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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo4.呪いと絆
42/64

No.37 過去の仲間、今の仲間

 時は少し遡り、真夜中の繁華街、人気のない裏路地にて。


「――――」


「……やっぱりおとーさんはすごいね。これだけ打ち込んでもまだ人の形を保ってるなんて」


 壁に背中を預けるようにして力なく倒れる創に、ミナトは感心したように言った。


 普段は人間だった頃の姿に擬態している創の全身は今やかろうじて人型に見えるまでに崩れており、半ば真っ黒なスライムのようなその正体を現わしかけていた。両の腕は切り落とされ、本来は数秒もあれば再生するはずのその傷もいつまで経っても再生しない。


 すべては彼女曰くショゴスが持つ『S細胞』の活動を抑制する『S細胞抑制剤』によるものだった。それをいくつも打ち込まれた創は再生能力を封じられ、無残な姿を晒すこととなっていた。


「でも、少し拍子抜けだったかな。おとーさんは誰も勝てないくらい強いって聞いてたから、少しくらい反撃されるかもって思ってたんだけど、結局何もできなかったね」


 返事はない。血が滲んだような真っ赤な瞳も今は輝きを失い、創は死んだように動かないままだ。


「ま、いいや。できることなら連れてきてって言われてるし、連れていくね。まだ生きてるんでしょ?」


 軽い足取りで創に近づくミナト。手を伸ばせば届くほど至近距離まで近づいた時、ミナトはぴたりと足を止め、ぽつりと言った。


「――あっ、やっちゃった」


 その瞬間、創の目が輝いた。同時に両腕が瞬時に再生し、目にもとまらぬ速さで振るわれた。

 凄まじい反射速度で飛び退いたミナトだったが、頬を薄く切り裂かれた。そこから赤い血が一筋流れる。


「あちゃあ、ここまでだなんて想像してなかったよ。これは力ずくで連れてくなんて無理だね」


 切られた頬をなでるミナト。そこに傷はなく、元通りに再生していた。

 のんきに呟くミナトの前で創が立ち上がる。ゆっくりとした動作だが、それがかえって異様な迫力に満ちていた。


 立ち上がった創は一度ぶるりと震えた。その肩からさらに一対の腕が生える。


「――たとえおまえガ、おれに有効ナ武器を持っていようとなあ――」


 真紅の瞳がミナトを見据えた。黒い異形の怪人と化した創が叫ぶ。


「――それだけで! おれに勝てる理由にはならねえんだよ!」


「――!」


 その叫びを受けたミナトは、幼さの残るその顔をはっきりと歓喜の表情に変えて言った。


「すごい、すごいよ! やっぱりおとーさんはすごいんだ! ほんとはもっと遊びたいけど……今日はここまでにするね!」




 そして現在、創は病室で麗花に事の経緯を話していた。


「――そしてあいつは自分がどうやって生まれたか簡単に話したあと、そのまま逃げたってわけだ」


「……未確認生命体ともあろうものが、取り逃がしたってこと?」


「あの時はおれも限界だったんだよ。あと一歩で――そう、あと一歩だったのになあ……邪魔しやがって……」


 一瞬、いつもの飄々とした態度からは想像もできないほど悲痛な顔をした創に、麗花は驚きわずかに目を見開いて問いかけた。


「まさかあなた……死にたいの?」


「ああそうだよ。沙羅には言うなよ? いらん心配をかけるだろうからな」


「なぜ?」


 疑問を述べる麗花に創は呆れた目を向けた。


「どいつもこいつも同じ質問をするな……そんなに不思議か? 死に損なって不死身の怪物になった男が死を望むなんて、漫画とかで割とよくある展開だろ?」


「真面目に答えて」


 真剣な顔の麗花を見て、創も口調から軽い雰囲気を消した。


「今言った通りだよ。あの時、誰かに突き落とされ、ショゴスの培養槽に落ちた。ただの人間だったおれの身体は瞬時に食われて――でも、諦めなかった。先に死んだ二人に合わせる顔がないと、このまま終わることはできないと……そしたらいつの間にかこうなってた。それから施設を抜け出して、事件を暴いた」


 そこで一度話を止め、創は窓の外に目をやった。


「二人に託された事件の解決は成った。だが、その二人は死んだ。仲間を失ったおれに生きる目的はない。なのにこの身体は死ぬことを許しちゃくれない。命の危機を感じると身体が勝手に動いて抵抗する上に、たいていのことじゃ傷もつかねえ」


 再び麗花に目を向ける創。その瞳は赤く染まっていた。


「おれにとって不死とは『呪い』以外の何者でもないのさ。だからおれは死に場所を求めて第0班に入った。おまえに殺してもらわんでも勝手にやる」


「……そう。何もかも見抜かれていたのね」


 諦めたようにため息をついた麗花は創に背を向け、病室を出ようとする。


「神崎創。わたしはあなたを仲間とは認めない。でも……あなたの願いが叶えばいいと思っている」


 最後にそれだけ言うと、麗花は病室をあとにした。




 それからエリーとシェリー、寂蓮が順にやってきた。三人とも心配した様子で病室を訪れては無事な創の姿を見て安堵して、黎子に呼ばれているからと病室を出て行った。

 ほんの少し前までは一人でいるのが当たり前だったのに、気づけば自分の周りには人が集まっている。そのことに創が感慨にふけっていると、病室のドアが勢いよく開け放たれた。


「創! 無事か!」


「創さま! ご無事ですか!」


 駆け込んできたのは沙羅とシルヴィアだった。


「おお、二人とも心配かけたな。おれの方は見ての通りだ」


「ああ創さま……! 本当によかった……! あなたさまがいなくなったらわたしは……!」


 普段は滅多に表情を変えないシルヴィアが何かをこらえるような顔で創のベッドにすがりついた。その様子に創は驚くとともに、ふと彼女に与えた仕事を思い出して疑問を投げかけた。


「おいシルヴィア、家で鏡花の面倒を見るように言ったよな? まさか投げ出してきたのか?」


 鏡花というのは、創の唯一の肉親である妹、神崎鏡花のことだ。現在十二歳になる彼女の世話を創はシルヴィアに頼んでいたのだった。


「それは……申し訳ありません。創さまが負傷されたことを感じ取り、いてもたってもいられず……」


 かつて創と戦い、その際創によって捕食されたシルヴィアには創との間に不思議な繋がりが生まれており、お互いの状態がなんとなくわかるようになっていた。余談だが、創はこの繋がりを魂神契約の契約者同士が感じるものと似ていると考えていた。


 主の身の危険を感じていてもたってもいられず、仕事を放り出してきてしまったことに責任を感じ、項垂(うなだ)れるシルヴィア。


「まあ、今回は真夜中だったから大目に見るさ。だからそう落ち込むな。鏡花はもう寝てるんだろ?」


「……はい。鏡花さまはすでに就寝なされました。すべて創さまと約束された通り、夜更かしなどもありませんでした」


 顔を上げて報告するシルヴィアに、創は苦笑して言った。


「小学生とは思えんほどしっかりしてるからなあ鏡花は……。わかったよ、全快したら必ず家に帰るから、おまえも戻ってあの子を見守ってやってくれ」


「かしこまりました。今度こそ、与えられた仕事を最後までやり遂げると誓います。では、失礼します」


 そしてシルヴィアは退室していった。残された沙羅は居心地悪そうに苦笑して言った。


「ははは……わたしの出る幕がないな」


「そんなことないさ。おまえにも心配かけたな」


 創の隣のベッドに腰掛け、沙羅は幼馴染みに語りかける。


「それにしても、ショゴスというのは感情豊かなんだな。ここに来る途中、血相を変えたシルヴィアと出会って、二人で来たんだ。創は別としても、わたしにはシルヴィアまで人間と変わらないように思えるよ」


「おれたちが特別なだけだ。ほとんどのショゴスにはろくな知能もないって黎子さんは言ってたぞ」


「こうして話していると、創も昔と変わらないんだなと感じるよ。あの頃のままだ」


 昔を懐かしむように沙羅が言うと、創も目を閉じた。


「……だといいんだけどな」


「……では、わたしも行ってくるよ。黎子さんに呼ばれているんだ」


「聞いたよ。行ってこい」


 立ち上がった沙羅は病室を出る直前、振り返って言った。


「……正直、わたしには創の苦しみは想像するのが精一杯で、理解はできないと思う。だが、みんな創の味方だ。だから、遠慮なく色々と話してほしいと思っている……仲間だからな」


 最後に照れ隠しのようにはにかんで、沙羅は病室を出て行った。一人残された創はしばらく黙って目を閉じていたが、やがて目を開けると、噛みしめるように言った。


「失ったからこそ得るものもある、か。……案外、そう捨てたもんじゃないのかもな」


 話し合いを終えて第0班の面々が病室に戻ると、そこに創の姿はなかった。創がどこへ姿を消したのか知るのは、それからしばらく後のことだった。

 明日中にもう一話更新します。しばしお待ちを~。


 明日はバレンタインデーですね。当然というかなんというか、作者にはアテがありませんので、自分用にチョコを買って執筆しながら食べたいと思います。

 オーソドックスな板チョコ、バリエーションの多い袋チョコ、ちょっと奮発してチョコケーキなんて手も……うーん、迷う……。

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