No.41 手は足りてる
つい先程まで見るも無残な死体だったものが突如として怪物と化した。そのことにパニックとなった兵士たち。それを真紅の瞳を揺らめかせて冷静に観察しながら、創はコートのポケットから通信機を取り出した。
「おれだ。こっちは作戦通りだ。少なくとも地上に出てるのは全員ここにとどめておけるだろう」
『ありがとう創くん。こっちも作戦通り、全員送り届けたところだよ。今はそれぞれ別々のルートで進んでるところ』
『やっほー創くん。いやあ、いつも創くんはわたしの想像を超えてくるね! あの高度から躊躇なく飛び降りるなんて思わなかったよ!』
感心したように言うやよいに創は投げやりに返す。
「ほっとけ。全部そこの幼女が悪い。それより、今さら驚きゃしないがおまえも『能力者』だったか」
『まあねー。簡単に言うとワープゲートみたいなのを作って移動できるんだけど、使う時に空間が歪むからその間はヘリの隠蔽が解除されちゃうんだ。そのための陽動だからね。そのまま頼むよ、何かあれば指示を出すから』
「そんな能力があるならわざわざヘリで来なくたってよかったんじゃないか?」
もっともな意見を創が述べるが、返ってきたのは否定の言葉だった。
『残念だけどそれはできないんだよ。漫画とかで出てくるチート能力になにかと欠点があるように、ぼくのこれにも欠点があってね。使いすぎると空間の歪みがひどくなって、何が起こるかわからないんだ。デタラメな場所に繋がるどころか、下手をすれば異界と繋がって何か迷い込むとも限らないからね。未確認生命体を自分の手で増やすなんて本末転倒でしょ?』
「そうかい……で、あちらさんはやる気らしいけど、どうすんだ?」
創の視線の先では恐慌状態からなんとか立ち直った一部の兵士たちが銃を構え始めていた。銃口は当然というべきか、まっすぐ創に向けられている。
『ああ、それなら遠慮なく無力化しちゃっていいよ。あ、でもできることなら殺さないでおいてくれると助かるなー』
「さも『簡単でしょ?』みたいなノリで言うな! 何人いると思ってんだ!」
『ふーん? 例の抑制剤を使ってくるならともかく、そうでないなら簡単だと思うんだけどなー』
「……わかったよ。やりゃあいいんだろ! もう切るぞ!」
『ありがとう、帰ってきたらなでなでしてあげるね』
「おれは子供か!」
タイミングを見計らったわけではないだろうが、創が突っ込みを入れて通信を切った直後、銃弾が飛んできた。創はコートのポケットに通信機をしまいつつ、難なくそれをキャッチする。
「ふむ……普通の銃弾だな」
「ば、ばかな……!」
「返すぞ」
掴み取った銃弾をしげしげと見つめ、それが普通の銃弾であることを確認した創は、前触れもなくそれを投げ返した。弾は銃口から発射された時と同じかそれ以上の速度で一直線に飛び、兵士に直撃した。
「ぐあああ!」
痛みに転げ回る兵士を見て戦慄する残りの兵士たち。それを隊長格の男が鼓舞する。
「怯むな! 単発では今のようになるぞ! 弾幕を張ってアレを近づけさせるな!」
その声に従い今度は何発もの弾が飛んでくる。常人を遙かに超えた動体視力でそれを視認しつつ、創は困ったように声を上げた。
「あー、さすがにこれは避けれねえな」
そして銃撃を受ける創。次々に着弾した箇所が弾けるが、ほんのまばたき一つの後にそれらは元通りに再生してしまっていた。
「まあ、だからといってどうにかなるわけじゃあないが」
攻撃がまったく通じず、絶望に包まれる兵士たちに管制室から通信が入る。
『わかったぞ! そいつは三年前に逃げ出した【ショゴス】だ! なんとしても捕まえろ!』
「ふざけたことを言うな! 銃が通用しないんだぞ!? どうしろというんだ!」
『落ち着け! ウィンターズ博士が開発した抑制剤がある! そちらへ送るから、それまで耐えるんだ!』
聞き覚えのある名前に創は目を細めた。脳裏に浮かぶのは白衣を着て偉そうに腕組みする一人の少女。
「ウィンターズ……そうか、あいつの発明品だったのか。話してる最中、やたらと申し訳なさそうに見てくると思ったら、そういうことだったか」
ショゴスの持つS細胞を著しく弱体化させる『S細胞抑制剤』。現状創に唯一有効な武器であり、その効果は既に身をもって体験済みである。
諦めかけたところにもたらされた一筋の希望に兵士たちは奮い立ち、再び創に向けて銃を構える。その必死さに内心彼らを殺すつもりなどない創は若干の申し訳なさを感じたが、すぐにそれを振り払った。
「ナメんなよ人間ども……! おれをただのショゴスと同じと思うなよ!」
そして創はローゼマリーの協力によって完成した技を発動する。
「【カース・オブ・アンタッチャブル】!」
創が叫ぶと、その足下から黒い水たまりが周囲に広がった。
「なんだ!?」
広がった水たまりに触れないように注意しながら兵士たちが叫ぶ。その答えはすぐにもたらされた。
水たまりからおびただしい数の黒い手が伸び、兵士たちに向かって殺到したのだ。S細胞で構成されたそれらの手に銃など効くはずもなく、兵士たちは次々と捕らえられていく。
これまでの戦闘で技名など叫んだことのなかった創だが、ここにきて急にそれを口にしだしたのにはわけがあった。
創の身体を構成するS細胞は万能だが、変化する速度は一定ではなく、変化する対象が特殊な性質を持っていたり、複雑な構造をしていればいるほど変化までに時間がかかるという特徴があった。
そこで試しに、あらかじめ変化する対象についてイメージを固めておき、それに名前をつけてみたところ、変化までにかかる時間がわずかに短縮されることを発見したのだ。コンピューターのプログラム、あるいはスポーツ選手などがやるルーティーンのようなものと考えてもいいかもしれない。
ともかく、それを知ったことで知的好奇心と中二心を大いに刺激された二名、やよいとローゼマリーによって数々の技開発が行われ、今しがた創が口にした技、【カース・オブ・アンタッチャブル】もそのようにして生み出された。
この技は無数の手を伸ばして相手を攻撃するというもので、変化する形状を手に限定することで一度に操作可能な手の数と手が届く範囲を拡大することに成功していた。
そして当然というべきか、この『手』もただ伸びるだけではなく、様々な性質を持たせることが可能であった。
今回付与したのは『麻痺』。その影響により、捕らえられた兵士たちは行動不能に陥っていた。
続々と兵士たちを戦闘不能にしていく創に、ポケットの通信機から声がかかる。
『創、そちらはどうだ?』
「沙羅か。こっちは問題ないぞ」
ちなみに創が着ている服もS細胞が変化したものである。そのため、本人と同じくボロボロになっても再生する。ではオリジナルはどこかというと、創の自宅にて大事に保管されていた。なにかと戦闘の多い任務に着ていったらすぐにダメになるだろうから、というのが創の主張であり、実際それは当たっていた。
『そうか。創ばかり大変な役割を押しつけてしまって申し訳ない』
「おまえが気にすることはないぜ。全部ルイスが悪いんだからな。それに――」
そこで創は視線をいまだ兵士たちを捕獲し続ける黒い手に向ける。
「『手』は足りてるからな。あいにくとルイスの言った通り、抑制剤もないただの人間相手じゃ何人いてもおれ一人で十分ってことだ」
ほどなくして兵士たちは全員捕まり、麻痺して動けないまま地面に転がされることとなった。
こうして地上の部隊は創一人に蹂躙され、壊滅した。万能の変身能力を持つ異形の粘体、その最上位、【ショゴスオリジン】の限界はいまだ誰も知らない。
最近のおやつはパンが多くなってるんですが、理由は言わずもがな、毎年恒例のパン祭りでございます。お皿が必ずもらえるのは素晴らしい。
近所のお店では夕方あたりになると期限が近いパンに割引シールが貼られることがあるので、得した気分で買い物を楽しんでおります。どうせすぐ食べますしね。
バリエーションも豊富で、毎日食べたって飽きません。次はなに食べようかなあ……。