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ショゴス探偵の怪奇ファイル  作者: 百面相
ファイルNo1.洋館事件
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No.11 洋館事件(創&???視点)【3】

「どちら様でしょうか?」


 少しだけ開いた扉から顔を覗かせたのは、いわゆるメイドさんだった。普通にしていればお目にかかることはまずないだろうが、これほど大きな館であればそういう人がいてもなんらおかしくはないだろう。


 輝く銀髪が美しい。顔しか見えてはいないが、その端整な顔立ちは街を歩けば人々の目を惹きつけて止まないことだろう。もっとも、俺は昔からそっち方面の欲が希薄だとか言われていたうえに人間止めてしまったので、男としてどうこうとかそういった感情は皆無なのだが。


「ああ、俺たちは登山客と近くのゲレンデのスキー客なんだが、この吹雪で帰り道がわからなくなっちまってな。すまないが吹雪が止むまで中に避難させてもらえないだろうか」


「お待ちください。ただいまご主人様に聞いてまいります」


 そう言って扉を閉めようとした女性の背後から声がかかる。


「かまわないとも。シルヴィア、入ってもらいなさい」


 ……こいつがコービットか。


 一見すれば物腰柔らかな老紳士に見えるかもしれないが、前もって沙羅から聞いた話によれば、こいつは研究所を隠し持ち、そこでおぞましい実験を繰り返し行っているのだという。つまりは完全な『黒』。遠慮する必要もない。


 外見を全く変えず、こっそりと聴覚及び嗅覚を強化。会話に興じる振りをして音と匂いで館を探る。あまり能力を強化しすぎれば外見に変化が出てしまい、『擬態』も崩れてしまうが、この程度なら造作もない。


(――! ……やべえ)


 直後、俺は自身の認識の甘さを痛感した。


 まずわかったことは、おそらく今現在この館の者と思われるのはコービットとシルヴィアの二人しかいないということ。それにしては隅々まで掃除が行き届いているのが気になるが、そこはまあいい。

 そして次にコービットだが、少しばかり心音が不安定ではあるものの、他に変な所はないように思える。そこについても大した問題ではない。


 最大の問題はシルヴィア、フルネームはシルヴィア・S・コービットというらしい――だが、心音がまったくしなかった。加えて、微かな香水の匂いはするものの、彼女自身は何も匂いを発していなかった。どちらも生物としてはありえないことである。



 要するに、彼女は人間ではなかった。


 いくら俺とて正体不明の存在を相手に沙羅はともかく学生たちまで守り通せる自信はない。最初は相手が大したことはないとわかれば多少強引にいってもいいかと考えていたが、この時点でその考えは完全に消えた。



 案内された部屋には、さっそくカメラと盗聴器が窓際に飾られた花瓶の装飾に紛れて隠されていた。他に何もないことをそれとなく確認し、鑑賞する振りをして花瓶をくるくると回してカメラを無力化し、ジェスチャーで沙羅に知らせる。


(やはり監視されているか)


(そうみたいだな。あっちの部屋も同じかもしれん。あいつらが下手なことを話す前に行こう)


 案の定造たちの部屋にも同じものが仕掛けてあった。花瓶を回してカメラを無力化してから三人に俺たちの立場と目的を明かし、協力を取り付けた。これで少しは動きやすくなるだろう。


 あらかた話し終えたところでシルヴィアがやってきた。食事の準備ができたので呼びに来たのだという。

 途中、沙羅が偶然を装って転び、俺は部屋まで沙羅の杖を取りに戻った。

 実はこの杖、一見すると登山用の杖にしか見えないが、実は杖に偽装した仕込み刀になっている。もしコービットが学生たちにも何らかの危害を加えようとした時は、実力行使に出る必要もあると事前に話し合っていたからだ。


 その場合、コービット一人であれば学生たちを守りながらでも沙羅が遅れを取ることはないだろうが、シルヴィアがいては少し荷が重いかもしれない。

 その時は俺がなんとかコービットとシルヴィアを分断し、シルヴィアを受け持つしかあるまい。よくわからん人外(バケモノ)にはよくわからん怪物(バケモノ)をぶつけるのが適当だろう。



 そんなことを考えていると、食堂についた。テーブルには美味そうな料理が所狭しと並んでいたが、見たところそれらすべてに何か入っているようだった。そもそもシルヴィア一人しかいないのにこんな量を用意できる事自体がおかしい。


 もはや荒事は避けられない。そう感じた俺は沙羅に目配せしてから、適当に嘘をついてシルヴィアを連れ出し、部屋まで戻る。


「それで、使い方の不明なものとはどちらのことでしょうか」


「ああ、確かこの辺に――」


 シルヴィアに背中を向けた、その瞬間。

 首に注射を打ち込まれ、俺はそのまま床に倒れ伏した。


 ……が、当然それは演技である。ショゴス(おれ)に薬物・毒物の類いは効かないのだ。


(さて、とりあえず倒れてみたが、これは何だ…………睡眠薬か。けっこう強めのやつみたいだが……俺には効かねえよ。今度はこっちが不意を討つ番だ)


 解析を終え、部屋を出ようとしていた隙だらけのシルヴィアの背後から襲いかかる。


「――!? なぜ――」


「薬にゃちょいと耐性があるんだよ、残念だったな!」


 そのまま少しの抵抗も許さずに、シルヴィアをロープで縛り付けた。第0班にいるという、イカれた発明家特製のロープだ。曰く、これ一本で大型重機の牽引にすら耐えるらしい。やりすぎな気もするが、未知の相手にはこれぐらいでちょうどいいと思おう。


「さて、これからどうするか……」


「……困りました。こういう時にはどうすればいいのか、ご主人様に聞いていませんでした」


 縛られているというのに平然としながらシルヴィアがそんなことを言う。


「呑気だなオイ……じゃあ、しばらくそこでじっとしててくれよ」


「じっとしていても、誰の役にも立てないと思いますが」


「知らん。少なくとも俺の役には立つ」


「本当ですか? ではじっとしています」


 なぜか嬉しそうな様子で大人しくなったシルヴィアにわけのわからん奴だなと思いつつ、俺はコービットの部屋を調べに一階へ降りた。シルヴィアはぐるぐる巻きだし、なんだか知らんが大人しくなったので大丈夫だと思ったのだ。それが大失敗とも知らずに。


 コービットの仕事場だという書斎に忍び込み、部屋を物色する。壁を軽く叩き、反響音から部屋の構造を調べる。すると、本棚の裏に小さな空間があり、そこから地下に続いているらしいことがわかった。さらに調べると、絵の裏にスイッチがあり、それで本棚が開くこともわかった。この程度の仕掛けであれば沙羅ならすぐに見つけるだろう。奥の小部屋には地下へと続く梯子と、一冊の日記があった。日記を手に取り、先頭から順に読み進めていく。



 ――あの「星の知慧派」の後ろ盾を得ることに成功した。なんでも、最高指導者であるシスター・ナイアルが私の研究にいたく興味を示したらしい。研究の成果を提供する代わりに実験材料や資金を融資してくれるようだ。私の悲願への大きな助けとなることは間違いないだろう。



 いきなり重要なワードが出てきた。どうやらコービットはある願いのために実験を繰り返しているようだ。そして、星の知慧派とかいう後ろ盾がついており、そこの指導者はシスター・ナイアルという人物らしい。生憎と、星の知慧派とかいうのが何かは知らないが、指導者が修道女(シスター)というからには、おそらく教団か何かなのだろう。

 宗教絡みの話にはいい思い出がない。嫌な気分を振り払うようにページをめくる。


 ――珍しい実験台を手に入れた。人狼の一族だ。あちらの方では一通りデータを取り終えたらしく、もう必要ないとのことだ。人狼は人よりも頑丈で長命なことが多い。きっとわたしの悲願――不老不死の肉体を手に入れるための役に立ってくれるだろう。



 ……不老不死、だと? 非道な実験を繰り返し、どんな願いかと思えばそんなこととは……俺への当てつけか!? その「不老不死」のせいで俺がどんな目にあってると思ってる! ふざけんじゃねえ!!

 一瞬激昂しかけたが、すぐさま冷静になる。そうだ、怒ろうが怒るまいが俺のやることが変わるわけじゃない。あのクソ野郎には必ずしかるべき報いを受けてもらうつもりではいるがな。


 そして俺はページをめくり、最後の一文を確認すると、日記を懐にしまって全力で部屋を飛び出した。


 ――なんという幸運だ! 長年追い求め続けてきた「S」が、なんと自分からやって来た! しかもこのわたしに仕えるつもりのようだ。こんな貴重なサンプルを逃すわけにはいかない。この情報が渡れば間違いなく引き渡すよう言われるはずだ。あちらに情報が流れることはなんとしても阻止しなくては。とりあえずわたしの養子ということにするため、その「S」にはシルヴィア・S(ショゴス)・コービットと名付けることにした。




(失敗した! 人間じゃないとは思っていたが、まさか俺と同じとは!)


 焦りを抱きつつ、創は走る。シルヴィアがショゴスだと知っていれば創は決して彼女から目を離さなかっただろう。液体にすら容易に姿を変えられる不定形の存在相手にロープで拘束など不可能なのだから。


 食堂に飛び込む。そこには正体を現したシルヴィアと、追い詰められる沙羅たちがいた。


「沙羅!」


 迫る触手を受け流し、強引に沙羅とシルヴィアの間に割り込む。これこそ、創が父親から受け継いだ戦闘技術の一つ、合気道の要素を取り入れた独自の柔術である。


「創!」


「書斎に逃げろ! そこから地下に行ける! ここは俺に任せろ!」


「だが……!」


「九重沙羅! お前の使命は市民を守ることじゃないのか! こんなことで迷うな!」


 迷う沙羅を叱咤する創。数を増す触手に徐々に押され始め、血だらけの姿ではあるが、その実まったくの無傷であった。血を流しているのも、正体を悟られないために擬似的な血液と血管を生成しているに過ぎない。


 決断した沙羅が学生たちとともに食堂を出る。同時に、いよいよ二本の腕では対処が不可能なまでに数を増した触手によって、創は首を刈り取られた。


「ア……アア…………!」


 首を失った体を後ろへ放り投げ、逃げた四人を追おうとして出口に向かうシルヴィア。その背後で、首のない体がゆらりと立ち上がった。


「――!?」


 久しく感じることのなかった「恐怖」を感じ、振り返ったシルヴィアは目撃する。落ちた首が黒い水たまりと化し、一人でに動いて体と合流し、そして頭が体から()()()瞬間を。


「――すまんな。俺に急所はねえんだわ。だって人間じゃねえんだもの」


 そして、瞬く間に拳打の雨あられによって膨れ上がった身体を穴だらけにされたシルヴィアを、さらなる混乱が襲った。


 創がそうであるように、シルヴィアも通常の物理攻撃で傷つくことはほぼない。細胞単位で徹底的に破壊されない限りは、再生どころか結合して元通りになってしまうからだ。拳も同様、シルヴィアには通用しないはずだった。

 しかし創の拳は違った。彼の拳は触れた端からシルヴィアの身体を「削りとって」いったのだ。組織が破壊されるとかそういう生易しいレベルではなく、拳に触れた部分が丸ごと()()()()()()()()。その事実はシルヴィアに感じたことのない恐怖と混乱をもたらした。


 失った部分は既に再生しているが、それだって無限には続かない。生物としての本能が危険を訴えかけてくる。生まれて初めて感じる「命の危機」にシルヴィアは身を翻し、台所のダストシュートに身体をねじ込んで一目散にどこかへと逃げ去った。


「…………」


 食堂の床に倒れ、目を見開いて苦悶の表情のまま死んでいたコービットを、創は静かに見下ろした。


「……不老不死なんてロクなもんじゃねえよ。良かったな、身をもって知る前に死ねてよ」


 それだけ言い残すと創は自身もダストシュートに飛び込み、逃げたシルヴィアの後を追った。

 あけましておめでとうございます(遅い)。

 今回は創視点での洋館到着からシルヴィアとの最初の戦闘までです。チート能力を遺憾なく発揮してますね。

 わたしはちょくちょく有限不実行をやらかすのであれですが、たぶんこれから更新間隔がちょっと短くなると思います。ブックマークや評価、たいへん励みになってます。いつも閲覧数や評価見てニヤニヤしながら元気をもらってます。


 次回は造視点でほとんど描写のなかったあの人とかあの人とかが出てくると思います。それでは今回はこの辺で。今年がみなさまにとってよい一年となることを願っています!

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