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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo4.呪いと絆
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No.48 第0班VS暴走被験体3710番

「来ましたね」


 ミナトを待ち受けていた第0班の面々。瞑想していた寂蓮が目を開け、静かに呟く。同時に、全員の耳に何か巨大なものが這いずりながら近づいてくる音が聞こえてきた。


「うっ……聞いてると背中がぞくぞくしてくるね、この音」


「じゅるじゅるって、おもちゃのスライムを手でこね回してるみたいな音ね。信じられないわ……この気味の悪い音を出しているのが、あの……」


 ぶるりと背中を震わせる双子。沙羅は鞘に収めた刀に手を伸ばしながら言葉を紡いだ。


「ああ――ミナトだ。油断するなよ。今の彼女は暴走状態、わたしたちのことはわからない可能姓が高い」


「つまり、戦闘になる可能性が高いということです。皮肉と言うべきか、創さんとの戦闘訓練が活きることになりそうですね」


「そうだな。わたしに限ってはあの洋館でのシルヴィアとの戦闘も含めてこれで三回目。何か奇妙な縁があるのかもしれないな」


 苦笑しつつ沙羅と寂蓮が双子の前に出る。


「では、改めて作戦を確認する。目的は時間稼ぎ。わたしと寂蓮さんが前衛、二人は後衛だ。やよいと麗花曰く、そのうち創がやってくる」


「さっき聞こえた叫び声、たぶん創お兄さんだよね。麗花お姉さんは気をつけなさいって言ってたけど、まさか創お兄さんまでぼくらのことがわからないなんてことないよね……?」


「もし創さんが我を忘れてこちらに襲いかかってくるようなら、全力で逃げねば全滅しかねませんね」


 不安そうに顔を曇らせる他の三人とは対照的に、沙羅の内心に不安や焦りといった感情はなかった。


「大丈夫さ、創なら。わたしたちはできることをすればいい。いつものようにな」


 薄く笑みを浮かべてそう言った時、通路の奥から『それ』が姿を現わした。


「オオ……オォオ……」


 コールタールのような黒い粘液を滴らせる、天井まで届くほどの不定形の巨体。全身から飛び出したいくつもの触手を不規則にのたくらせ、人では決して出せない呻き声をあげるその姿に最後に見た少女の面影はどこにもなく――そのあまりの変貌ぶりは不快感や怒りを通り越し、悲しさすら覚えるものだった。


「これが……ミナトちゃん……?」


 呆然としたシェリーの呟きに異形と化したミナトが反応した。視線が定まっていなかった無数の目が一斉に彼女の方を向き、唸り声が絶叫に変わる。


「――おかアざあああん!!」


「突進してきます! 二人とも下がって!」


 寂蓮の警告を受け、双子は慌てて距離をとる。同時にミナトが恐ろしい速度で突進を開始した。


 正面に立つのは沙羅。迫るミナトを真っ直ぐに見据え、鞘から刀――数珠丸恒次を抜き放った。


「『あの時』とは状況が違う。古より我が九重家に伝わりし退魔刀――その力、お借りする!」


 そして一閃――いや、速すぎて一閃しただけにしか見えなかった――剣戟により、全方位を包み込むように押し寄せていた触手がすべて切り払われた。


「――!?」


「数珠丸恒次は邪気――悪意に連なるものを断ち切る。異形の者が斬られれば力を奪われる。刀の力に頼るのは未熟の証ではあるが、今のわたしはシルヴィアの時のようにはいかないぞ」


 数珠丸恒次によって切断された触手はなかなか再生せず、ならばと新しい触手を生やして振るうも瞬く間に刈り取られ、一撃も当てることができない。業を煮やしたミナトは自らの巨大な質量でもって押し潰そうとしたが、それより先に寂蓮が躍り出た。


「せいっ!」


 流れるような動作で手にした錫杖を叩き込む。打ち込んだ場所を起点として波打つように衝撃が拡散し、たまらずミナトは仰け反り後退した。


「この錫杖はわたしがこの名とともに授かった破邪の法具。いかに打撃への耐性があろうと無傷とはいきませんよ」


 斬る、打つ、耐性も再生能力も乗り越えて着実にミナトにダメージを与えていく二人。ミナトは苛立った様子で触手を振り回すが二人にはかすりもしない。加えて、後方の双子がそれぞれ繋いでいない方の手をミナトに向け、謎の力で援護していた。


「ぼくたち双子は二人とも『超能力者』。ぼくは発火能力(パイロキネシス)。そして――」


「わたしは凍結能力(クリオキネシス)。相反するわたしたちの力は相手との距離が遠くなれば威力は弱まり、加えて不安定で完全に制御するにはお互いに接触してなければいけないのだけれど、効果はあったみたいね」


 連携して暴走したミナト相手に互角以上の戦闘を繰り広げる第0班の面々。一見して順調そうに見えたがしかし、いつも最前線で戦うことが多い沙羅と寂蓮は焦りを感じていた。


「寂蓮さん、これは……」


「いけませんね……。ミナトちゃん、だんだん強くなっています」


「くっ、どういう理屈かはわからないが、このままではマズいな……!」


 ダメージを与えれば与えるほどミナトの繰り出す触手の本数は増え、攻撃は苛烈さを増していく。いち早くそれに気付いた二人はどうにかしなければと対策を考え始めたが、ミナトの成長速度は二人の予想を上回っていた。


 ミナトが後方の双子に向かって複数の触手を伸ばのだ。しかもそれらは沙羅と寂蓮の攻撃が届かないように、最短距離ではなく一度天井に向かって伸びてから折り返すように二人に迫った。


「ギィィィィッ!」


「あれは届かん! 寂蓮さん!」


「はあっ!」


 寂蓮が槍投げのように手にした錫杖を投擲する。それは空を切って伸びる触手の一本を粉砕し、そのまま時間を巻き戻すようにして寂蓮の手に戻ってきた。だが、ミナトは怯まない。


「ならば直接二人の元へ――!?」


 双子の元へ駆け出そうとした寂蓮だったがミナト本体が距離を詰めて触手を振り回してきたためにそちらに対処せざるを得なくなった。沙羅も同様に触手を捌くので手一杯の様子である。


「くっ! 二人とも気をつけろ!」


「任せて!」


「わたしたちだって第0班だもの、これくらい――!」


 迫る触手をシェリーが凍結し、エリーが焼却する。すべての触手を迎撃し二人が安堵した時、二人の足下に落ちた触手が動き出した。


「えっ――」


 しかしその触手は直後に響いた銃声とともに撃ち抜かれ弾ける。


「まったくお前らチビッ子ときたら。それでも戦闘員か? バケモンとの戦いは気を抜くなっていつも言ってるだろ」


「マリーさん!」


『わたしもいるよー』


「やよいさん! 避難誘導はもういいの?」


 『裏側』から現れたローゼマリーとその肩に乗ったハト型のロボット――を操縦するやよい。二人は今まで施設内の研究員たちの避難誘導に駆られ、戦闘には不参加だったがそれを終えてやってきたのだ。


「さて、カッコつけて登場したはいいが、悪い報せだ。やよい」


『うん。回線繋ぐよー』


 するとやよいが動かすハト型ロボットから、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。


『みんな無事なようね。時間がないから手短に話すわ』


「この声、黎子さん?」


 今回の作戦で影も形も見えなかった唯一の第0班メンバー、天津原黎子。彼女は今まで何をしていたかというと、創から採取したS細胞および抑制剤のサンプルを解析していたのだ。そして語られたのは、かの細胞が持つ特異な性質だった。


『未確認生命体第一号ことショゴス種が持つS細胞だけど、これは創くんを通してみんなも知っての通り、異常なまでの再生能力と変身能力を併せ持った万能細胞よ。我々が知る地球上のどんな生物のものよりも速く分裂・増殖を繰り返し、弱点といえるものもただ一つを除いて存在しないわ』


「『S細胞抑制剤』でしょう? 創お兄さんは変身も再生もほとんど封じられたって言ってたわ」


『ええ。その名の通りS細胞の活動を阻害するこの薬品は、おそらく普通のショゴスであればごくわずかな量でもまともに動けなくなるどころか、命の危険さえあるでしょうね。ただ、あなたたちの知る二人、創くんとミナトちゃんは普通ではないわ。簡潔に言うと――二人の持つS細胞は、危機に瀕すると爆発的に活動が活発化することが判明したわ』


 やれやれといった様子で肩を竦め、ローゼマリーが黎子の話を補足する。


「つまり、創とミナトはピンチになればなるほど強くなるんだよ。細胞レベルで並外れた生存本能を備えてるんだってさ」


 ローゼマリーの話に離れた場所でミナトと戦っていた沙羅と寂蓮は得心がいったというように相づちをうった。


「なるほど……っ! 徐々に強くなっているのはそういうことか……!」


「厄介ですね……戦闘が長引けばこちらが不利。短期決戦が望ましいと言いたいところですが、そもそも我々の目的はミナトちゃんの打倒ではありません」


「同感だ。わたしたちの目的は足止めだ。避難が完了したと言うなら目的は果たしたと言えるだろう」


「あとは()()()に任せる――それが、ルイスさんの判断ですか?」


 寂蓮の問いに沙羅は悔しそうに顔を歪ませた。


「ああ。悔しいが、わたしたちではミナトを足止め、いや……ただ、殺すことしかできない。()()()がどんな決断を下すにせよ、ミナトはあいつから生まれた。あいつに委ねるべきだと、班長はそう判断したんだろう」


「……親、ですか」


 沙羅の言葉に寂蓮はミナトの叫びを思い出し、ふとそう漏らした。大きな音とともに天井が崩れ、二人の前になにか大きなものが降り立ったのはそのすぐ後のことだった。


「創……」


 赤熱する岩石のような甲殻に包まれた巨体。炎を吹き出す割れた口。比喩ではなく燃える一対の瞳。


 怒りの化身と化した創がそこにいた。

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