No.33 炎との邂逅
闇の中で自分を呼ぶ誰かの声を聞き、紅里はゆっくりと瞼を開けた。
「んぅ……?」
「やっと起きましたか。まったく、一度呼んだらきっちりと起きてほしいものです」
目を開けた紅里をやや呆れた表情で見下ろすのは、燃えるような赤毛をなびかせる一人の女騎士。
「ここは……?」
「あなたの精神世界ですよ。といってもうまく理解できないでしょうから、夢のようなものとでも思っておけばよいでしょう」
状況がつかめずにいる紅里に女騎士はそう言って立つように促した。
立ち上がった紅里はまだどこかはっきりとしない頭で記憶を手繰る。
「えっと……、確かわたし、寮で寝てたらなんでか学校に行かなきゃいけない気がして、それで……」
「あなたがそう動くように仕向けたのはわたしです。結果、あなたとあの造という少年を危険に巻き込んでしまったことは申し訳ありませんでした」
そう言うと女騎士は頭を下げた。どことなくプライドの高そうな雰囲気を纏った姿とは裏腹なその態度と話の内容の両方に驚いて紅里は目を白黒させる。
「ど、どういうこと……?」
「順を追って説明しましょうか。紅里、あなた、洋館で本を拾ったでしょう? わたしはそこに封印されていたのです。とある邪悪な……そう、とても邪悪な混沌の化身のような者の手によって……!」
ぎりり、と音が鳴るほど歯を食いしばり、自身を封印した何者かへの怒りを示す女騎士。同時に彼女の周辺に炎が次々と発生し、紅里は慌てて続きを促した。
「そっ、それでっ! なんでわたしを学校へ向かわせたの!?」
「はっ! 失礼、取り乱しました。ええと、あなたを学校へ行かせた理由ですが、実はその封印というのが厄介でして、わたしの力は六つに分けられそれぞれ魔導書に封印され、各地へ散らばってしまったのです。一つはあなたが所持し、もう一つはあなたたちの学校の図書室に隠されていました。ですので、力を取り戻すためにあなたを図書室まで誘導した、というのが理由になります」
「場所がわかってるんなら、別に自分一人で取りに行けばよかったんじゃないの?」
「できることならそうしたかったのですが……残念ながら、今のわたしではあなたの意識を誘導するか、ごく短時間の間身体を借りて行動するのが精一杯なのですよ。というか本来はそれすらできないはずだったのですが、あなたとわたしはどうやら魂の親和性が極めて高いようで、こうしてわたしがあなたと話ができているのもそのおかげです。それも現実のあなたがわたしの現界によって気絶してしまったからですが……」
そこまで言うと女騎士は再び頭を下げた。
「紅里、あなたにお願いがあるのです。どうかわたしと契約を結んでください」
「け、契約?」
「はい。『魂神契約』という、相手と魂の一部を融合させる、言わば一心同体になるといっても過言ではない方法があるのですが、それを行えばわたしは今より自由に活動することができるようになります。わたしは何としても力を取り戻して、世に蔓延る悪を滅さなくてはならないのです! どうか……!」
紅里は迷う。正直なところ、力になってあげたいとは思う。紅里だって造に負けず劣らずのお人好しなのだ。
だが、魂を融合などという怪しげなことを聞かされてはおいそれと首を縦に振ることはできなかった。
しかし、その迷いも次に聞かされた言葉によって消え去る。
「今夜、あの梓とかいう女に襲われた時にもしわたしの力があれば、あの造という少年一人にすべての負担をかけることはなかったのです! 彼も『魂神契約』の使い手、その力が有効なことはその目で見てわかったでしょう。これから先、いつまた危険が降りかかるかわかりません。どうか――」
「するわ」
「どうかお願いしま――――え?」
呆ける女騎士に迷いの消えた瞳で紅里は告げた。
「するわ、契約。今夜みたいに造のお荷物にはなりたくない。いつも守ってもらうのは嫌だから。わたしも戦うわ!」
決意を込めて叫んだ紅里に、女騎士は歓喜で背筋を震わせた。
「なんとなく、わかった気がします……あなたとわたしが適合した理由……、きっと『彼女』に……」
「どうしたの? 契約、するんでしょ?」
「……ええ、もちろんです! これからよろしくお願いします、紅里!」
「ええ、よろしく。えっと――」
そういえば名前を聞いていなかったと言葉を詰まらせた紅里に、女騎士はやや逡巡した後、手を差し出した。
「わたしの名前は二つあるのですが……今はこちらを名乗りましょう。――シャルロット。シャルロット・ソルフレアです。もう一つの方も契約すれば自然とわかりますが、普段はこちらの名前で呼んでください」
「上原紅里よ。シャルロット、これからよろしくね」
そして二人は握手を交わす。すると、紅里の手の甲に紋章のようなマークが浮かび上がり、そこから光が溢れ、辺り一面を眩く包み込んだ。
「夢」から覚める。根拠はないがそう確信し、光の中、意識が浮上する感覚を味わいながら紅里は感謝の言葉を口にした。
――――ありがとう、シャルロット。そして――ありがとう、「クトゥグア」。