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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo2.ゼロデイ作戦
30/64

No.28 人と、邪神と、怪物と 

 異界と化した白蛇ビル。そこで邪神ツァトゥグアと対峙した創はさらなる異形の姿へと変貌し、体内に隠し持っていた試作型ツインハンドキャノン『オルトロス』を利用し諸共自爆した。



 爆発の衝撃は凄まじく、ビルの窓はほぼ全て粉々に砕け散っている。玄関前の中庭は煙が立ちこめ、両者の姿はどこにも見えない。



「創! おい、返事しろ!」


 ビルから飛び出してきたローゼマリーが叫ぶ。しかし返事はない。パチパチと火の粉が弾ける音がするだけだ。


「嘘だろ……創!」


 煙が吹き上がる爆発の中心に向かって駆け出そうとしたローゼマリーを次いで飛び出してきたタチバナが後ろから服を掴んで制止する。


「行くなローゼマリー殿! 危険だ!」


「離せ! アイツがこれくらいで死ぬワケねえ! 約束したんだよ……!」


 続いてカグラ、寂蓮、そしてシルヴィアが玄関から姿を見せた。

 シルヴィアは呆然と爆発跡を眺め、それからよろよろとそこへ向かって歩き出す。


「つくる、さま……そんな……わたしはまた、主を――」


 そんな中、険しい表情で爆発地点を眺めていた寂蓮が声を発した。


「……みなさん、あれを」


 黒煙の中に浮かび上がる影があった。同時に煙が徐々に晴れていく。



 まず見えたのはずんぐりとした巨大な異形のシルエット、邪神ツァトゥグアだった。

 その巨体は全身が焼け爛れており、あちこちから煙を立てていたが、その双眸は怪しい緑の輝きを湛えている。そこには明らかな意思が宿っており、生きているのは明白だった。


 そして、邪神に組み付く漆黒の巨大な二足歩行のオオカミ。今まで見せていた怪人形態からさらに変異を遂げた創だった。

 ツァトゥグアも相当に酷い状態だったが一応は元の形を保っていた。対して創はといえば、上半身を中心に原形がわからないほどボロボロに変わり果てていた。

 片方の腕がちぎれ、喉元には大穴が開き、頭部はぐちゃぐちゃに潰れている。

 しかしその真紅の瞳に宿る光は微塵も衰えず、むしろますます輝きを増して目の前の邪神を睨み付けていた。


 誰かが息を呑んだ。怪物と邪神。両者の睨み合いはしばし続き、否応なしにその場の緊張感を高めていく。そしてそれがピークに達した時、邪神が言った。



(――()()()()())


「なに……!?」


 唐突に頭の中に直接響いてきた声にローゼマリーが戸惑いの声を上げると、なおも邪神は言った。


(だから、割に合わんと言ったんだ。確かに供物は貰ったし、あの熱心な女が自ら生贄となっただけあって、我としてはその想いに応えてやりたくはある。しかし――)


 そこでツァトゥグアは目を細めた。同時にその目から怪しい輝きが薄れ、それに伴い場を包んでいた緊張が急激にしぼんでいく。


(オマエを消すにはこれでは釣り合わん。というよりこれ以上オマエとは戦いたくない。本気でオマエを消そうとすれば我も全力を出さねばならんということが今回でよくわかったし、何より面倒だ。いくら信徒とはいえ、そこまでする義理はない)


「……」


(神崎創といったな。我の言葉がわかるか? 戦いは終わりだ。それとも、どちらかが滅ぶまで続けるか?)


 ゆっくりと、創が口を開いた。口内から大量の煙が吹き出す。同時に喉元の穴がみるみるうちにふさがり、そこから人の姿をしていた時と変わらぬ創の声がした。


「……条件ガ、ゴホッ、ア、ある」


(言ってみろ)


「ゲホッ……俺と契約しろ」


(――【魂神契約】のことか。断る。疲れたし、腹も減った。我はこれから住処(すみか)に戻って眠る。これ以上面倒事に関わるつもりはない)


「あの時……無意識に『力』を使って少しだけわかったんだよ、この契約のこと。今回のことでよくわかった――これじゃあ『全然足りない』。俺にはもっと力が要るんだ。頼む」


 その言葉を受け、ツァトゥグアはしばし考え込んでいたが、やがて言った。


(……考えてやってもいい。だが、こちらも条件がある)


 そう言うとツァトゥグアは緑の光に包まれた。同時に創が黒い液体と化して溶け落ちる。


 光が晴れると、そこには人の姿に戻った創ともう一人、見知らぬ少年が立っていた。


 だぼついたパーカーを身にまとい、眠たげな目をした小柄な少年。彼は目の前の創に言った。



「まずは、腹が減った。何か食わせろ」




 喫茶『アルデバラン』。普段は静かで落ち着いた雰囲気の店だが、その日の店内は騒がしさに包まれていた。


「ねえおにいさん、アナタのお話を聞かせてちょうだい?」


 期待に目を輝かせながら少年――人化したツァトゥグアに詰め寄る少女ことシェリー。第0班の班員である双子の片割れは無邪気な見た目の通り、好奇心が旺盛であった。


「なんだこの子供は……おい、誰かなんとかしろ」


「あはは、こうなったシェリーは止められないよ。悪いけど諦めて、おにいさん。ところで、ぼくも興味あるんだ。なんでもいいから、話を聞かせてほしいな?」


 姉ほど前のめりではないが弟のエリーもまた好奇心旺盛なようで、無邪気な笑みを浮かべながらツァトゥグアの横の席に陣取った。ツァトゥグア、シェリー、エリーの並びだ。


「すごいなあの二人は……あのじゃ――んん! あの少年に、ああも躊躇なく向かっていけるとは……」


「そうね、物怖じしないところがあの二人の強みでもあるから。それよりもわたしは創くんの料理の腕前が気になるわ。沙羅、あなた彼の元同級生よね? そこのところ、どうなのかしら?」


 決して広くはない店内はほぼ満員、しかも全員が只者ではなかった。

 ルイスは用事があるため不在とのことだが彼女以外の第0班メンバーは全員集まっており、加えて創の従者であるシルヴィア、さらには食屍鬼のタチバナとカグラ、人狼の司、そしてグレート・オールド・ワンのモルディギアンまでもがそこにはいた。

 ちなみに外見だけなら人間と変わらないモルディギアンはともかく、他の三人は帽子を被って耳を隠していた。


地上(こちら)に出るのは何時ぶりでしょう……カグラから話は聞いていましたが、ここまで変わっているとは驚きました」


「わたしも地上(こっち)は久しぶりです! 懐かしいなー」


「こら軍曹、気持ちはわかるがはしゃぎすぎて羽目を外してはダメだぞ」


「前にも言ったような気がするけど……ぼく、場違いじゃないですか?」


 司ら三人が耳を隠している理由は至極単純、店の店主である蓮華もまた、その場にいるからだ。


 創と蓮華の二人は厨房で調理の真っ最中。しかし二人ともその手腕は卓越しており、それぞれが数人分の作業量を軽々とこなしては、次々と料理がカウンターに並べられていく。


「うふふ、知らないうちに創くんにこんな個性的なお友達がいっぱいできていたなんて思わなかったわ。幸ちゃんと真ちゃんが『いなくなって』創くん、一時期本当に落ち込んでたから心配してたのよ?」


 黄色いエプロンを揺らしてフライパンを振るいながら蓮華が言う。創もまた、恐ろしい速さで皿に料理を盛り付けながら応える。


「それは……すみませんでした。うまく誤魔化せてたつもりだったんですけど」


 努めて冷静に創が言えば、蓮華は慈母のような微笑みを浮かべて優しくその頭を撫でた。


「謝ることじゃないのよ。ただ、もう大丈夫そうみたいだから、安心したの。だから今夜は、そのお祝い。普段はこんな遅い時間まで店を開けることがないのは、創くんならよくわかってるでしょう?」


 完全に子供扱い、というよりは母が子にするような手つきであったが、創は特に嫌がったりせずに撫でられることを受け入れる。きっといつものことなのだろう。その様子から、二人の付き合いの長さが伺えた。


「……むう」


「どしたの沙羅? 珍しく不満げな顔なんかしちゃって。……あ、ひょっとしてヤキモチ?」


「なっ!? ち、違うぞ!? な、何を言ってるんだやよい! そもそもわたしと創はそんなんじゃ――」


 赤くなって否定する沙羅を楽しそうにやよいがからかえば、ローゼマリーがそれに加わる。


 その様子を微笑ましそうに見守る寂蓮は、テーブルの隅の方で黙したまま静かに座る麗花の隣に腰掛けた。


「ふふ、落ち着きませんか?」


 寂蓮は気づいていた。麗花が無表情ながら、まるで監視でもするように人ではない者たちへちらちらと視線を向けていたことに。なお、司に対してだけは若干向ける視線が柔らかかった。


「……別に」


 そっぽを向いてとぼける麗花に黎子が声をかける。周囲に聞こえないよう小さな声で。


「やめておきなさい麗花。あなたがどれだけ警戒したところで無駄よ。彼らがその気になればわたしたちにそれを止める術はないわ」


「さらに言えば、『あの方』と創さんは麗花さんの視線とその意味に気づいてらっしゃいますよ。あと、タチバナさんもうっすらとですが感づいている様子ですね」


 寂蓮がそう補足したところで、麗花は微かなため息とともに頷いた。


「……わかった。おとなしくしてる」


「そうね、それがいいわ。せっかく創くんがわたしたちのために腕を振るってくれるっていうんだから、楽しみましょう? 沙羅に聞いたのだけど創くん、料理の腕はプロ顔負けらしいわよ?」


 そうこうしているうちに調理が完了したらしい。それぞれのテーブルには和、洋、さらには中華などの料理が所狭しと並べられ、なんとも食欲をそそられる香りが店内を満たした。


「えー、では、営業時間外にもかかわらず店を開けてくれた蓮華さんに感謝しつつ、今回の『仕事の成功を祝って』――乾杯」


 前もって考えておいた口上を述べ、創が水の入ったコップを掲げる。それが食事の始まりの合図となった。



「おおーいしいーっ! 創くんが料理上手って聞いた時から期待はしてたけど、想像を軽く超えてきてビックリだよ!」


「ほんとうに美味しいわ……! 高級レストランにもまったくひけをとらないレベルよ。本職が探偵だなんて信じられなくなってくるわね」


 絶賛するやよいと黎子。この二人は特に研究者の(さが)とでもいうべきか、普段は食に関しては疎かになりがちだった。その反動か次から次へと料理に手を伸ばしては幸せそうに表情を緩めている。


「創の料理を口にするのは高校生の時以来だが――あの時よりさらに腕が上がっているな」


 嬉しそうに沙羅が和食中心に手を伸ばせば、双子が期待に満ちた目で創におねだりする。この二人は食事中でも繋いだ手を離すことなく、お互い食べさせ合うという奇妙な食事方法をしていた。


「ねえねえ創お兄さん! 甘いものはないのかしら?」


「ケーキがいいなあ。ぼくはチョコケーキで、シェリーはイチゴのショートケーキが大好きなんだ」


「はいはい、用意してるよ。甘いのは食後な。まずは目の前のもんを食えるだけ食っちまえ」


 別のテーブルではローゼマリーが大量のローストビーフを幸せそうに頬張り、麗花は炒飯が気に入ったようで早くもおかわりをはじめ、寂蓮は淑やかな所作で蕎麦を口に運ぶ。



 そして最後のテーブル。二柱のグレート・オールド・ワンとシルヴィア、そして司にタチバナ、カグラといういわゆる人外が集うテーブルは、感動が一周回ったのか他のテーブルとはうってかわって静かな雰囲気に包まれていた。


「ああ、創さまの手料理……食べてしまうのがもったいないです……」


 シルヴィアは謎の葛藤を抱えながら目の前の料理に向かって手を伸ばしては引っ込めてを繰り返す。

 地下勢は食糧事情があまりよくなかったのか、タチバナなどは涙を流しながら料理を口に運んでいた。


「なんということだ……! 現代の日本にこんなに美味しい食べ物が存在したとは……! 一足先に帰らせたが、部下達や地下(むこう)の皆にも食べさせてやりたいものだ……!」


「ああ、久しぶりのまともなお料理……美味しいですう……!」


「……」


 一口食べて黙り込んだ司の顔を、心配そうにモルディギアンが覗き込む。


「どうしました司? 涙など浮かべて」


「モルディギアンさま……その……『みんな』にも食べさせてあげたかったなって――」


「……ええ、そうですね。彼らの分も、あなたがたくさん食べてあげなさい。それが彼らに対する何よりの贈り物でしょう」


「はい……! ぐすっ……うう……!」


 自らの袖で司の涙を拭ってやったモルディギアンは、同じように一口食べたまま目を閉じて黙り込んだツァトゥグアを見た。


「どうですか? 人の世(こちら)は色々と不便なことも多いですが、そう捨てたものでもないでしょう?」


 それを聞いたツァトゥグアは目を開ける。


「正直、なぜ調理などする必要があるのか、そのまま食えばいいのにと思っていたが――認めよう。今我が感じているこの『刺激』は――悪くない。食事など腹を満たすための行為でしかないと思っていたが、それは間違いかもしれんな。この世界にがぜん興味が湧いてきた」


「ふふ、もしかしたらわたしたちはとても幸運に恵まれているのかもしれませんよ? 彼はきっと何か大きなことをやってくれそうな気がする――わたしはそう思います」


 思わせぶりな笑みを浮かべるモルディギアン。その視線の先をたどり、ツァトゥグアは何かを諦めるように小さく首を振った。


「はあ……わかった、認めよう。神崎創こそ我の契約者にふさわしいと」



 それは、創が新たな神格の「契約者」を得た瞬間だった。

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