。さらに肘の部分に一際大きな噴出孔が出現し、パキパキと音を立てながら甲殻が再生した。


 創の再生とほぼ同時に3710番も再生を終え、両者は再び向かい合う。


「傷こそないが、お互いもう限界だな。これ以上の再生は難しいだろう」


「…………」


 創の言葉に3710番は応えず、腕を振り上げた。


「ああ、わかってる。これで最後だ。決着をつけよう」


 先程までの荒れようが嘘のように、静かな調子で創がそう告げる。そして、二体のショゴスオリジンによる最後の戦いが始まった。

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