No.16 『ショゴス探偵』 VS 『現代の剣聖』
会議の翌日。俺は沙羅とともに寂蓮さんの住む庵にお邪魔していた。ちなみに、俺の従者となったシルヴィアも同行させている。
今回のことで、沙羅は己の力不足を痛感したらしい。俺から言わせてもらえば十分だと思うが、本人はどうも納得がいっていないようだ。
そういったことを沙羅は昨日の会議の後で寂蓮さんに相談し、彼女はこれを快諾。一緒に誘われる形で俺とシルヴィアも同行することになった。
「すまないな創。こんな山の中にまで一緒に来てもらって。昨日は会議の後でやよいに強引に付き合わされたというのに……疲れてはいないか?」
会議が終わった後、俺はやよいに速攻で連れていかれた。連れていかれた先は彼女のラボ。
未知の機械やガラクタにしか見えない謎の物体など、多種多様な物で溢れかえったそこで、俺はどういったものに変身できるか、何ができるかを根掘り葉掘り彼女に聞かれることとなった。
俺に質問を繰り返すやよいは終始大興奮で、一通り質問を終えると突進するように作業台に向かい、一心不乱に何かを開発しだしたので、断りを入れてラボを出て、そのまま帰宅の途についた。一応声をかけはしたがまあ、あの様子では俺の声など聞こえてはいなかっただろう。
「気にすんな。この身体になってから疲れとは無縁だ。睡眠も必要ないから、何かあればいつでも電話してきてくれていい」
申し訳なさそうに謝る沙羅。誘いを受けたのは俺の意志なのだから沙羅が謝る必要はないと思うのだが、昔と変わらず真面目な奴だ。
「そうか……その、創」
「ん、なんだ?」
「……いや、なんでもない」
何か言おうとしたようだが、止めたらしい。気にはなるが無理に聞くこともないだろう。
「……沙羅様。お荷物をお持ちいたしましょうか? 重たい物を持って山道を登るのは大変では?」
俺は手ぶらだが、沙羅は菓子折りなどを詰めた大きめの紙袋を持っており、また真剣かはわからないが腰に帯刀もしていた。
「え? あ、いや、わたしは大丈夫だ。修行時代にはもっと重たい重りをつけてここより険しい山道を何往復もしたこともある。この程度何てことはない」
そう言ってシルヴィアの申し出をやんわりと断る沙羅。
「そうですか……」
表情こそ変わらないものの残念そうな雰囲気を滲ませるシルヴィアに、俺は苦笑しつつ助け舟を出してやる。
「沙羅、よければシルヴィアに荷物を持たせてやってくれ。役に立ちたくてうずうずしてるみたいだ」
シルヴィアは学生たちや司とは違い、入院などはしないで基本は俺と一緒に行動していた。昨日は会議に彼女を連れていくことはできなかったので、付いてきたがる彼女を説得して俺の探偵事務所の掃除を頼んでおいた。
俺以外の人間に対して彼女がどう出るか大いに不安だったが、どうやら蓮華さんとは仲良くなれたらしく、俺は内心胸を撫で下ろしていた。
「そ、そうなのか?」
「はい。ご迷惑でなければ持たせていただいてもよろしいでしょうか?」
聞いたところ、ショゴスとは本来奉仕種族として生み出されたとのこと。そのため、彼らには誰かに奉仕するという行為が根本的な欲求として備わっているらしく、彼女も例外ではないらしい。
元々一人であの広大なコービット邸の掃除を担当していた彼女にしてみれば、俺の事務所はさぞ掃除のしがいがなかったことだろう。
「そうか……それなら、お願いしてもいいだろうか」
「かしこまりました」
沙羅とシルヴィア。コービット邸では殺し合いをしていた二人だ。その二人が並んで歩いているのはなかなか不思議な光景かもしれない。
その思いを顔には出さずに内心面白がっていると、開けた場所に出た。
質素ではあるもののどこか落ち着くような風情溢れる小さな庵と、対照的に手入れが行き届いた豪華な庭が実に見事だ。感心していると、奥の座敷から寂蓮さんがやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お上がりください」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべる彼女の佇まいはやはり、一分の隙もない。なるほど、これは沙羅が相談するのも頷ける。
「そちらの方がシルヴィアさんですね?」
「初めまして。シルヴィア・S・神崎と申します。どうぞお見知りおきを」
ショゴスこと未確認生命体第一号は第0班にとっては敵であるが、俺とシルヴィアに関しては対象から除外されることになっていた。俺もシルヴィアも積極的に人類と敵対するつもりがないのがその理由だという。
「粗茶ですが、どうぞ」
俺たちに茶を差し出しつつ自分も茶を飲み、一息ついてから寂蓮さんは話し始めた。
「ふう……さて、それで沙羅さんの悩みについてですが、もう一度お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「はい。先日の任務において、わたしは自らの力不足を痛感しました。このままでは、新たな未確認生命体との戦いにおいてわたしがみんなの足を引っ張ることになるのでは、と危惧しているのです」
力不足とは言うが相手はそこのシルヴィア、その正体は恐るべき可塑性と延性を誇る怪物である。そんな相手と劣勢だったとはいえ人の身で渡り合うことができたのだから沙羅は十分強いと思うのだが、本人が納得していない以上、俺が何か言っても意味はないのだろう。
「……つまり、今より強くなりたいというのですね?」
「その通りです。九重流剣術の継承者として自力で道を見つけられないというのはお恥ずかしい限りですが、どうにかならないでしょうか」
「ふむ……わたしとしましては、目標とする相手がいるならば、その相手ともう一度立ち会ってみるのが一番だと思うのですが――」
寂蓮さんの視線がシルヴィアに向く。自主的に茶菓子の準備をしていたシルヴィアは、困ったように声をあげた。
「いえ、わたしは……あのときは前ご主人様であるコービット様を失ったことによる怒りからみなさまに襲いかかってしまったわけで、今は創様に忠誠を誓っていますので……」
「俺が代わりに相手しよう。不足はないはずだ」
そう言う俺に、沙羅は驚きの表情を浮かべた。
「つ、創がか……!? 確かに、相手にとって不足はないが……」
「お前が目指しているのはシルヴィアを超えることじゃなくて、今よりもっと強くなることだろ? 俺はシルヴィアより強い。俺と戦った方が得るものは多いはずだ」
「確かにそうかもしれないが、今のわたしは真剣しか持ち合わせていないんだ。それでは創を斬ることに――」
「……沙羅さん、では、斬れるかどうか試してみては? 腰に差しているのは『あの刀』なのでしょう?」
何かを確信しているような様子の寂蓮さんが、意味深な視線を沙羅の腰にある刀に向けた。つられて俺もその刀に目を向ける。柄の部分に数珠が巻かれた、独特な誂えの刀である。
俺の視線に気づいた沙羅は、刀を鞘に収めたまま畳の上に置いた。
「……この刀の名は、『数珠丸恒次』。かつて日蓮僧が所有していたという、霊刀だ。この刀は故あって我が九重家の管理するところとなり、代々、九重流剣術の継承者が受け継ぐこととなっている。この刀は自ら意思を持ち、邪悪なものに対して絶大な力を発揮する一方で、使い手を含めて刀が悪ではないと認めた者を決して傷つけることがない。わたしや寂蓮さんにはまったくの無害だからこそ、こうして持ってきたわけだが――」
数珠丸恒次。確か、天下五剣に数えられる名刀中の名刀だったはずだ。確認されているのはレプリカのみと言われていたはずだが、まさか沙羅の家が本物を所持していたとは……。
「なるほど、俺やシルヴィアは斬られるかもしれないってか。ちょっと貸してみろ」
「あっ、創、待ってくれ――!?」
沙羅が反応する間もなく刀を鞘から抜き放ち、そのまま腕を落とすつもりで左腕に振り下ろした。ところが不思議なことに刀身は腕に触れる寸前でピタリと止まり、腕が斬られることはなかった。腕が落ちたところで再生は容易だし、もし霊的な力か何かで再生しないのなら、俺が死ぬためにこれは役に立つと思ったのだが、どうやら俺は認められたらしい。
「まったく、創にとっては斬られたところで大した問題ではないのかもしれないが、知り合い――友人が斬られるかもしれないというのは、わたしとしては、その……心中穏やかじゃないんだ。せめて一言言ってくれないか」
不満げな表情の沙羅に、俺は謝罪して刀を返す。寂蓮さんはそれを見て、うっすらと微笑んだ。
「やはり、わたしの見立て通りです。それと、斬りつけようとする必要はありませんよ。悪人などは、そもそも触れることすら叶いませんから」
沙羅に断って刀に触れさせてもらったシルヴィアが声をあげる。
「わたしも問題なく触れるようです。わたしも認められたということでしょうか」
「だろうな。これで問題はなくなったな? どうする沙羅」
「……わかった。創、わたしの稽古に付き合ってくれ」
二つ返事で答え、二人で庭に出る。そして、五メートルほど間を開けて、俺たちは向かい合った。
ルールは無用、なんでもアリだ。どちらかが負けを宣言した時点で勝負は終了となる。
「模擬戦とはいえ、創とこうして戦うのは初めてだな。とはいえ、本気でいかせてもらうぞ」
「望むところだ。だが、俺は本気は出さねえぞ。体術しか使わないつもりだ。当然、身体能力は可能な限り人間時代を再現してるし、変身もナシだ。悔しかったら少しでも俺に本気を出させてみな」
沙羅にとっては屈辱かもしれないが、こうでもしないとあいつは俺に遠慮して、本来の実力を発揮できないだろう。真面目な性格が裏目に出て、洋館でも学生たちを気にするあまり動きが悪かったようだし。
「……ふっ、そうだな。おまえの本気を引き出せるよう、頑張らせてもらうとしよう」
こちらの意図が伝わったのか、沙羅は目を閉じ、再び開けると、柔らかく笑った。心なしか身体から余計な力が抜けたように見える。
座敷から模擬戦を見守る寂蓮さんとシルヴィア。寂蓮さんが開始の合図を告げる。
「それでは、模擬戦を始めます――両者、始め!」
挑発こそしたものの、内心、沙羅を侮る気はこれぽっちもなかった。彼女の剣の腕は高校の時から知っている。さらに研鑽を積んだ今となっては、その実力は計り知れない。余計な力が入らなければ、決してシルヴィアにも遅れをとることはないと思っていた。だからこそ、油断なく沙羅の動きを注視していた――つもりだったのだが。
左腕の肘から先が、消えていた。
開始の合図があった次の瞬間にはもう目の前に彼女がいた。とっさに身体を捩らなければ、首が飛んでいたかもしれない。
「そういえば、まだちゃんと名乗っていなかったな。第0班No.7、九重沙羅だ。油断していると、すぐに終わってしまうぞ?」