No.44 契約者たち
最初に動いたのは司だった。
「はあっ!」
二人に手を向ける。すると、バリバリという音とともに司の手のひらから電撃が放たれた。
「うそっ!?」
「――!」
それを二人は飛び退いてかわす。常人にもかろうじて見える程度の速さだったとはいえ、それでも見てから回避はほぼ不可能なはずのそれをあっさりとかわしてみせた二人に、司は警戒を強めた。
一方、手から電撃を放つという未知の攻撃手段を持つ司に警戒を強めたのはシルク・ドゥ・ナイアルの二人も同じだった。直前まで余裕ぶった態度だったアメリアすら油断の一切を消し去り、鋭い眼光――仮面越しなので司からはわからないが――を向ける。
「姉さん。あいつ今、間違いなく手から放電したよね?」
「そうですね。先ほどはあんなことを言いましたが、油断しているとわたしたちの方が危ないかもしれません。アメリア、二対一だからといって気を抜いてはいけませんよ」
「わかってるって――ってことで、博士と一緒に吹っ飛んじゃえ!」
言い終えると同時にアメリアが爆弾をばらまく。スマイルマークが描かれた気の抜けるような見た目だが、その威力は本物である。司の後ろで気絶して倒れているエミリーが巻き込まれれば命はないだろう。
「そうくることはわかってたよ!」
迫る爆弾にも慌てず司はエミリーを素早く抱きかかえ、今度は足から放電したかと思えばとてつもない速さで二人の間をすり抜けて部屋を出て行った。一瞬遅れて爆発が起こる。
「なにあれ!? 反則でしょ!」
「呆けている場合ではありません。急いで追いかけましょう!」
二人が部屋を出ると、ちょうど司が突き当たりの角を曲がるのが見えた。二人がそれを追いかけるとそこは開けた場所となっており、司が待ち構えていた。エミリーの姿は見えない。
「エミリーさんは隠した。探したかったらボクを倒すことだね」
「だってさ。どうする、姉さん?」
「やるしかないでしょう。あんな速度で動かれたのでは、あの方の妨害をかわしながら博士を探すのは不可能ですからね」
そう言って戦闘態勢をとる二人に、司は全身から放電しながら言い放つ。
「弱虫でも、ボクは人狼! ボクの本性は獣! いくぞ――!」
創と【魂神契約】を結んだ者たちの中には、稀に異なる姿への変身を可能とする者がいた。
現在それを可能とする者は三名。タチバナ、カグラ、そして司である。
彼らに共通するもの、すなわち変身の条件とは「負の感情を乗り越えた者」であること。
タチバナはかつて、戦場で部下を束ねて戦う将校だった。最終的に無謀な命令を受け、それに従って部下もろとも戦死を遂げたのだが、たまたま死んだ場所の近くに龍脈が存在したためにその影響で食屍鬼として蘇った。
その時に部下達も一緒に蘇ったのだが、そこから離れた場所で死んだ者達は復活することが叶わなかった。以来、タチバナはずっと暗い思いを抱えて生きてきたのだ。
部下達に勝利をもたらすことができなかった自分への自責。死ぬ時はみな一緒と言っておきながら自分たちだけが生き返ってしまったこと。真面目なタチバナはそれらがすべて自分の不甲斐なさによるものと考え、力を求めるようになった。
そんな中現れた、神崎創という圧倒的な強者。彼の力に対して抱いたかすかな嫉妬の感情は、大きくなる前に他ならぬ創の手で払拭された。
力をくれた彼に恩を返す。そして今度こそ仲間たちと勝利をつかむ――その思いは彼女を奮い立たせ、【指揮官】というさらなる力をもたらした。
カグラこと中西神楽は普通の看護師見習いだった。わがままな患者にろくに休む暇もない過酷な職場環境。
疲れ果てた彼女は自分がいつの間にか車道を歩いていることに気付かず、迫るトラックのクラクションにも気付かず、撥ねられて短い生涯を終えた。のだが、家族の希望により火葬されずに埋葬されたことと、やはり埋葬地の付近に龍脈があったことにより食屍鬼として復活し、タチバナらに保護された。
彼女の未練は報われなかった人生を取り戻すこと。日の当たらない地下暮らしとなった身ではそれも叶わぬ願いと半ば諦めていたが、親身に接してくれた仲間たち、そして創の不屈の精神に触れ、今度こそ願いを叶えることを決意した。そして、その決意と仲間たちへの思いが彼女を【衛生兵】へと覚醒させた。
【魂神契約】とは魂の力。契約者同士の魂の形が近ければ近いほどその力は強さを増し――そして司は創との魂の親和性が最も高かった。
神崎創という存在は、司の憧れそのものだった。
仲間を失い、自身は異形へと変貌し、それでも決して諦めない不屈の精神。
一見するとぶっきらぼうだが、内面は他者に優しいところやそれとなく気遣いを見せる姿勢。理不尽な目に遭っても折れずに突き進むその姿は、自分に自信が持てない司の目には眩しくて――「自分もこの人のようになりたい」。そう願うのは自然なことだった。
ただ憧れるだけでは一生自分は変われない。少女は生まれて初めて、本気で戦うことを決意した。
かつてコービットに振るわれた理不尽な暴力に怯え、震えるだけだったか弱い自分。そして、これから襲いかかるであろうすべての理不尽に対する反逆。その決意は彼女の心の奥底に眠っていた闘争心を呼び覚まし、【魂神契約】を次のステージへと進めるに至る。
結果、少女が得た力は――。
強烈なスパークとその光によって、シルク・ドゥ・ナイアルの二人は思わず目をつぶる。
目を開けた時、そこには漆黒の毛並みと金色の紋様、そして真紅の瞳をもった巨大な人狼が立っていた。
「ボクは【狼】! すべての理不尽に反逆する者! 電気を操るこの力、止められるものなら止めてみろ!」
電気を纏った人狼と化した司が吠える。
「姉さん、アレはちょっとマズいかも……!」
「同感です。わたしたちの手に負えるとは思えません。心苦しいですが……ここは退きましょう」
あっさりと撤退を決める二人。背を向ける二人を逃がすまいと司は駆け出す。
「そう簡単に逃がさないよ!」
「いいえ、逃がしていただきますよお? 代わりにわたしと遊びましょう?」
その時、背後から強烈な悪寒が襲いかかった。直感に従い、とっさに司は全力で横に跳ぶ。直前までいた場所を弾丸が通り抜けていく。回避しなければ背後から撃たれる形になっていた。
「すごい反応速度ですねえ。当てられる自信がありませんよ」
司が振り返ると、そこには修道服に身を包んだ女性が立っていた。穏やかな笑顔を浮かべているがその手には物々しい雰囲気を放つ拳銃が握られており、笑顔がかえって不気味さを引き立てていた。
「はじめまして。わたし、見ての通りシスターをやってるナイアルという者です」
「シスター……? いや、そんなわけない。誰ですかあなた」
ただのシスターがここにいるはずはない。警戒する司にナイアルと名乗る女性は笑って言った。
「いや、シスターやってるのは本当ですよ? ただ、それは表向きというか……まあ早い話が、さっきの二人の上司です」
「じゃあ、あなたも『敵』ということですか」
「そうですね。このまま立ち話もなんですし、お話の続きは遊びながらにしましょうか」
そう言うとナイアルは躊躇なく発砲した。危機管理能力が再び警鐘を鳴らし、司は弾丸を回避する。
(なんだろう、ただの銃弾なら効かないはずなんだけど……嫌な予感がする)
「うーん、一発くらいは油断して当たってくれると思ったんですけど、そう簡単にはいきませんか。いいカンしてますね。せっかくの【呪術弾】が当たりません」
「呪術弾……?」
言われて司は床に転がる弾を観察する。よく見るとそれには呪文らしきものがびっしりと書き込まれていた。
「ええ。いかに再生能力持ちといえども、無傷とはいきませんよ?」
笑い、ナイアルは懐からもう一丁銃を取り出した。
「やらせないよ、【ライトニングムーブ】!」
司の身体が電気に変わり、一瞬でナイアルの後ろに回り込んだ。そのまま反応する暇も与えず、司は爪でナイアルを切り裂いた。
「がはっ……! まさか、自分を電気に変えて移動するなんて……やられました……!」
そう言い残しばたりと倒れるナイアル。人を殺したことに顔をしかめつつ、気を取り直してエミリーの元に向かおうとした司だったが、振り返ったところで背後から今倒したはずのナイアルの声がした。
「どこ行くんですかあ? もうちょっと遊んでいきましょうよお」
「――っ!?」
振り返ると同時に迫る弾丸。今度ばかりは回避行動をとることができず、弾丸は吸い込まれるように司の胸へと飛んでいき――。
寸前で司の足下から飛び出した人物が持つ扇によって打ち落とされた。
「間一髪でしたね、司くん」
「姫様!? 姫様もここに来てたんですか!」
現れたのは黒いヴェールで顔を隠したロングドレスの少女、モルディギアンだった。
グレート・オールド・ワンである彼女も創の契約者の一人であり、影に潜る能力を持つ。
彼女は最初から司の影に潜んで戦闘を見守っていたのだ。そのことは司本人も気がついていなかった。
「おお、誰かと思えばモルディギアンさんじゃありませんか! こんなところで会えるなんて思いませんでしたよ。元気でしたか?」
「わたしの『本体』を封印したのはあなたでしょうに……あなたも相変わらずのようですね」
「やだなあ、確かに『わたし』はみなさんを『あの場所』に封印しましたけど、それはこのわたしとは関係ないですよ。あくまで別人がやったことです」
口ぶりからしてグレート・オールド・ワンであるモルディギアンと知り合いのようなナイアルと、二人の会話の中で聞き逃せない単語が出てきたことで司は思わず口を挟む。
「あの、姫様。本体を封印したのがあの人っていうのは……」
「その話は後でゆっくりするとして、今はこの場を片付けてしまいましょう」
そう言ってナイアルを見やるモルディギアン。司も動揺する心をなんとか落ち着け、ナイアルに視線を向ける。
「……やっぱり、死体がちゃんとある。だったらあの人はいったい……」
先ほど仕留めたと思ったのは何かの間違いかと思ったのだが、死体は変わらずそこに倒れたままだった。その横にもう一人のナイアルが立っており、異様な雰囲気を醸し出している。
「やはり『多重存在』ですか。厄介ですね」
「その通りですよ。いくらでも――とは言いませんが、そうでもないとあなたがたと戦えませんからねー」
うんざりしたように言うモルディギアンにナイアルは笑って銃を構える。その手がどろりと溶けた。
「およ?」
「まったく、キサマのようなのが殺しても殺しても湧いてくるなど、考えただけで面倒な気分になってくる」
「ツァトゥグアさんですか。あなたは封印のこととか気にしないで、むしろ喜んで引きこもると思ってたんですけど、心境の変化でもありましたか?」
ナイアルの横の通路からパジャマ姿の少年、グレート・オールド・ワンのツァトゥグアが現れた。
「そんなところだ。わかったらさっさと消えろ」
「はいはい。じゃあみなさん、また別の機会にお会いしましょうねー」
その言葉を最後に、ナイアルは全身から煙を吹き出しながら溶けて死んだ。ツァトゥグアの酸によるものである。
「ふん……相変わらず口の減らんヤツだ」
「お二人とも、最初からいらっしゃったんですね。恥ずかしいところを見せてしまいました……」
落ち込む司をモルディギアンが慰める。
「落ち込むことはありませんよ。お世話になったエミリー博士を守るという目的は立派に果たせたではありませんか」
「……あっ! あのナイアルって人が何人もいるなら、もしかして……!」
「まあ、アイツならそういうこともあるだろうな。だが、心配は無用だ」
慌てる司に、ツァトゥグアは腕を組んで言う。
「エミリーとかいう女にはあいつがついているからな。創の従者は伊達ではないということだ」




