No.10 洋館事件(創視点)【2】
「……はあ、まったく。どうしてここにはこんな依頼しかこねえんだ」
事務所で一人、ため息をつく。どういうわけかこの事務所にはこういった感じの未確認生命体だなんだといったオカルトめいた依頼がちょくちょくやってくるのだ。
中にはルイスのように依頼どころか依頼人まで普通ではないこともままあり、実のところ依頼人が人でなかったことも一度や二度ではない。
ともかく金を受け取ってしまった以上、依頼は達成する。そういうプロ意識は一応持ち合わせている。
ただ厄介なのは、あのルイスがトップを務める組織から同行者がいるということ。
――未確認生命体対策班、通称「第0班」。
実のところ、俺はその組織についてほんの少しだが知っていた。
人種・国籍を問わず、採用基準は徹底した実力主義。そして、天才となんとかは紙一重と言うべきか、相当の変人たちが集う集団でもあるとのことだ。そんなところから人が来ると聞いても、正直不安しかない。
何よりも問題なのは、ルイスの口ぶりからして今からやってくるというその誰かが俺の正体を知らないということだ。
当然だが俺は自分の正体が怪物であることを他人に明かすつもりは毛頭ない。自身の妹にさえ黙っているのだから。
監視のつもりか何か知らないが、その同行者に正体を知られてはならないのだ。正直面倒極まりない。この時点で俺の機嫌は急降下の一途を辿っていた。
その時、俺の耳にドアをノックする硬質な音が飛び込んできた。
「……来たか」
憂鬱な思いでドアの前に立つ。しかし、いきなり入ってきたりせずにちゃんとノックをするあたり、案外まともな人物なのかもしれない。いや、そう思おう。そうだと願いたい。
思い切ってドアを開けると、そこには夢にも思わなかった人物が立っていた。
「突然の来訪申し訳ない。わたしは九重沙羅と申します。本日は貴殿に依頼、が――……」
「……なにしてんだおまえ」
「つ、創!? まさかここの探偵というのは……!」
「……そうだ、俺だ。まあ、入れ。中で話そう」
そこにいたのは俺の幼馴染みかつ高校時代の同級生、九重沙羅だった。
「まさか創がこの街で探偵をやっているとは……まったく気がつかなかった」
心底驚いたという顔で対面のソファに座った旧友はコーヒーを啜ると、そう切り出した。
「俺だっておまえが訪ねてくるとは露ほどにも考えてなかったさ」
九重沙羅。黒曜石のように艶やかな輝きを放つ長い黒髪、意志の強さを感じさせる釣り目がちの瞳。そして俺と比べても遜色ない、同年代の平均よりやや身長の高いこの幼馴染みは、街の治安を守る警察官であり、同時に天下無双と名高い「九重流剣術」の正統継承者という二つの顔があった。
「『神崎探偵事務所』なんて名前だから奇遇だなと思っていたら、まさか本人とはな」
「ま、あの後色々あってな。今はなんとか軌道に乗ってきたところだ。ははは」
「……その、創、なんだか怒っていないか? わたしが何か――」
「そんなことないさ。会ったばかりのやつに怒るわけないじゃないか。ははは」
「……そうか」
もちろん内心では、最悪の人選をよこしてくれたあの幼女に対して腸が煮えくり返らんばかりの怒りが渦巻いていた。腸とかないけど。
「そ、それで、依頼をしに来たんだが……」
「その話はもう聞いた。おまえの上司からな」
「! まさか班長が来たのか!?」
「そうだ。ほれ」
そう言って沙羅にルイスの名刺を渡す。それを確認した沙羅は、大きくため息をついた。
「はあ、まったくあの人は……。どうりで何も教えてくれなかったわけだ。ということは、今のわたしの立場も聞いているのか?」
「『第0班』から一人同行するとは聞いてたけどな。まさかおまえが来るとは思ってもみなかった。てことは、今は警察官じゃないのか?」
そう言うと沙羅は、照れたように頭をかいた。
「ああ、その……今は刑事をやっているんだ」
「……父さんの影響か」
思わずそう溢した俺に、沙羅は恥ずかしそうに首肯した。
かつて数々の難事件をその身一つで解決に導いた伝説の刑事。そして俺の父親。常に明るく前向きで、諦めるということを知らない男。そんな男の実態を、息子の俺はよく知っていた。
父は、筋金入りのヒーローオタクだった。休日には撮り溜めた特撮番組や魔法少女のアニメなどをテレビにかじりついて視聴し、いつもお気に入りのキャラのセリフの暗記や技の研鑽に余念がなかった。
技の研鑽とはなんのことかと言うと、例えば特撮で有名な空高くジャンプしてキックを放つあの技だが、通常CGやワイヤーを用いて行われるはずのその技を、父は高さこそ及ばないものの生身で放つことができた。
恐るべきは父の身体能力で、その凄まじさたるや世界のトップアスリートに勝るとも劣らぬレベルだったと断言できる。才能か、努力か、あるいはその両方か。呆れるほどの鍛練の果てに父はそこまでの身体能力を手に入れたのだ。いや、真に恐ろしいのはそこではないか。
父の真に恐ろしいところは、漫画やアニメに出てくる空想の技や修行方法などを実現可能なものと信じて疑わないところだった。そこに疑問は一切ない。そういう常軌を逸した精神性が、空想とされるいくつかのことを実現させるに至ったのだ。
そして、そのことごとくに付き合わされてきた俺にもその一部が受け継がれている。おかげで、こと戦闘に関してはそうそう遅れをとるものではないと自負しているが。
そんな父は俺が高校生の時、事件の捜査中に突然姿を消した。そして、後を追うように母までが姿を消し、俺は妹と二人暮らしを強いられることとなった。そこに恨みはないが、なぜ二人が姿を消したのかが謎のままであることは心残りだったりする。
話が逸れた。ともかく俺の父は強烈なキャラクターをしており、ブレずに正義を貫くその姿に憧れる者も少なくなかったということだ。目の前の沙羅のように。
「はっきり言って、今回は荒事になると予想していたから私立探偵が同行すると聞いて不安だったんだが……創なら何の問題もない。むしろ安心して背中を任せられる。創さえよければ、ぜひ一緒に来てくれないだろうか?」
そう言って頭を下げる沙羅。相変わらず真面目な奴だ。さっきも言ったがすでに金は受け取っている。いまさら断る理由はなかった。
「もう少しで目的の場所のはずだが……創、寒くはないか?」
俺と沙羅は、冬の雪山を登っていた。さきほどから急に吹雪が吹き荒れ始め、あたりは極寒の世界と化していた。が、そもそも神経の存在しない俺が寒さを感じようはずもない。
「俺は大丈夫だ。そういう沙羅こそ平気か?」
「わたしは寒さには慣れているから大丈夫だ。吹雪で視界が悪いから、わたしから離れないようにしてくれ」
聞くところによると、沙羅たち「第0班」のメンバーはみな体内に極小の機械を埋め込んでおり、お互いの位置とその安全が確認できるそうだ。なので、この吹雪の中でも道を誤ることはない。
「んん……?」
「どうした、創?」
「……人がいるな」
微かにだが、誰かの声が聞こえた。そちらを見ると、薄らとだが人影が見えた。
「人だと? ゲレンデからは離れているはずだが……?」
「どうする?」
「……放ってはおけない。行こう」
近づいて見ると、学生らしき三人組だった。格好からしてスキー客だろうが、この場所は沙羅の言うようにゲレンデからは遠く離れている。聞くと、ゴンドラに乗ってここまで来たらしい。当然こんなところにそんなものが走っているはずがないことは知っている。それを指摘してやったら、後ろを確認して愕然としていた。
このまま放っておいたら遭難することは明らかだったので、ひとまず一緒に目的の館を目指すことにした。危険ではあるが、俺も沙羅も並のことはものともしない戦闘力を持っている。なんとかなるだろうと考え、同時にどんどん難易度を増していく今回の依頼に憂鬱な気分になった。あの幼女、次に会ったらどうしてくれよう。
そんなことを考えていると、目的の館にたどり着いた。
今にして思えば、甘く見ていたと言わざるを得ない。そこで待ち受けていたのは、想像よりも遙かに厄介な事態だった。そして俺は、自分の同族と対峙することとなる。
ということで、創と沙羅の出会いです。二人は幼馴染みで高校の同級生でしたが、創が中退して以来、お互いの近況を知る術はありませんでした。
次回は館の探索から、地下研究所まで進む予定です。更新遅いですが、どうぞお付き合いお願いします。