No.35 真夜中の襲撃者
エヴァの劇場版上映延期……個人的な今年一悲しいニュースが早くも決まってしまったかもしれないな……。
真夜中の繁華街。人気の消えた街の裏路地にて、男が二人対峙していた。
「なんだテメェ……そこどけよ」
「そうもいかん。おまえさっき、怪しげな奴から薬を受け取ってただろ。それを確認させてもらいたい」
どちらも若い男性で、片方は服装や態度から見事にガラの悪い雰囲気を醸し出しており、もう片方はスラックスにワイシャツとネクタイ、その上に灰色のコートを羽織っている。
「なっ……テメェにゃ関係ねえだろ!」
「それが知りたいから見せろと言ってるんだが」
「うるせえ!」
ガラの悪い方の男がポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、これみよがしにちらつかせながら怒鳴り散らす。
「さっさとどけよ! でないと……刺すぞコラァ!」
もう片方の男はナイフを見てもまるで動揺した様子もなく、肩をすくめると黙って男の方へ歩き出した。
「なっ、ほ、ホントに刺すぞおい!」
ナイフを振り回して脅す不良男だったが、コートの男はそれにも怯まず不良男の目の前までやってくる。
「ふっ……ふざけんなコラァ!」
逆上した不良男は頭に血が上ったその勢いのまま、思わずナイフを前へと突き出し――手元の狂ったそれはコートの男の首に突き立った。
「――あ、ああ……」
人を殺してしまった。その罪悪感に不良男の頭が真っ白になりかけた時――ゴンッ! という鈍い音とともにコートの男の雑な振り下ろしが頭に炸裂し、不良男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「……ふむ、どう考えても荒事に慣れてるって感じじゃなかったな。おれの勘違いだったか?」
首にナイフが刺さったままコートの男――神崎創は伸びた不良男を見下ろして言った。
表の顔は私立探偵、裏の顔は第0班のナンバー8、その正体は粘体の不定形生物ショゴスオリジン。
そんな普通とはとっくに縁遠い存在になってしまった創は、おもむろに自身の首に刺さったナイフに手を当て、ぐいと押し込んだ。
ナイフはまるで沼にはまったようにずぶずぶと首に沈み込んでいき、やがてすべて飲み込まれて姿を消した。
「さて、望み薄な気もするがこいつはどうかなっと」
気絶した不良男が大事そうに抱えていた紙袋を漁る創は、中から小瓶に入った錠剤タイプの薬を引っ張り出し、瓶に張られていたラベルを読んだ。
「……これは」
何の薬か理解した創は気まずそうに薬を紙袋に戻すと、立ち上がって頭をかいた。
(まさか、男性特有の症状の治療薬だったとは……コイツには悪いことしたな)
現在のようになる前は普通に人間の男だった創。
だからこそ不良男が抱えているだろう病気が男性にとってどれほど重要かはわかっているつもりなので、同情の視線で不良男を見た後、迷惑料としてその手に金を握らせ、その場を立ち去った。
(遠巻きに見た時にやたらと周囲を警戒してたのは恥ずかしかったからか……やっぱそう簡単には辿りつけないよな)
現在、創はルイスに指示され、近頃街で出回っているという非合法の薬物を調べている最中だった。
そのためこうして怪しい現場を押さえては確認を行っているのだが、ごらんの通り状況は芳しくなかった。
調査を開始してから今日で三日目だが、その間創は一度も休憩をとっていない。
未確認生命体第一号ことショゴスには疲れというものがない。保有するエネルギーが尽きるまで不眠不休で活動が可能なのである。というより睡眠の必要がない種族なのだった。
どれだけ活動しても眠気がやってこない便利な身体ではあるが、その分かつて人間であった頃の感性がどんどん薄れていっている気がしてなんともままならない感情が湧き上がってくる。とはいえ不眠不休で活動できるアドバンテージはそんな欠点を抱えていてもなお圧倒的であるため、仕方のないことだと創は暗い路地裏を歩きながら自分に言い聞かせた。
ふと、創は足を止めて顔を上げる。視線の先には、今にも夜の暗がりに溶けて消えてしまいそうな、真っ黒なフードを身に纏った人物が立っていた。
「……あー、いかにも「おまえを待ってた」みたいな雰囲気出してるけどさ、人違いじゃない? おれはただの通りがかり――」
何者かは知らないが、目の前の相手は間違いなく自分を狙っている。半ばそう確信しつつも冗談を飛ばしながら創は相手を観察しようと目を細める。
しかしその相手から飛び出した一言のあまりの予想外さに、ほんのわずかな時間、創は呆けて無防備な姿を晒してしまうこととなった。
「ううん、間違ってなんかないよ。わたしはあなたに会いにきたんだよ――――『おとーさん』」
「――――は?」
瞬間、感じる衝撃。見れば黒フードの人物から投擲された注射器が二本、肩と腹に突き立っていた。
「――っ! こいつ……!」
すぐさま注射器を引き抜き、戦闘態勢をとった創に黒フードの人物はフードを脱いで笑顔を見せる。その顔は、まだ十五、六歳くらいのあどけなさが残る少女のものだった。
「やっと会えたね、おとーさん。今日は大事なお話があるんだけど、その前にわたしと遊ぼう?」
「……おれは今まで彼女がいたことなんてない。ましてや娘なんてありえん。適当なこと言うな」
「あはは、そっかあ。でも、冗談なんかじゃないよ。どういうことかは遊んでくれたら教えてあげるね」
無邪気に笑って少女は駆け出す。創はお返しとばかりに引き抜いた注射器を投擲。恐ろしい速度で放たれたそれらを少女は手を振って弾き飛ばす。当たる直前で少女の爪が伸び、注射器とぶつかって硬質な音を響かせた。
「なんだそりゃ!? おまえ一体――!」
何者だ、と創が言う前に少女が爪を振るう。手で受けた創だったが、そのまま指を数本斬り飛ばされる。下手な刃物を軽く上回るその切れ味に創は目の前の少女を「敵」と判断した。
普段は切っている【暴食の手】を両手に限定して発動させる。
第0班のローゼマリーが中二病を発揮した結果名付けられたこの技は、正確には「技」、つまり技術ではなく、ただの種族特性である。
身体に触れたあらゆるものを問答無用で捕食するこの技は、名称に「手」を含んではいるがその効果範囲は全身に及ぶ。つまり、その気になればたとえ髪の毛からでも捕食が可能という恐ろしい技だった。
両手を伸ばす。雰囲気の変化を感じ取ったのか、少女は大げさに飛び退いて距離をとった。ただそれだけで十メートル近く後退したのだから、いよいよもってこの少女がただの人間ではないことがうかがえた。
「うーん……おかしいなあ。確かに刺さったはずなんだけど」
少女は手を伸ばした際に再生した創の指を見てそんなことを言った。
「生憎とおれに薬物・毒物のたぐいは効かねえぞ。すでにこの身をもって実証済みだ」
「だとしたら困ったなあ。『わたしには効くんだけどな、抑制剤』」
「――っ!?」
少女がそう言った直後。突然視界がぐるぐると回り始め、創はその場に膝をついてしまう。
(なん、だこれ……! おれの知る限り、おれに通用する薬物などなかったはず……!)
「よかったあ、ちゃんと効果あって。でもすごいね、効き始めるまでこんなにかかるなんて」
感心したように言うと、少女は懐から追加の注射器を取り出した。
なんとか立ち上がろうとする創だが、視界の揺れはひどくなるばかりか膝もがくがくと震え、極めつけには指先から身体がぐずぐずと溶け始めた。
(バカな……『擬態』が維持できねえ! 細胞がここまで弱るなんて一体何を――まてよ、『抑制剤』? まさか――)
再び創に注射器が突き立つ。
「――っ! ぐ、うう……!」
いよいよ擬態を維持できなくなり、かろうじて人型を保つので精一杯の創を見下ろし、少女は笑みを浮かべて言った。
「おとーさんに打ったのは『S細胞抑制剤』。それで、わたしの名前はミナト。『被験体-3710』だよ。よろしく、おとーさん♪」
なんか最近PCがちょくちょく落ちる……買い替えたいけどお金がない……(泣)。
夏になってボーナスが出たら替える予定ですのでそれまで保ってください……!
気をとりなおして、新章開始からいきなりピンチ到来です。無敵の創くんにもついに弱点が……!
というか見返してみたけどロクに戦闘の描写がないな……自分の表現力のなさが恨めしい……!
あとこのお話ですが、友人と「クトゥルフ神話とアクションを掛け合わせた作品があったら絶対読みたい!」と盛り上がったことが書くキッカケだったりします。
構想が全然まとまってない状態で書き始めたので冒頭のあれこれとかキャラとかいろいろとブレまくってますが、最近ようやく設定が少し固まってきたので、長期休みとか時間のある時に手直ししたいなー、なんて。
(以下お礼。興味ない方は読み飛ばしてしまってオッケーです)
仕事もあるし他にもやりたいことがいっぱいあってなかなか時間・モチベーションともに難しい部分もありますが、そんな時はアクセス数をチェックしていつもやる気をいただいています。評価ポイントが増えてたら一人でニヤニヤしてます。感想なんていただいた日にはどうなることやら……! 読んでくださるみなさまには感謝が尽きません。
まだないしこれからもないかもしれませんが、もし本作をもとになんか作ったよ、って方がいらっしゃったらぜひとも感想なりなんなりでお知らせいただくと作者は泣いて喜びます。
ではまた次回!