No.3 洋館事件(造視点)【3】
「吹雪で遭難ですか。それは災難でしたね」
初老の紳士、名前はコービットさんというらしい――は、先頭を歩きながらそんなことを言った。それに創さんが答える。
「まったくだ。それにしても、なんだってこんな場所にこんなでかい屋敷が? はっきり言って場違いのような気がするが。観光客相手の宿というわけでもなさそうだし」
「ここはわたしの別荘なのですよ。わたしは少々病弱でしてね。養生のため、あまり人の寄りつかないこの山奥に住んでいるのです」
さらにコービットさんの話は続く。
「わたしの家は昔、英国のそこそこ有力な貴族だったのですが、その名残で経済的には不自由のない生活を送らせていただいてましてね。身の回りのことはこのシルヴィアに任せて、悠々自適に過ごしています」
「彼女は娘さんか何かだろうか?」
沙羅さんの質問に、コービットさんは笑顔で答える。
「ええ……、そんなところです。彼女はわたしの養子でしてね。よく気が利く自慢の娘ですよ」
コービットさんが顔を向けると、視線を向けられたシルヴィアさんが頭を下げた。
寡黙な人だ。それに感情の起伏が乏しいのか、それとも抑えているのか、さきほどから無表情のままだ。
ぼくがそんなことを考えているうちに、ぼくたちはエントランスから階段を上がり、二階の部屋の前まで来ていた。シルヴィアさんが一礼してぼくたちに館の説明をしてくれる。
「こちらが寝室になります。三部屋あるので、ご自由にお使いください。一階は居間、キッチン、食堂、お風呂場がございます。これらは基本ご自由にご利用いただいてかまいませんが、一階にはご主人様の部屋などもございますので、こちらには出入りなさらぬようお願いいたします」
そこで一度シルヴィアさんはコービットさんを見る。コービットさんが頷くと、シルヴィアさんは説明を続ける。
「では、わたしは今からみなさまのお食事の準備に入りますので、失礼します。準備ができましたらお呼びいたしますので、それまでごゆっくりおくつろぎくださいませ」
そして、シルヴィアさんは一階へと降りていった。
「では、わたしも失礼させていただきます。どうぞごゆっくり」
コービットさんも後に続いて一階へと降りてゆき、残ったぼくたち五人は部屋割りについて話し合いを始める。
「じゃあ、ぼくたちは奥の部屋。創さんたちは手前の部屋でいいですか?」
「ああ。こうして会ったのもなんかの縁だろ。部屋に荷物を置いたらそっちの部屋に行くから、それまで待っててくれ。どっか行ったりすんなよ」
「はい。待ってますね」
二人が部屋に入るのを横目で見つつ、ぼくも部屋に入る。部屋には既に紅里と愛奈がおり、荷物を置いてスキーウェアも脱いでベッドに腰掛けていた。
「はあー、疲れた。なんか今日は色々と不思議なことが起こる日ね」
「そうですね。突然の吹雪に謎のリフト乗り場……うう、思い出したらまた怖くなってきました……」
二人は今日の奇妙な体験がだいぶこたえてるみたいだ。疲れ切った顔をしている。
かくいうぼくも今すぐお風呂に入ってベッドにダイブしたい気分だ。
しばらくして、部屋のドアがノックされる。創さんが来たらしい。
「俺だ。三人ともいるか?」
「はい。今開けますね」
ドアを開けると、創さんと沙羅さんの二人が部屋に入ってくる。
「ほお……、こっちの部屋もあまり変わらないんだな。――この花瓶も俺らの部屋にあったやつと同じだ」
そう言って創さんは窓際に置いてあった花瓶を手に取り、くるくると回して眺めた後、元の場所に戻してから部屋を見回した後、ポケットからメモを取り出して何か書き始めた。
「創さん? どう――――」
どうしましたと聞こうとしたが、それを横から沙羅さんが制止した。唇に人差し指を当て、「静かに」とジェスチャーで訴えてくる。
そして、書き終わった創さんがメモを見せてくる。
『この部屋は監視されている。不用意に声を出すな』
「――――!?」
「かんっ――!?」
言いかけた紅里の口を沙羅さんが恐ろしい速度で塞ぐ。ドアからベッドまでそれなりに距離があったはずだが、瞬き一つの間のことだった。
『さっきの花瓶にカメラが仕掛けられていた。同時に盗聴機も確認した。カメラはともかく、盗聴機を誤魔化すのは難しい。会話は筆談でだ』
そして創さんはぼくたちにもメモを渡しつつ、言葉と文字の両方で自己紹介を始めた。
「じゃあ、改めて自己紹介するか。俺は神崎創。近くの町の喫茶店で働いてる。この山には登山目的で来た。よろしくな」
『職業は探偵だ。この館の調査を頼まれてやって来た』
「わたしは九重沙羅。創と同じ町で道場の手伝いをしている。よろしく頼む」
『わたしは刑事だ。わけあって創と一緒に行動している。巻き込んでしまってすまない。君たちのことはわたしが責任を持って送り届けるから、わたしたちの指示に従ってほしい』
刑事と探偵。テレビや本ではお馴染みのコンビだが、現実に見るのは初めてだ。
どうやらぼくたちは偶然にも彼らの調査に居合わせてしまったらしい。可能ならいますぐここから逃げ出したいが、生憎と外は猛吹雪。無事に帰るためには大人しく彼らに従うしかないだろう。
「お待たせしました。食事の用意ができましたので、お呼びに参りました。下の食堂へお越し下さい」
創さんたちと筆談を織り交ぜて会話していると、ノックとともにドアの外からシルヴィアさんの声がした。返事をして、ドアを開けて外へ出る。
「おや、お二方もこちらにいらっしゃったのですか」
「まあな。こうして会ったのも何かの縁だと思って話をしてたんだよ」
そして、シルヴィアさんに案内されてぼくたちは食堂へ向かう。その途中、階段を降りていると、沙羅さんがつまずいて転んだ。
「あうっ!」
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「うむ……どうやら足を捻挫してしまったようだ。すまないが創、部屋にあるわたしの荷物から杖を持ってきてくれないか?」
おそらく演技だろうが、意図がわからない。ともかく、ぼくたちは食堂に着いた。食堂では、すでにコービットさんが席に座ってぼくたちを待っていた。
「お待ちしておりました。ささやかですが、食事をどうぞ。少しでしたらお酒もございますよ」
優雅に微笑むコービットさんだが、部屋が監視されていたことを知ったぼくたちは気が気じゃない。目の前に並ぶ食事にも何かあるんじゃないかと疑ってしまう。どうしようかと迷っていると、創さんが声を上げた。
「あー、すまんが俺は疲れたんで部屋に戻らせてもらうわ」
「……そうですか。それは仕方ありませんね。ゆっくりお休みください」
「ああそれと、部屋に使い方のわからんもんがあってな。悪いが教えてくれないか」
「ふむ? ではシルヴィア、一緒に行って教えて差し上げなさい」
「……かしこまりました。では、行きましょう」
そして創さんはシルヴィアさんを連れて食堂を出ていった。
「さて、それではわたしたちだけでも乾杯を――」
そう口にしたコービットさんの喉元に杖が――、正確に言えば杖の振りをした刀、本なんかで出てくる、俗に言う仕込み杖と呼ばれるものが突きつけられた。
「ウォルター・コービット。わたしは『第0班』の九重沙羅だ。貴様の所業は知っている。この館のどこかにあるという実験施設について話してもらおうか」
コービット……ここでも彼は悪役なのです。
次回は初めての戦闘!そして初の犠牲者が……!?
ちなみに、神崎創くんはわたしの一番のお気に入りキャラでした。彼はある出来事からロストしかけたのですが、KPとダイス神の導きによって復活を果たしました。彼の設定は後々明らかになります。