No.21 共同戦線
ヘビ人間たちを捕縛した創のもとに、タチバナと司がやってきた。
「創殿、それは……どうなっているんだ? 地面に引きずり込まれているように見えるのだが……」
ヘビ人間たちを拘束する黒い粘液を興味深そうに眺めながら、タチバナがそんなことを聞いた。
「これか。俺の身体の内側にはな、理解不可能な『空間』が広がってるのさ。そこがどうなってるのかは俺にもわからねえ。確かめる方法がないんだよ。カメラを入れても何も映らねえんだ。ただなんとなくわかるのは、この空間は俺が飲み込んだものを自由に出し入れできて、飲み込んだものをどうするかは俺次第だってことだ。ああそれと、この『入り口』に入るのは止めた方がいい」
「何かあるのか?」
「以前、とある悪党を飲み込んだことがあったが……そいつは狂死した」
それを聞いたタチバナはヘビ人間たちを飲み込む黒い穴に目をやり、身震いした。
「……いやはや、創殿は底が知れないな。それはともかく、創殿が爆散したときは生きた心地がしなかったぞ。まあ、一度死んでいるのだが」
やや呆れた顔でそう言うと、司も苦笑しながら頷いた。
「あはは、実はボクもビックリして叫んじゃいました。創さん、バラバラになっても平気なんですね」
「まあな。なんたって俺自身どうやったら死ぬのかわかんねえくらいだからな」
「その強さが羨ましいよ。それだけ強ければ一度戦死した部下たちとまた戦地に赴かなくとも、わたし一人ですべて守れたのかもしれないな」
つい口から漏れたといった感じのタチバナの呟きに創は目を細め、内心で呟いた。
(……『あの時』俺にこの力がありゃあ、確かに守れたかもしれないな。あの二人を……)
「おっと、話が逸れてしまったな。後ろに見えるのがわたしたちの街だ」
その時、リーダーと思しきヘビ人間が声を発した。
「『わたしたちの』だと……? 愚かな獣人どもめ、あれはかつて我らが暮らしていた街だ。貴様らは我らが追い出された隙に居座っただけの盗人だ……!」
「……ふむ、そのあたりも含めてお前たちには色々と話してもらいたいところだな。一緒に来てもらおうか」
タチバナが目で合図すると、創はヘビ人間たちの身体に纏わりつかせた粘液を縄に変化させた。あらゆるものに変身できるショゴス。それはなにも生物に限ったことではない。むしろ無機物の方が簡単ですらあるのだ。
「――――」
創は唐突に後ろを振り返った。ついさきほど自分たちが通ってきた道、その暗がりに目を向ける。
「どうした創殿?」
「……いや、なんでもない」
病院でも感じた視線。それを再び感じた創はあえて言わず、周囲に気づかれないよう密かに身体の内部を作り替え、準備を始めた。
「おっし、来たな。それじゃあ作戦会議といこうか」
街に入るとそこにはローゼマリーが待っていた。
「ああ待て、そりゃこっちも望むところだが、まずはこいつらを置いてきてからだ」
創がそう言ってヘビ人間たちを示すと、タチバナが前に出て言った。
「気遣いは無用だ創殿。ここまで来ればこいつらも逃げられんだろうし、尋問はこちらでやっておく。部下ともども貴殿にはたいへん世話になった。また後でこちらから伺わせてもらうからよろしく頼む」
そう言って縄を引いてヘビ人間たちを連れていこうとするタチバナ。慌てて創はその背に声をかける。
「ちょっと待った! 俺の本体、つまりここにいる俺と分離した肉体は俺から離れすぎると制御を失うんだ。連れてくなら普通の縄で拘束し直してからにしてくれ」
「制御を失う? つまり変身が解けてしまうということか?」
「それだけで済むならいいんだがな。俺の制御を離れた肉体は帰巣本能とでも言うべきか、要は俺の元に帰ってこようとするんだが、途中で近くにあるものをなんでもかんでも手当たり次第に喰っていくんだよ」
困った顔で創は愚痴を零す。俺の身体のくせして俺の意思を無視しすぎだろう、と。ちなみにそれを聞いたヘビ人間たちはぎょっとして身体を縮こまらせていた。
「へー、そんな弱点があるのか。ウチの双子といいわたしといい、能力者ってのはみんな何かしらの制約を負ってるもんなのかね」
創の忠告を受け、タチバナは普通の縄を取ってくるとヘビ人間たちを縛り直し、それを見届けた創は変身を解く。そしてタチバナは改めてヘビ人間たちをどこかへ連行していった。
「じゃあボクも仲間たちのところに行ってきますね! また後で会いましょう!」
早く仲間に会いたいのだろう、返事を待つこともなく司は駆けていった。その姿を見送りつつ創はマリーに尋ねる。
「ところでマリー、さっき聞き逃せないことを言ったよな? あの二人がなんだと?」
先日の会議の後、創が新たに接したメンバーは三名。
千年以上前に寿命を忘れてしまった超人、No.1【仙人尼公】錫奘寂蓮。
あらゆる医術に精通する世界一の医者、No.2【神医】天津原黎子。
気の向くままに数々のオーバーテクノロジーを生み出し、世界から危険視され命さえ狙われたという世界一の天才メカニック、No.5【究極の人災】吾妻やよい。
創本人も含め、現在第0班の構成員は班長ルイスを入れて十名。その中で創が接触していないのはNo.3とNo.4、常に手を繋いだ双子となぜか最初から創に警戒心を剥き出しにしていた少女の三名。ローゼマリーの口ぶりからするに、双子の方はどうやら特殊な能力の持ち主らしい。もっとも、残る少女の方もそのような能力がないと決まったわけではないが。むしろ他のメンバーを見るにほぼ確実に何かあると考えてもいい。
「あー、その話は後でな。今はちょっと急ぎなんだよ。まあこれ見てくれ」
そう言ってローゼマリーが手を挙げて合図すると、どこからかカラスが飛んできて彼女の腕に留まった。
『やあやあ創くん! 見てたよキミの活躍! もーわたし興奮しっぱなしで画面にかじりついて見てたよー!』
「うお、カラスがしゃべった! てかその声は、やよいか?」
『そのとーり! このコはわたしが作ったドローンちゃんでね。電波を中継してくれる機能があるんだよ! だからこんな地下深くでも地上と通話ができちゃうんだ!』
通話、ということは地上の誰かがこちらと連絡をとりたがっているということか。そこまで考えた創は思い至る。そもそもあの会議で指令を受けなかったのが自分だけだということを。そしてその判断を下したのが誰か。そう思えば自然と相手も予想がつく。
「……ルイスだな。俺だけなんの指示もなかったのはほっといても勝手にここに来ると見越してのことか」
『わお、大正解! さすが探偵だけあって鋭いね! じゃあさっそくだけど、班長どうぞ!』
やたらとハイテンションなやよいの声のあと、本人の容姿には似つかわしくない人を食ったような笑い声とともに、見知った幼女の声がした。
『やっほー創くん。思った通り、そっちに行ってくれたね。さっそくなんだけど、これからキミに作戦を伝えようと思うんだ。ちなみにこの作戦はもう始まってて、キミを含めてみんな現在進行形で作戦を遂行中なんだよ?』
「おい待て、なんで俺だけ聞かされてねえんだ」
『だって言わなくっても創くんてば作戦通りに動いてくれるんだもん。しかも道中で食屍鬼さんたちもしっかり助けちゃってるし、ますます作戦がスムーズに進みそうで嬉しいよ』
つまり最初から創はルイスの作戦通りに動いていたということだ。なぜ何も言ってないのにこちらの行動を把握できているのかとか、気になることは山ほどあるのだが、キリが無いので創は喉まで出かかった疑問を飲み込み、代わりに自らの推測を口にした。
「……食屍鬼のことも織り込み済みってことは、まさかとは思うがその作戦ってのは食屍鬼と共同でやるってわけじゃないだろうな」
食屍鬼と人狼が住むというところにマリーを一人で行かせたことや、そのマリーがこの場所に平然といること、そしてタチバナから大ざっぱに聞いた食屍鬼の状況などを踏まえれば、薄々予想はついた。案の定カラスの口――どうやらスピーカーになっているようだ――からはそれを肯定するルイスの声が聞こえてきた。
『……へえ、そこまで気づくんだ。ちょっと本気で感心しちゃった。そうだよ、今回の作戦、通称【ゼロデイ作戦】には彼ら食屍鬼との共同作戦なのさ。だから彼らとはしっかりと信頼関係を築いておく必要があって、マリーをそっちに送ったのもそのためなんだけど、その後押しをしてくれた創くんは予期せぬファインプレイだったってわけ』
「……ゼロデイってのは、確かプログラムの脆弱性をついて対策される前に攻撃しようっていう、コンピューター用語のことだったか」
以前に読んだ本にあった知識をたぐり寄せる創。
たいていのことは人並み以上にできてしまう、いわゆる天才肌の創だったが、そんな彼の数少ない弱点として、度を超したレベルの機械音痴ということが挙げられた。
いったいなにをどうすればそうなるのか、彼が触った電子機器はそれだけでそのことごとくが誤作動を起こし、果ては破損して使い物にならなくなるという事態に陥るため、実は創はほとんど電子機器を持っていなかった。つい最近になってようやく電話に出られるようになったところだ。ちなみにいまだ創の方から電話をかけることはできずにいる。
そんな創だが、探偵として様々な知識を身につける過程でコンピューター用語にも多少なり明るかった。その中にゼロデイ攻撃という、プログラムの脆弱性をついて修正が行われる前に攻撃を仕掛けるというものがあったのだ。
『そうだよ。一言で言えばこの作戦は目標を多方面から同時に攻め立てて、相手に反撃の猶予を与えずに制圧してしまおうっていう、いわば電撃作戦みたいなものかな』
「そこに俺とマリーも加われってのか。食屍鬼たちも含めて」
『その通り。作戦決行は今夜の二十二時。もう食屍鬼さんたちには話を通してあるから、詳しいことはそっちに聞いてね。じゃあまたね~』
言うだけ言って通信は切れた。創は顔をしかめたが、乗りかかった船、というより気づかないうちに乗せられていた船だ。降りるつもりはなかった。
その時後方からタチバナの声がした。尖った耳を揺らしながら早歩きで二人に近づくと、一礼する。
「待たせたな創殿、それにローゼマリー殿。ヘビ人間たちは今、戻ってきたわたしの部下たちが尋問中だ。それよりも、『姫』が会って話がしたいそうで、それを伝えに来た。作戦の確認もしたいので、戦闘の後で疲れているかもしれないが、すまないがついてきてくれないだろうか」
「わたしは大丈夫だ。コイツも平気だろ。行くぞ」
「まあ平気だが、勝手に決めるな」
文句を言いながらマリーの後に続く創。彼女の腕に留まるカラスに視線を固定したまま、その内心で創は思考を巡らせていた。
(さっき感じた視線、あれはあのドローン越しのやよいのだったのか? 確かにアイツもラボに行った時は目をギラギラさせてたが、なんというかそんなんじゃなく、もっと気味の悪いもんだった気がするが……)
どこか腑に落ちない思いを抱えつつも、目指す建物が見えたところで思考は中断された。彼が感じた視線について、その正体を知るのはまだ先の話である。
明日か明後日にもう一話更新します。ちょうど折り返し地点くらいかな?




