No.25 粘体対決
正面から堂々とビル内に進入した三人は、人気のないエントランスホールを通り抜け、地下へと向かった。
「しかし、警備員の姿が見えないな。外があれだけ厳重だったのになんでだ?」
のんびりとした口調で、しかし警戒は緩めずに、ローゼマリーが言う。
「この階にいた人間とその他でしたら、そちらの部屋に『詰めて』います。上の階にはまだ気づかれておりませんのでご心配なく」
無表情で左手に見える部屋を指すシルヴィア。その部屋には「警備室」という立て札がかけてあった。
「おいおい、それってまさか――」
「いえ、殺してはいません。創様には無力化にとどめるよう命じられておりますので」
「流石に警備員たちは雇われてここにいるだけだろうし、無関係の人間を殺すようなことは避けるさ。ただ、状況によればそれも仕方ないとは思ってるがな。俺たちは、いや、少なくとも俺は別に正義の味方ってわけじゃねえんだ。見ず知らずの他人のために仲間が危険に晒されるくらいなら躊躇無く切り捨てる」
「厳しいねえ。ま、それはわたしも同じだけどな。沙羅や寂蓮はなかなか割り切れないかもしれないけど、わたしは第0班が最後の居場所なんだ。いざとなったら躊躇いはないぜ」
そんなことを話しながら三人は地下へ降りる。階段を降りるとセキュリティロックのかかった扉が三人の行く手を塞いだ。
「またこれか。地下なら壊してもバレないか?」
「お待ちください創様。これを」
そう言ってシルヴィアは懐からカードキーを取り出した。
「無力化した警備員が持っていました。おそらくこれで解錠できるかと」
「でかしたシルヴィア。帰ったらなんか奢ってやるよ」
カードキーを受け取りながら創が言うと、シルヴィアは首を横に振った。
「いえ、主に尽くすことこそメイドの務め。それには及びません」
「いいか、働きには対価があってしかるべきってのが俺の考えなんだ。相手が誰であってもな。俺にできる範囲ならなんだって構わないから言ってみろって」
創がそう説得すると、しばし考えてから、シルヴィアは控えめに言った。
「では……創様の料理を食べてみたく思います。創様の料理はたいへん素晴らしいと蓮華様がおっしゃっていましたので……」
「え、ホントか!? わたしにも食わしてくれよ!」
「ハイハイわかった。これが終わったら食わしてやるよ」
敵地とは思えないほど気の抜けたやりとりを交わしながらリーダー部分にカードキーをかざすと、扉が開いた。その向こうには寂蓮とタチバナ、そしてカグラ始めタチバナ率いる食屍鬼の兵士たちの姿があった。
「すまない創殿。貴殿ら第0班にばかり任せるわけにはいかないと思っていたのに、結局助けられてしまった」
「ごめんなさいね二人とも。山にばかりいるせいか、現代のことにはあまり詳しくなくって……」
謝罪する寂蓮とタチバナを創は手で制す。
「気にするな。仕事だからな」
「そーそー、儀式を止めないと日本が壊滅するんだろ? 早く教祖んとこに行こうぜ」
「――! 創殿、上だ!」
タチバナが叫ぶと同時に、何かがぼとりと創の頭の上に落下した。それは黒い粘液の塊であり、もぞもぞと動いて創の頭を飲み込んだ。
「創殿!」
慌てるタチバナをよそに、ローゼマリーがあちゃあ、と頭を掻く。
「よりによってそこに行くかあ。一番やばいとこに……」
シルヴィアも珍しく無表情ではなく、不快感をはっきりと顔に出しつつ口を開いた。
「奇襲ならこの部屋に入った時点で気づいていました。不潔な粘体に好き勝手させるなど許し難いことではありますが、創様のおっしゃる通り手出しはいたしません」
まるで動じない二人。創に対する信頼といったところか、それを裏付けるように創の頭を飲み込んだ謎の粘体がびくりと震えた。
もはや言うまでもないことだが創の正体は未確認生命体第一号こと不定形の粘体ショゴス。呼吸する必要がないので頭を覆われようと窒息などしないし、より正確に言うならそれは頭の形をしているだけであって中に何も詰まってはいない。そして何より――――彼は捕食者なのだ。
とりついてすぐに危険を感じたか謎の粘体は離れる素振りを見せたが、それは叶わなかった。創の髪がぶわりと伸びて広がり、逆に粘体を包み込んだからだ。
時間にして五秒程度か、髪が元の長さに縮んだ時には、粘体はきれいさっぱり消えていた。
「黒い粘体だから同族かと思ったが違ったみたいだ。どうやら捕食者としてはショゴスの方が上みたいだな。シルヴィア、もう手出していいぞ」
「かしこまりました」
創が許可を出した直後、シルヴィアが凄まじい速さで天井に向けて何かを投擲した。そして黒い粘体が二体、ぼとりと音を立てて床へと落ちる。粘体はいずれも針で撃ち抜かれており、貫通した部分が粘体と融合していた。
「これでこの部屋は全部だな。じゃ次行くか」
落ちた粘体に創が手で触れると、針ごと手に吸い込まれるようにして粘体は「捕食」された。創の戦いを知るローゼマリーと寂蓮以外のタチバナら食屍鬼はそれをあっけにとられたように眺め、タチバナは彼らであれば邪神が召喚されてもあるいは――と希望を抱いた。
(無二の助っ人を得られた幸運に感謝せねばな。彼ら第0班とは今後とも親しくしたいものだ)
そして寂蓮、タチバナ、カグラと部屋に入った時、続いて入ろうとした食屍鬼の一人が声を上げた。
「タチバナ中尉」
「どうした。何かあったか?」
その食屍鬼は申し訳なさそうな顔をして――よく見ると他の食屍鬼たちも同じような顔をして――それでもはっきりと言った。
「たいへん申し訳ありませんが――我々はこれより先に進むことはできません」
またもや短いですがご勘弁を。
ところで先日、この「ショゴス探偵」がランキングに入ってるのを見てものすごい喜ぶ、という夢を見ました。そんな未来がやってくるように頑張って更新します。評価やブックマーク、いつも励みになってます。感謝!