No.20 共同戦線?
特殊部隊らしき男たちを殲滅した創は、再び人間の姿に擬態すると後方で待つ司とタチバナたちの元に戻ってきた。その顔にはたった今何人もの人間を殺したことに対する罪悪感などはなく、ただ虫が自分の周りを飛んでいて鬱陶しかったから潰したと、その程度にしか思っていないようだった。
「苦も無くあの者たちを全滅させてしまうとは……なんという戦闘能力だ……」
規格外の力に戦慄するタチバナだったが、仮にも恩人に対して失礼であるとすぐさま思い直し、頭を下げた。
「失礼した! わたしはタチバナ、この隊を預かる隊長だ。神崎殿といったか、わたしと部下たちを救っていただき、感謝のしようもない」
その真摯な姿勢に創は目を白黒させたが、やがて小さく笑って言った。
「創でいい。それより、怪我してる奴らの手当てをしてやれ。俺は見ての通り無傷だからよ」
「すまない。では部下たちの手当てをしてくるので、創殿と司くんはここで待っていてくれ。行くぞ軍曹」
軍曹と呼ばれた女性の食屍鬼は軍人には似つかわしくないあたふたした様子で駆け寄ってくると、ペコリと頭を下げた。
「あ、はい中尉! えっと、わたしカグラっていいます! 助けてくれてどうもありがとうございました!」
そして改めて創に一礼すると、タチバナはカグラを連れて傷ついた部下のもとに向かっていった。
「……そこらの人間よりよっぽど礼儀正しいじゃないか」
「あはは、タチバナさんはああいう方なんです。とっても真面目で、とても尊敬できる方ですよ」
ふうん、などと適当に相槌を打ちつつ、創は手当てを受ける彼ら彼女らを観察した。誰もが人間とは異なり尖った耳をしているものの、それ以外はみな人間と大差ない。ただ全員軍帽と軍服を着ているのが気になり、創は司に質問してみた。
「ああ、タチバナさん含め一部の方たちは昔旧日本軍にいらっしゃったそうなので、本物の軍人さんもいらっしゃいますよ」
「旧日本軍だと? 旧日本軍に食屍鬼がいたのか?」
「そこはわたしから説明させていただこう」
そこに割り込んできたタチバナは、軍帽を被り直して創に向かい合った。手当てはいいのか、という創の疑問を察したか、タチバナは後方へと視線を向ける。その先には、傷ついた兵士たちを甲斐甲斐しく手当てするカグラの姿があった。
「ああ、部下たちの手当てはカグラ軍曹にやってもらっているので心配はいらない。あれは元々看護学校の出で、どこか抜けたところはあるものの腕は確かだ」
「ふうん。で、元軍人がいるってのはどういうことなんだ?」
「先程司くんも話していた通り、わたしを含め一部の者たちはかつて旧日本軍こと大日本帝国陸軍に属していた」
その割には全員若く見えるが、などと創が考えていると、タチバナは「これは食屍鬼という種族の特性なのだが」と前置きしてから話を続けた。
「わたしもさほど詳しいわけではないのだが、我々食屍鬼の中には稀に土地の影響などで死後になる者がいるそうだ。我々も戦地にて戦死し、後に蘇った」
「蘇った? 死人が食屍鬼として復活したってことか?」
「その通りだ。我々も最初は状況が飲み込めなかったが、今やすっかり地下の住人だ」
そこでタチバナは一度言葉を区切ると、まっすぐに創を見た。
「わたしは言葉を弄するのは得意ではなく、好きでもないゆえ単刀直入に言わせていただく。創殿、どうかわたしたちとともに戦ってはくれないだろうか。わたしにできることなら何でもする」
そして、深く頭を下げるタチバナ。
「いいぞ」
「恩人にいきなりこのようなことを頼むのは心苦しいのだが――――え?」
「いいぞ。どうせこうなることもルイスの計画通りなんだろうし。まあ、道すがら事情は話してもらうぞ」
実のところ、創は司を連れて行くことにした時からこうなることを薄々感づいていた。というのも先日の会議の後、創以外の第0班メンバーには早速次なる作戦のための指令が班長ルイスから個別に出されていたそうなのだが、なぜか創だけは何の指示も受けていなかったのだ。
そのことについては同じく第0班No.7『現代の剣聖』九重沙羅曰く、なんでもルイスが言うには「創くんは特別指示出さなくってもそのままでオッケーだよ~」とのこと。なんだかよくわからないがあの得体の知れない幼女ならこの展開もが読めていてもおかしくないと妙な信頼を発揮した創、最初からそのつもりでこの旧初台駅にやってきたのだった。
「いや、貴殿に力添えいただけるのは心強いことこの上ないし、我らの戦いに巻き込むのだから事情を話すのも当然なのだが……いいのだろうか? その、なんだかあっさりしすぎているのだが……、命の危険もあるというのに……」
「命の危機、ねえ……」
創はどこか遠くを見るような目つきで言った。
「――もう忘れちまったな。そんな感覚」
旧初台駅のホームから抜け道を通り、創と司は地下を深く、さらに深くへと進んでいた。先を行くのは食屍鬼の隊長、タチバナ中尉。同じく食屍鬼である彼女の部下たちは先の戦闘で負傷者が多かったため、医療の心得があるカグラ軍曹を残してホームに置いてきた。
道中創たちはタチバナより、先ほど創が殲滅した部隊は名を『シールド』といい、とある政治家の私設部隊であること、その目的がヘビ人間という二足歩行のヘビのような姿と高度な知性を備えた種族と結託した上で、現在食屍鬼たちが住処としている地下遺跡の侵略であること、そしてその地下遺跡には非戦闘員の食屍鬼たちと盟友である人狼たち、そして「姫」と呼ばれる食屍鬼たちにとっての神にも等しい存在がおり、ルイスから指示を受けたローゼマリーが遺跡を守っているということを知らされた。
「既に何名かのヘビ人間たちを先へ行かせてしまった。おそらく今はローゼマリー殿と交戦中のはずだ」
「あいつは大丈夫だろ。いざとなったら文字通り消失するし」
「うむ。ローゼマリー殿になにか不思議な力があるのは実際にわたしもこの目で見たし、しーきゅーしー? といったか、あの格闘術も素晴らしかった。だが、ヘビ人間の科学力は侮れんのだ。それに、奴らが我らの街で何をしようとしているのかわからないのも不安だ。急いで応援に行かねば」
地下は地上に比べて音がよく聞こえる。いつにも増して遠くの音を聞き取れるようになった創の耳に、幾人かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「おっと、確かに戦闘中みたいだな。足音からして、敵は五人か」
「本当か! 急がねば!」
「あうう、ぼく、なんでついてきちゃったんだろう……足手まといになりそうな気が……」
焦るタチバナとは正反対に、創は冷静だった。第0班の中で最も隠密行動に優れると言われ、二つの世界を行き来する彼女がそうやすやすとやられることはないと知っていたからである。
コービット邸にて彼女が能力を発揮したとき、密かに創は己の五感をフル稼働して彼女の探知を試みていた。事前に彼女の言う能力が本当に言葉の通りなのか確かめようとした結果なのだが、視覚・聴覚・嗅覚はおろか、あの場にいた全員の体温を目を瞑っていても探知できた触覚でさえ、能力発動中の彼女を探知することは叶わなかった。発動中は正しく無敵と言っても過言ではないほどの力なのである。
「心配いらねえさ。そんな簡単にくたばるような奴が今までこんな職場でやってこれるワケねえんだから」
同時刻、遺跡ではヘビ人間たちが怒声を上げながら突如として目の前から消えた女の姿を探していた。
「慌てるな! お互いの距離を離さず、落ち着いて探せ!」
「おのれ、我らの熱感知でもわからないとは……どんな手品を使ったというのだ!?」
するとその時、一人のヘビ人間の背後からローゼマリーが出現し、目にも止まらぬ速さで首にナイフを突き立てた。
「ぐうっ!? おのれ……!」
「おっと、思ったより硬い鱗だな。でも残念、わたしはこのまま時間を稼いでいれば勝ちなんだよ」
そして再び消えるローゼマリー。どのような手段をもってして彼女が姿を消しているのかわからないヘビ人間たちは混乱を深めつつも円陣を組むように密集し、いつ彼女が現れても対処できるよう構えをとった。
「たかだか人間一人と甘く見ていた……だが、この遺跡はもともと我らの故郷。断じてここで退くわけにはいかん……!」
そんなヘビ人間たちを現世と異なる灰色がかった世界から見ていたローゼマリーは、不意に言い知れぬ程の不快感に襲われ、慌てて物陰に隠れると能力を解除した。
(クソッ、最近間隔が短くなってきたな。なるべく長い時間能力は使わないようにしないと……)
まるで自分だけが世界に一人ぼっちで取り残されるような何とも言えぬ孤独感と寂寥感。
ローゼマリーは思う。このまま能力を使い続けていればそのうち、自分は元の世界に戻れなくなると。
しかしそれが仮にそうだったとしても、彼女は能力の使用を止めるつもりはなかった。誰も彼もが化物揃いの第0班、この能力だけが彼女の取り柄なのだ。仲間として、足手まといになるつもりは毛頭なかった。
(あと少しで神崎が来る。そうなりゃわたしの勝ちだ。それまでなんとか耐え――!?)
咄嗟に隠れていた物陰から飛び退くローゼマリー。直後、今まで彼女が隠れていた場所を淡い青色の光線が打ち砕いた。
「ビーム出すとかマジかよ! イカした趣味しやがって!」
「見つけたぞ! 絶対に逃がすな!」
光線の正体は、ヘビ人間たちが持つ奇妙な形状の銃だった。微かに光る青い水晶で形成されたその銃に充填された銀色の液体が水晶と化学反応を起こし、強烈なエネルギーの塊となって飛んできたのだ。
次々に迫り来る光線を余裕をもって回避するローゼマリー。威力は恐ろしいものがあるもののそれらが飛来する速度は視認可能なほど遅い。銃弾が飛び交う戦場を駆け抜けたこともある彼女にしてみれば、この程度の弾幕の対処は容易であった。
「はい残念。次はもうちょっと弾速を強化してから来るんだな。次があるか知らないけど」
そしてポケットから端末を取り出し、画面を確認したローゼマリーは勝利を確信した。
「時間切れだぜ。第0班の新入り、8番目のバケモンに遊んでもらいな」
その言葉とともに、駅へと続く通路の奥から創・司・タチバナの三名が姿を現した。
地下遺跡にたどり着いた創は、コートのポケットから端末を取り出すと画面を覗き込んだ。そこには「6」と示された緑色の点が表示されており、それは向こうに見えるローゼマリーを指している。
「よし、壊れてないな。ちゃんと動いてる」
この端末はやよいが開発した班員同士で位置を確認するための受信機である。第0班の各員に配られたアイテムにはいずれも極小の発信機が埋め込まれており、ローゼマリーは頭に被った軍帽、そして創は新たに支給された「8」の数字が刻まれたネクタイが発信機としての役割を果たしていた。
「聞くが、あいつらは殺していいのか? 尋問とかするなら殺さず捕まえるが」
「ぬ、いや、確かに奴らの目的は確かめたくはあるが……」
「そうか。じゃ、行ってくる。司頼んだぞ」
そう言うと創は飛び出した。
「あっ、創殿!? いくらなんでも一人では……!」
創の背後でタチバナが声を上げた。司はコービット邸でも見た創の無鉄砲さに苦笑しつつも、その身を案じるようなことはしなかった。彼はショゴス。心配する必要などどこにあるというのか。
飛び出した創は風のようにヘビ人間たちを横切り、ローゼマリーの横に立った。
「やっと来たか。ちょっと遅いんじゃねえの?」
「知るか。こっちは何の指令も受けてないんだぞ。まあ、ルイスは俺がここに来ることを見越してたみたいだけどな」
「その通り。やっぱり隊長はすげえよ。千里眼かなんかの持ち主なんじゃないか? ――っと、じゃあわたしはここまでってことで。後頼んだぜ」
そう言って手をひらひらと振りながらローゼマリーは姿を消した。残された創は一つ溜め息を吐いて、それからヘビ人間たちに向き直った。
「いいように使われてるな……あー、一応聞くが、抵抗せずに大人しく捕まってくれれば手荒なことはしないが、どうする?」
「貴様、何者だ……いや」
ヘビ人間のリーダーのような男はそこで言葉を切ると、何の前触れもなく光線銃を発射した。放たれた光線は創に直撃し、創は弾けて四散した。
「む、脆いな。『殺人光線』一発で即死とは。あちらから来たということは『シールド』の者たちをどうにかしたのだと思ったのだが……思い違いだったか」
いかにも只者ではないような登場の仕方をしておきながら、あまりにもあっけない最期に拍子抜けするヘビ人間たち。その時、ヘビ人間のリーダーは四散した創の肉体がそれぞれ、自分たちの足下に血だまりを作っていることに気がついた。自分でもなぜそんなことが気になったのかわからず、それがどうしたと思い直そうとした時、足下の血だまりが突如真っ黒に変色したかと思うと、ヘビ人間たちは一人残らずそこに引きずり込まれた。
「なっ、なんだこれは!?」
なんとか脱出しようともがくが、身体に纏わりついた黒い物体はコールタールのように粘ついて離れない。そのままヘビ人間たちがもがいていると、周囲の地面に飛び散った黒い物体が一か所に集まり、そこから黒い影法師のようなものが這い出てきた。そして影法師はみるみるうちに創の姿に変わり、彼は足下でもがくヘビ人間たちを見下ろしながら言った。
「『殺人光線』か。確かに人間が当たったらまずい威力みたいだが、相手が悪かったな。次は撃つ相手を間違えるなよ。次があるか知らないけどな」
ヘビ人間さんたちなんもできなくてかわいそう(笑)。
それはともかく、たいへんお待たせして申し訳ございませんでした! なんて、この作品を楽しみに待っていてくれる方がいるかはわかりませんが、もしそういう方が一人でもいらっしゃったらお待たせして申し訳ありませんでした。以下言い訳タイム。
実はこの春から新生活が始まりまして、一人暮らしをすることになったのです!
そんなわけで平日は家に帰ってきたらご飯とお風呂で後は寝るだけ、休日も洗濯やら買い出しやら引っ越しの荷物開けだのやってたらそれだけでほぼ一日終了と、ほとんど更新の時間がとれておりませんでした。
つい先日までネット回線すらなく、スマホでこつこつ書き進めてはいましたが慣れないものでなかなか進まず。ですが今はネットもダンボールじゃないテーブルもあるということで、更新と相成りました。
今後は少しずつペース戻ってくると思いますので、どうぞご容赦ください。
あとなんか気がつかない間に10ptも増えててビックリしました。何度も言いますがこの作品はどれだけ評価が低かろうと途中で投げるつもりはありません。でもそれはそれとして評価していただけるとメッチャ嬉しいです。今回の更新も評価もらったことに気がついて休日に時間とって頑張った結果です。評価していただいた方、本当にありがとうございます!