表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo2.ゼロデイ作戦
21/64

No.19 ショゴス探偵、駅へ

「あっ、創さん! 検査はどうでしたか?」


 創が病室に入ってくると、真っ先に反応した司が駆け寄ってきた。洋館での事件を経て、この人狼の少女は恩人である創にいたく懐いたようだ。

 病医を着ていることとどこか儚げな本人の雰囲気も相まって病弱そうに見えるがそこは人狼、彼女はむしろ人間よりも頑強な身体を持っている。病衣を着ているのは黎子によって先に検査を受けていたためであり、健康状態を確認するためとは彼女の談である。しかし、そこには世にも珍しい人狼についての多大な興味があったことは言うまでもない。


「んー、まあ俺の目的を果たすのはやっぱり難しそうだってことがわかったくらいだな」


「そうですかあ……その目的が何かはわからないですけど、いつか叶うといいですね!」


 創がとある目的のために死にたがっているということを知っている者は現状、ルイスと黎子の二人のみであった。目の前の男が死を望んでいるとは露知らず、無邪気にそう言う司に創は穏やかに微笑んだ。


「……そうだな。その時が来るのを心待ちにしてるよ」


 そして創は、奥のベッドに座る造に声をかけた。


「よう造。浮かない顔してどうした」


「創さん……あはは、わかっちゃいます?」


 司と同様、病衣を着た造は困ったように頬をかいた。ちなみに彼以外の学生二人、紅里と愛奈についてはこの場の誰よりも先に検査を終え、一足先に退院していた。今は近くのホテルで造を待っており、お世話を名乗り出たシルヴィアも同行している。初めは自分たちを襲い、造に致命傷を負わせた彼女に警戒心を抱いていた二人だが、当の造に説得されたことで完全にとはいかないものの彼女を信用することにしたようだ。

 この二人に関しては特に怪我やおかしな点は見当たらなかったものの、洋館でそれぞれ別の本に惹かれ、両者ともそれを持ち帰っていた。紅里がざらざらした手触りの赤い本、愛奈がつるりとした手触りの青い本である。内容に関しては何から何まで未知の言語で記されており、第0班きっての知識人である黎子でさえ解読は不可能であった。その話を聞いて何か思うところがあったのか、班長ルイスは二冊の本をそのまま紅里と愛奈に持たせておくように言い、これらの本は二人の所有物となった。

 話が逸れたがそんな様子の造が抱く思いをなんとなく察した創は、彼を屋上へと誘った。司も同行を求め、それを許可される。




「今日は快晴だな。雲一つ見当たらん」


 屋上へやってきた創は空を見て言う。それに対して造は曖昧に答えた。


「そうですね……」


「――人間じゃなくなったことがそんなに不安か?」


 その言葉に驚く造。図星だったからだ。


「……知ってたんですか?」


「当たり前だ。お前をそんな身体にしたのは俺なんだからな」


 シルヴィアに致命傷を受けた造。そこに自身の細胞、「S細胞」を移植して命を救ったのが創だった。元人間だった創を不死の怪物へと変えた原因を移植されたのだ。ただの人間でいられるはずもなかった。


「黎子さんが言うには、今のぼくの身体はほぼ普通の人と変わらないそうです。ただ……傷を受けたりしたときに細胞が物凄い勢いで再生を始めるそうで、そこだけは創さんと同じだと……」


 創と同じ。その意味するところは、おそらくは同様に限りなく不死に近い存在になったということ。それが喜ぶべきことかどうかは、何よりも造の態度が雄弁に物語っていた。


「……そうか。そうなったか」


「創さん、ぼくは…………ぼくは、何になったんですか?」


 少しの逡巡を経て、造は胸に抱いた思いを口にした、自分はいったい何者になったのかと。ただの気分転換に屋上に来ただけだと思っていた司は、突然始まった重い話におろおろしている。


「……後悔してるか?」


「いいえ。でもぼくは人間でもなければ、創さんやシルヴィアさんとも違う。自分が何者なのかがわからないんです」


「そうだな……おい司」


 唐突に話を振られた司は慌てふためき、おっかなびっくり返事を返した。頭の犬耳がそんな内心を表すようにピンと立っている。


「ふえっ!? な、なんですか!?」


「おまえの名前は犬井司。そうだな?」


「え? はい、そうですけど……」


 何を当たり前のことを、とクエスチョンマークを浮かべる司をそのままに、創は言った。


「あくまで俺にとってはだが、俺にとってこいつは犬井司、それ以外の何者でもない。人狼だとかそういうのは関係ねえんだ。それは俺も同じ。俺はショゴスである以前に神崎創という存在なワケで、つまり何が言いたいのかっていうと……そうだな、自分が何者かっていうのは、自分で決めたらいいんじゃねえのか?」


 自分が何者かは自分が決めればいい。その言葉は、驚くほどストンと造の胸に落ちた。

 思いの全てが晴れたわけではないが、それでも納得はできたのだろう。造は笑い、雲一つない空を見上げた。病院に来て以来、初めて目にする外の景色だった。


「そうですね、ぼくもそうします。ありがとうございました、創さん」


「礼はいらねえよ。……ただ、どうしてもっていうなら依頼をもってこい。不慮の事故みたいなもんだったとはいえ、おまえとあの二人は今回のことで『こっち側』と関わり合いになっちまったんだ。これから先、何か起きないとも限らん。ことによっては助けてやるから、その時は遠慮せず俺の事務所を訪ねてこいよ」


「はい、お世話になりました。またいつかお会いしましょう」




 それからしばらく談笑した後、造は退院していった。ホテルで待つ二人と合流して今日中には電車に乗って帰るらしい。病院の玄関で造を見送った創は何もなければいいとは思いつつも、また何か新たな面倒事を予感していた。


「さて、この場所での用事も終わった。あとは、おまえを送っていってやらんとな」


 横で手を振る司を見て言う創。司の犬耳は人前ではたいそう目立つので、帽子を被って隠している。


「はい、命を助けてもらっただけじゃなく、家まで送っていってもらえるなんて、本当にありがとうございます!」


 聞けば司たち人狼はこれまでずっと地下の隠れ家で過ごしており、食料調達のために地上に出たところを捕まったとのことだ。最初は五人いたという人狼たちも、数々の実験を経て今は司を残してみな死んでしまった。しかし、その隠れ家にはまだ人狼たちが残っているらしい。他にも共同で生活する他の種族がいるそうで、近くまで行けばきっと助けが得られると司は言う。


「気にすんな。じゃあそろそろ行くか。ここで待ってるから早く着替えてこい」


「はい!」


 走り去っていく司の後ろ姿を眺めていた創は、ふと視線を感じたような気がして背後を振り返った。


(んん……?)


 振り返った時にはその感覚はきれいさっぱり消え失せており、創は微かに首を傾げつつも気のせいだと思い直し、司が戻ってくるのを待った。




 旧初台駅。かつて運行していた地下鉄駅であり、廃止となった現在もホームは撤去されずに構内に放置されたままとなっている。そんな薄暗い廃駅にて、交戦する集団がいた。一方の集団はみな立派な装備に身を包み、全員が銃器で武装していた。もう一方の集団はといえば全員が軍服に身を包んでおり、銃器の類は旧式の九四式拳銃を持つ者がちらほらいるだけ。しかし彼らは俊敏な動きであたりを跳び回っては、射線に補足されないように動き回っていた。だがそれもアサルトライフルによる斉射の前では無意味であり、頼みの暗闇も相手の持つ暗視ゴーグルによって役には立たない。明らかに劣勢であった。


「おのれ野蛮人どもめ……! カグラ軍曹、被害状況は!」


 倒れた仲間を物陰に引きずり込みながら、リーダー格らしき人物が声を上げた。


「タチバナ中尉! 負傷者多数、戦闘続行可能な者、あとわずかです!」


「馬鹿者! 具体的な数を言わないか!」


「わわっ、ご、ごめんなさい-!」


 物陰に隠れて弾幕をやりすごしながら、リーダー格らしき人物改めタチバナ中尉は盛大に舌打ちする。


「くそっ、やはり武装の差は如何ともし難いか……だがこの先には我々軍人以外の同胞たち、人狼の方々に盟友殿と、何より姫がおられる。ここを突破されるわけには……!」


 なんとか状況を打開しようと思考を巡らせるタチバナ中尉のもとに、嘲笑とともに声が届く。


「そんな時代錯誤の武装では我々に勝つことなどできん。さっさと諦めて狩られるんだな。こっちには後が控えてるんだ」


 不甲斐なさに歯噛みするタチバナ中尉だったが、その時コツン、コツンとこちらへ近づいてくる二人分の足音が聞こえた。


「なんだ? 鉄道には運休にするように通達したはずだが……」


 そして現れた者を見て、タチバナ中尉は驚きに目を見開いた。


「き、君は――――」




 交戦現場の真下。ぽっかりと空いた空間になにかの神殿跡のような廃墟があった。そして、そこを目指すローブの一団がいた。

 その一団は全員が直立二足歩行のヘビのような姿をしていた。ヘビ人間とでも言うべきか。先頭を行くヘビ人間は立ち止まると、崩れた壁にヘビそのものの顔を向け、人の言葉で声を発した。


「そこにいるのはわかっている。隠れても無駄だ」


 それを合図に、壁から人間の少女が現れた。いや違う、今まで隠れていたのだ。


「――ヘビ人間、ピット器官か。まったく、やよい特製の光学迷彩マントが無意味とはね」


「なんと、人間とは……人間がこんなところになんの用だ。いや、それ以前に貴様、何者だ?」


 警戒を露わにするヘビ人間たちに、少女は自己紹介する。頭に乗った少女の軍帽には、「6」の文字が刻まれていた。


「わたしはローゼマリー・ヴェステンフルス。第0班のNo.6だ。ここには仕事で来たんだよ。上司の命令でな」


「第0班? そんな組織は聞いたことがない。でたらめだろう」


「あー、そうだな。そんな組織は『存在しない』。だからこれはそう、ただの頭のおかしなヤツの戯れ言だよ。でも、一つだけ本気で忠告しておきたいことがあるんだけどさ」


 そう言うと少女は手に持った端末に目を落とす。そこにはこちらに向けて接近してくる、「8」と示された一つの反応があった。


「――おたくら、大急ぎで引き返した方が身のためだぜ。もうすぐここに、とんでもないバケモンがやってくるからさ」




 病院を出た創と司は、電車に乗って目的地に向かっていた。

 目指す場所は旧初台駅。地上からは封鎖されているのだが、近くの下水道から抜け道が通じているらしい。

 最寄りの駅を降りた二人は、気づかれぬようこっそりと下水道に侵入した。司の案内に従っていくと、話の通り抜け道となる横穴が空いており、そこから二人は旧初台駅へと侵入することに成功する。目指す隠れ家はさらに駅構内の抜け道を通る必要があるそうで、そのまま線路を歩いていると、二人の耳に銃声が聞こえた。


「創さん、今のって……」


「心配すんな、守ってやる。行くぞ」


 司を背後に隠しつつ進んでいくと、交戦する二つの集団が見えてきた。


「あれ、あそこにいるのって……」


 積まれた資材に身を隠す軍服の姿を見て、司が声を上げる。同時に相手もこちらに気がついたようで、やや低い女性の声がした。


「き、君は――――司くん!?」


「タチバナ中尉!? お久しぶりです!」


 どうやら二人は知り合いだったようだ。目を見開いて驚くタチバナ中尉に、司は嬉しそうに声をかける。


「なぜここに――いやそれより、ここは危険だ! すぐに逃げるんだ!」


「司の知り合いってことは……あんたらが『食屍鬼(グール)』か?」


 事前に創は司から話を聞いていた。自分たちとともに地下で暮らす種族がおり、その名を食屍鬼ということを。


「そうだが……あなたは?」


「俺は神崎創。司の保護者みたいなもんだ。こいつを家に送り届けるためにここまで来たんだが――」


「おい貴様! どうやってここに来た! 民間人は立ち入り禁止のはずだぞ!」


 創の足下に威嚇射撃をしながら、どこかの特殊部隊と思われる隊の隊長と思しき男がそう問いただしてきた。


「――あれが邪魔だな。ちょっと(どか)してくる。司はそこで待ってろ。顔を出すなよ」


 まるで道端の石ころをどけるような気安さでそう言うと、創は真っ直ぐ男に向かって歩いていった。


「止まれ貴様! 止まらんと撃つぞ!」


「いいぞ撃って。無駄だけどな」


 それを聞くと、躊躇なく男は創に向けて発砲した。創の眉間に穴が空く。

 が、創は倒れなかった。当たり前だ。創自身が幾度となく実感してきたように、ショゴスとはその程度でどうこうできる存在ではない。

 歩を止めず、創は男に歩み寄る。ここで男はようやく創が人間ではないことに気がついたが、どちらにせよ彼とその部下たちの運命はすでに決まっていた。

 拳銃からアサルトライフルに持ち替え、のこのこやってきた獲物に対する嘲笑を浮かべていた周囲の部下たちも加わって斉射が始まる。しかし、空いた穴から黒い液体を流しながら、創は歩みを進める。隊長の目の前までやってきた時には全身を黒い液体に覆われ、その姿は黒いヒトガタと化していた。

 もはや顔もわからない黒いヒトガタから腕が伸び、隊長の首根っこを掴んで持ち上げる。もがく隊長の眼前でヒトガタの顔部分が裂け、真っ赤な眼と口が現れた。


「ば、バケモノが……!」


「正解だ」


 変身した創はそう言うと、片手で隊長を投げ飛ばした。冗談のような速度で投げられた隊長はたまたま射線上にいた部下を二人ほど巻き込んで壁に激突し、辺り一面に赤い華を咲かせた。


「しまった、やりすぎた。最近人間に対して親近感が薄れてきててな。どうにも加減が難しいんだ」


 それから一分ほど発砲音と怒号、そして悲鳴が薄暗いホームにこだましたが、最終的にはそれらの音はすべて静寂に飲み込まれて消えていった。

 始まりました奇妙な共闘編。原型は早々に粉々に破壊されてしまったような気がしますが、元のシナリオはこのお話よりももうなんか色々とちゃんとしてるので気になる人はクトゥルフ2010を買いましょう(販促)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ