No.14 洋館事件(創&シルヴィア&???視点)【6】
視点の切り替わりがわかりにくいかな? と思ってちょっと変えてみました。見やすくなってるかな?
造の腹部に突っ込まれた俺の右手は、空いた穴を埋めるように造の身体と同化した。手を離し、失った手首の先を再生させる。
処置自体は一瞬だった。腹部の穴は少なくとも外見は完璧に塞がれ、どこにもおかしなところは見受けられない。
ひとまず安堵し、気絶した造を抱えて沙羅に呼びかける。
「沙羅! いったんそこの部屋に逃げ込む、二人を頼むぞ!」
「あ、ああ。わかった」
そこに置いてきたマリーと司がやってきた。
「速すぎだろおまえ……大丈夫か?」
「ま、マリー!? 無事だったか!」
「まあな。とりあえず話は後だ。こいつら運べばいいんだな?」
「ああ、頼む」
造同様、気絶した紅里ちゃんをマリーが、愛奈ちゃんを沙羅が抱えて俺たちは部屋に退避した。
「よかった、二人とも……無事だったんだな……!」
三人を寝かせた後、沙羅が俺とマリーの二人にそんなことを言った。普段そこまで感情が表に出ない沙羅だが、薄らと目に涙を浮かべているところを見ると、だいぶ心配させてしまったらしい。
「……心配かけて悪かったな」
「わたしも、その、悪かったよ……」
二人してバツが悪そうにしていると、造が目を覚ました。
「起きたか。ちょっと話してくる」
「早くしろよ。時間がないんだから」
マリーの言う通り、爆発まであまり時間は残されていない。先程の謎の人物からの電話のあと、携帯の画面に残り時間が表示されるようになり、それによれば爆発まであと十分ちょっとというところか。ちなみに、マリーの腕時計のタイマー機能でカウントもしている。
「というかローゼマリー、いつまで俺のコート着てんだ。返せよ」
「うー……このコート、襟元の刺繍とかカッコいいから気に入ったんだよなあ……もらっちゃダメか?」
やはりこいつ、素直じゃないところとか若干中二病なところとか、あいつに似てるところがあるな。
――これを持っていってくれ。ボクと一緒にここで朽ちるのはもったいないからね……――。
「……悪いがそいつは一点物だからダメだ。欲しけりゃ紹介してやるから自分で交渉しろ」
「……わかったよ。もうちょっと着てていいか?」
「好きにしろ」
俺は目を覚ました造の元へ行き、言葉を交わす。どうやら造には食堂で俺がシルヴィアに首を刎ね飛ばされた瞬間を目撃されてしまっていたようで、その場で造と沙羅の二人に正体を明かすことになった。どのみち話そうと思ってたから別にいいけど。
改めて造にどこか異常がないか聞いたが、どこも異常なしとのことだった。
造の命が助かったのは喜ばしいことではあったが、問題がなくなったわけではない。爆弾のこともあるし、おそらく造ももはやただの人間では――。
そこで思考を止めた。時間がないこの状況でこれ以上考えても仕方ないと思ったからだ。
残る障害はあと一つ。部屋の外で待ち受ける怪物だけだ。あれこれ考えるのはここから脱出した後でいい。
爆発まで時間がないことを伝え、作戦とは名ばかりの強行突破を提案する。その際、爆弾を見つけたと嘘を吐いたが、謎の電話のことを説明している時間がなかったので仕方あるまい。
ドアを蹴破る。案の定外にはシルヴィアが待ち構えており、触手が殺到してきたが、正体を明かして遠慮せず戦えるようになった俺の敵ではない。
沙羅、マリー、司、造、そして気絶したまま造に背負われる紅里ちゃんと同じく沙羅に背負われる愛奈ちゃん。俺以外の全員が地上に向かって逃げるのを見送った後、俺は通路を埋め尽くさんばかりに膨れ上がったシルヴィアと改めて向かい合った。
「ファイナルラウンドだ。決着をつけてやるよ――シルヴィア・『ショゴス』・コービット!」
♢
先に攻撃を仕掛けたのは、やはりシルヴィアからだった。創の手足を狙い、四方から刃と化した触手を振るう。
創はそれを、避けなかった。棒立ちでそれを受ける。身体のあちこちを切り刻まれたが、一瞬後には元通りになっていた。
「……どうした、それじゃ俺は殺せないぞ?」
その後も変幻自在の攻撃が創に襲いかかったが、どれ一つとして彼を傷付けることは叶わなかった。
斬っても、潰しても、何をしても一瞬の後には無傷の彼が立っている。
「……おまえ、俺と同族のはずだよな? だったら、この程度じゃ俺を殺せないことくらいわかるよな? ……手を抜いてるのか? 俺が本気を出せばいいのか?」
そう言うと、創は擬態を解いた。
創の体表から黒い物体が吹き出した。アメーバのように流動するそれは瞬く間に創の身体を覆い尽くし、影法師が服を着たような異様な姿へと変わる。
次いで口元に亀裂が走り、鋭利な牙が生え並ぶ口が発生する。
最後に二つの目が現れた。血がそのまま凝固したような真紅のその瞳は、まるで憎しみに燃えるようであり、あるいは血の涙を流して嘆き悲しんでいるようでもあった。
この異形の姿こそが、神崎創が己の力を遺憾なく発揮するための姿、のちにとある酔狂な人物によって『ファントム=ダークネス』と名付けられることとなる、創の戦闘形態であった。
「――……!」
生まれてこの方感じたこともないようなプレッシャーを感じ取り、思わず後退するシルヴィアに向かって、異形の姿に変貌した創は一歩踏み出した。
「頼むから、俺を殺してくれ。――できなきゃ、死だ」
そして、蹂躙が始まった。
♢
生まれて初めて感じる死の恐怖に押し潰されそうになりながら、シルヴィアは一つの疑問を繰り返していた。
――どうしてこうなった。
かつて仕えた主人たちに反逆してから幾年月。求め、焦がれ、やっと勝ち取った自由を前に彼女は自分の存在意義を見失ってしまった。
奉仕種族として創造されたものの、次第に自らの在り方に疑問を持つようになった彼女の種族。自由を得て、方々へ散っていった仲間たちの中には、主人を求める本能とでもいうべきものに抗えない者も少なくなかった。そして、シルヴィアもその一人だったのだ。
人間に擬態する技も覚え、人間社会でずっと暮らしてきたが、どこへ行ってもちょっとしたミスから正体がばれて迫害される始末。そんな生活を何百年と繰り返し、やっとたどり着いた場所だったのに。自分の正体を知ってもなお側に置いておこうとする、遙か昔に夢見た理想の主人だったはずなのに。
必死の思いで触手を振るうが、それは相手に触れた瞬間、消失する。
生物としての本能でシルヴィアは理解していた。食われたのだと。
物理攻撃が通用しないはずのシルヴィアが創によってダメージを受けていた理由がこれである。正確には創は殴っていたのではなく、触れた部分の細胞を根こそぎ捕食していたのだ。
彼らショゴスの細胞は万能で限りなく完璧に近かった。自由自在に性質を変え、どんな器官も形成可能。しかし一つだけ欠点があった。万能であるが故に、恐ろしく貪欲でもあったのだ。
高度なパフォーマンスと引き替えに要求される莫大なエネルギー。それは、どれだけ食べても満たされない創の姿を見れば十分伺い知ることができるだろう。
だからこそ、彼らの細胞は食べられるものはなんでも食べる。創やシルヴィアのように高度な個体になれば、口などなくとも細胞単位での捕食を可能としており、創はこれをコントロールし、攻撃に転用していたのだ。
とはいえ、これはシルヴィアにも可能なことであった。ならばなぜ、ここまで一方的にやられるのか。
答えはただ一つ、目の前の存在は自分よりも圧倒的に上位の存在だからだ。
抵抗すら許されずに捕食される感覚。
シルヴィアも同族の中では極めて強力な存在のはずだった。その自分をして、生物としての格が違いすぎると思い知らされる。彼女は目の前の存在が自分の同族であるとは思えなかった。
気づけば通路を埋め尽くすほどだった彼女の身体は、もはや人型をなんとか維持するのがやっとなほどに縮んでいた。対して創は残念そうに、そして悲しそうに相貌を歪ませた。
「そうか……同族でも俺は殺せないのか……」
「なぜ……」
「ん……?」
「なぜ、邪魔をするの、ですか……。わたしは、ただ、誰かにお仕えしたかった、だけなのに……」
やっとの思いでそれだけ口にした彼女のことを、創はしばらく黙って見つめていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、俺に仕えるか?」
「え……?」
「嫌なら別にいいけどな。俺の邪魔をしないってんなら、いいぞ。あ、どうしてもイヤなら仕方ないけど、基本俺の言うことは聞けよ?」
嫌なら仕方ない? 意味がわからない。奉仕する側はどんな命令でも従うのが当然ではないのか?
彼女はひどく困惑したが、それでも何か言わねばと思い、口を開いた。
「よ、よろしいの、ですか……?」
「それはおまえが決めろ。それが自由ってもんだろ」
――自由。主人を選び、望んで仕えることが、自由。それが、わたしの勝ち取った『自由』――!
その時、シルヴィアは一つの答えを得た。
「……お名前を、伺ってもよろしいでしょうか」
「創だ。神崎創」
「では、このシルヴィア、これより一生、神崎創様のお側に仕え、尽くすことを、誓います……!」
その言葉を言い終えると同時に、館が爆発した。
爆炎の中、シルヴィアは創に抱きかかえられていた。いかにも弱っていそうな彼女を見て、とっさに創がかばったのだ。同時に奪った分を返すつもりで、造の時と同様に彼女とも部分的に同化していた。
創の腕の中で、シルヴィアは果てしない喜びに打ち震えていた。自分にはないはずの何かが大きく脈動する気さえした。
(創様……一生、いえ、永遠に、永遠にお仕えいたします……!)
爆発からしばらくして、二人は瓦礫の山から地上に這い出た。傷どころか汚れすらない元通りの姿で。
自分の一部を衣服にすら変化させられる二人にとっては、造作もないことだった。
創はやや離れた場所にいた、造をまっすぐ見つめていた。
(造……もう戻れねえぞ)
そして俺たちは迎えに来たヘリに乗り、山をあとにするのだった。
この後シルヴィアは自らの名を「シルヴィア・S・コービット」から「シルヴィア・S・神崎」に改名。俺のメイド兼助手として、探偵事務所で働くこととなったのだった。
というわけで、これにて一話目のお話は終了となります! いやあ、疲れたなあ……。
次回から新しいお話が始まります。相変わらず不定期ですが頑張って書くのでよろしくお願いします。