No.29 学校の怪談
おまたせしました造編。チート能力者たちがこれでもかと跋扈していた前章ですが、今回はどうでしょうか?
「はあっ……! はあっ……!!」
夜の学園。月の明かりがかすかに差し込む薄暗い廊下を、一人の女学生が全力で駆けていた。
「なんでこんなことに……! こんなことになるなら『肝試し』なんてやるんじゃなかったよお……!」
泣きべそをかきながら走る少女。しかし、それがよくなかった。
「――あっ!?」
涙で視界が滲んだことで足がもつれ、少女はその場に倒れてしまう。
「ひっ……いや、来ないでえ……!」
必死に後ずさる彼女の元へガサガサと、大きな「なにか」が恐ろしい速さで這い寄った。
「いやぁぁぁぁぁぁーーーっ!」
静まりかえった夜の学園に少女の叫びが響き渡った。
「『学校の怪談』?」
放課後の教室。造は今しがた妙なことを口走った幼馴染みに怪訝な瞳を向けていた。
「そうよ! 隣のクラスのオカルト好きの子に聞いたんだけどこの学園、『出る』らしいのよ――幽霊が!」
自信満々に腕組みしながらそう言う赤毛の少女こと上原紅里。
「ま、まさか紅里ちゃん。本当かどうか確かめてみよう、なんて言いませんよね?」
マリンブルーの髪を持つ清楚な少女、水無月愛奈がそれを聞いて不安そうに言う。
「何言ってるのよ愛奈。当然確かめるに決まってるじゃない! 造も一緒に来るのよ!」
「ちょっと紅里。勝手なこと言わないでよ。入学早々夜の学校に忍び込むとか、僕は嫌だからね」
「下校時間を過ぎてから無断で校内に入るのは禁止されていますし、できればわたしもそういうことは……」
造が拒否すると愛奈も控えめに断りを入れる。
「むー……なによ二人とも。せっかく面白そうな話なのに、もったいないじゃない」
むくれる紅里に造は呆れたように言った。
「紅里ってば、昔からそういうの好きだよね。小さい頃もよく肝試しとか言ってあちこち連れ回されたし。その割には怖がりで、よく僕にひっついてきてたけど」
「べっ、別にいいじゃない! 怖い物見たさってヤツよ! なんか文句ある!?」
顔を赤くして早口でまくし立てる紅里に愛奈は一瞬何かを言いかけたが、少しの躊躇いを経た後、複雑そうな表情で口をつぐんだ。
「だいたい、今さら肝試しなんてしてどうするのさ。僕らこの前、もっとすごいの見たでしょ?」
少し前に体験した、あの雪山での恐ろしい出来事を振り返りながら造は言う。その言葉に二人は揃ってうなだれてしまう。理由を聞くと、申し訳なさそうな返事が二人分返ってきた。
「ごめんね造。わたしが滑りに行きたいなんて言ったせいであんな目に遭わせちゃって……」
「造くんがそんな身体になってしまったのはわたしが足を引っ張ってしまったせいですから……」
そんな身体、というのはずばり今の造の状態にある。
件の事件で致命傷を受けた造は偶然居合わせた神崎創によってS細胞を移植された。結果的に一命は取り留めたものの、その影響で創と同様の驚異的な再生能力を得た「半ショゴス人間」になってしまったのだ。
このことに関して特に紅里は強く責任を感じており、二人の様子はそんな心情を反映したからである。
「二人とも何言ってるのさ。確かにひどい目には遭ったけど、結果的に三人とも無事帰ってこれたんだから、それでいいじゃない。気にしてないよ、ぼくは」
肩を落として落ち込む二人に造は明るく言う。正直なところ思うことがないわけではないが、言ったところで二人を余計に落ち込ませるだけだ。それがわかっているので、努めてなんてことないという体を装っていた。
「……そうね、造の言う通りだわ。今回の件について調べるのはやめる。――そうと決まれば、帰りましょ!」
気を取り直した紅里がそう切り出す。三人は荷物をまとめ、学園を後にした。
三人が通う学園の横には学生寮があり、三人は揃ってそこで生活していた。
「ただいまー!」
それなりの築年数を経たやや古びた木造の玄関を勢いよく開け、紅里が快活に帰宅の挨拶をすると、聞き取りやすく耳心地の良い女性の声で返事が返ってきた。
「おかえりなさい紅里ちゃん。愛奈ちゃんと造くんも一緒ね」
鈴を転がすような上品で美しい声の主は、まさに大和撫子といった出で立ちの少女だった。
長身で長い黒髪が特徴の彼女の名は、南雲梓。この学生寮の寮長を務めており、三人の先輩でもある。
「ただいま梓さん。また掃除ですか?」
造が言う通り、彼女はほうきを手に玄関の掃き掃除をしているところだった。
「ええ、そうよ。ほらわたし、綺麗好きだから。それよりみんな帰ってきたんなら、お茶にしましょう? 良い茶葉とおまんじゅうをもらったのよ」
この学生寮はかなり歴史のある建物で、かつては大勢の学生達で賑わっていたという。
だが時が経つにつれ学生の数は減っていき、今やこの寮に住む者は造たち三人と梓だけとなっていた。
食堂に移動した四人は各々皿を出すなどしてお茶の準備を始める。
ほどなくして四人分の緑茶と饅頭が用意され、おやつタイムが始まった。
「どうですか? 学園生活にはもう慣れましたか?」
優雅な所作で茶を口に運びながら梓が言った。
「正直、最初は学校とは思えないくらい充実し過ぎた設備に驚きましたけど……流石に一ヶ月も経てば少しは慣れてきました」
高校生になった三人が新たに通うことになった学園は他とは違った特色がいくつかあるのだが、その中の一つに「異様に設備が充実している」というのがあった。
なんでも学園の運営にあたって世界的に有名な大富豪が多額の資金援助をしているそうで、潤沢な資金を存分に使ってあり得ない規模の教育施設を成立させているとのことだ。
「それは良かったわ。何か困ったことがあったら遠慮なく相談に来てね」
そう言って微笑む梓には異性のみならず同性でも思わず目を奪われる上品な魅力に満ち溢れていた。事実、彼女は男女問わず学生たちから好意を集める学園のマドンナ的存在だったりする。
ほどなくしてお茶会は終わり、各々は部屋に戻って自由時間を過ごしていた。
「……んーと、ここは……」
造が自室で課題に取り組んでいると、部屋のドアがノックされた。開けると、そこには紅里が立っていた。
「紅里……?」
「ごめんね造。勉強中に邪魔しちゃって……」
「いや、別にいいけど。どうしたの?」
部屋に入った紅里はそのままベッドに腰掛けた。浮かない顔をしていることに気づいた造が何か言う前に、紅里が口を開いた。
「ねえ、造……あの時造が助けてくれなかったらわたしは今頃この世にいなかった。でもその代わり、造は人間じゃなくなってしまったわ。助けてくれた創さんを悪く言うつもりはないし、あの人がいなかったらわたしたちみんな間違いなく殺されてた。でも……造がどう思ってるのか、造の口からちゃんと聞いておきたいの」
そう語る紅里の目は真剣そのものだった。
「……ぼくは後悔してないよ。それに人間じゃなくなったって言っても、実はほとんど変わってないんだよ。創さんは食事も睡眠も必要なくなったって言ってたけどぼくはそんなことないし、変身もできないしね」
そう、原因は不明だが造は創のような劇的な変化がほとんどなかった。黎子曰くおそらくは自己再生能力のみ創と同レベルとのことだったが、それ以外はまったくと言っていいほど何も変わらなかったのだ。
「だからさ、愛奈ちゃんもそうだけど、紅里も気にする必要はないよ。むしろぼくとしては、二人が持ち帰ったあの得体の知れない本の方が心配だよ」
紅里と愛奈は洋館で見つけた本をそれぞれ一冊ずつ持ち帰っていた。どちらも分厚くて年季を感じさせる造りの本なのだが、そんなことが気にならないほど大きな特徴が一つ――それらには「鍵がかかっていた」。
鎖でぐるぐる巻きにされた二冊の本には鍵穴のついた錠前がかけられていた。当然ながら鍵はなく、中を読むことはできない。
「そうね……あれがなんなのかはわたしも愛奈もわからないけど、なんとなく持っておかなきゃいけない気がするのよね」
本来であればそれらは証拠品として押収されるはずだったのだが、第0班の班長ルイスの言により監視付きで二人の管理下に置かれることとなった。
創曰く「あの幼女がそうしろってんなら必ず意味はある」とのこと。ただ同時になんとも言えない顔で「意味はあるだろうがそれはつまり『何か起きる』って予告してるようなもんだからな……十分気をつけろよ」とも言っていた。
「なんか変なことがあったらすぐ言ってね。創さんに連絡するから」
「うん……わかったわ。ありがと、造」
少し元気を取り戻したらしい紅里はそう言い残して部屋を去っていった。造も気を取り直して机に戻ったが、ふと手に持ったペンに目が留まった。
「……――痛っ」
おもむろに造は自らの指先をペンで突き刺した。鋭い痛みとともに血が滲む。
しかし、滲んだ血はまるで時間を巻き戻すかのように手に染みこんで消えてしまった。傷も残ってはいなかった。
「……なんなんだろうな、ぼく」
ため息を吐いた造は再び机に向かう。その姿を、窓の外から一羽のカラスがじっと見つめていた。
その夜。造は、部屋の外を誰かが歩く音で目を覚ました。
(なんとなく目が覚めちゃって眠れなかったけれど……。誰だろ、こんな時間に……)
静かにドアを開けると、ちょうど紅里が階段を降りていくのが目に入った。
(紅里……? 部屋着じゃない。どこに行く気だろう……?)
なんとなく不安を覚えた造は静かに部屋を出て紅里の後を追い始めた。この時こっそりと部屋を抜け出していたのは二人だけではなかったのだが、それを知る者は誰もいなかった。
そして紅里の後を追いかけた造は、そこで恐怖と対面することとなる。
一月ぶりの更新。この一ヶ月、なにかと忙しかったり体調崩したり新しいゲーム買ったりしましたが、なんとかやってます。
次回は夜の学園で恐怖体験の予定です。昔放課後の学校に忘れ物を取りに行った時は、あまりの怖さに半べそかいた覚えがありますね。懐かしい。
というか今年も残り少なくなってきたな……。一年ってすぐですね……。




