序章 請う
少女は一人夜の街を彷徨う。
同年代の少女たちと比べれば少し背が高い。髪は夜空を切り取って貼り付けたような鮮やかなまでの黒でポニーテール。服装は黒を基調にしたパーカーとズボン。フードを目深にかぶっていて少女ということはわかってもその面相を覗うことは難しい。
ポケットの中に手を突っ込みながら少女はとちらり、と辺りを見た。
五月蝿い街だな、少女はそう結論付ける。
車が排気ガスを撒き散らしながら通り過ぎていく。バイクのエンジン音、そこかしこから湧き上がってくる喧騒、喧騒、喧騒。
こんな夜中に人間は何をするのだろうか。そもそもそこかしこにいる人間は眠らないのだろうか。
疑問が尽きることを知らないが少女は黙って歩いていく。
少女が若者の集団とすれ違った。
彼らの声はやかましく、迷惑なのだか楽しそうで――
少女はずきり、と痛んだ胸をそっと押さえた。
何なのこの感情は。
まるで心臓だけが火でちろちろと舐められているような不快な感覚だ。出ていけ。出て行ってくれ。少女は胸を一層強く押さえつけて願うも願いは叶えられることはない。むしろその疼痛は自覚するたび痛みを増していっているようにも思えた。
「あ」
目に毒々しいまでのネオンサインの光が侵入してきた。なんてことはない理由だ、風でフードが脱げたのだ。
少女は再びフードをかぶりなおすことも忘れて毒々しいネオンサインから逃げるように路地裏に逃げ込んだ。一歩奥に入ると喧騒は嘘のように消えてなくなった。ただそこには少女の熱い吐息だけが響く。
なんで。
どうして。
この胸の痛みは消えてなくならないのだろう。傷を負ったわけではないのに。
その場に蹲ってうめき声を漏らしてしまう。
情けないこれじゃまるで私が――
「おーいお嬢さん大丈夫ですかー?」
後ろを振り向くとそこには数人の男たち。顔にはげ下卑た笑みを浮かべ少女の顔を見た途端「やっべ超当たりじゃん!」と大騒ぎをしている。
「お嬢ちゃんこんなところで何してんの? もしかして暇だったり? だったら俺たちと遊ぼうぜベッドの上でさ!」
ギャハハハ、と男たちの哄笑が路地裏に響いた。
その時、少女は一筋の光明を見つけた気がしていた。
この人たちは私に構ってくれるのだ! やっぱり私は見捨てられてなんてなかった!
少女は顔に満面の笑みを浮かべて立ち上がった。そして男たちのもとに近寄っていく。
「えマジ脈あったの!?」
簡単に物事が進んでしまって呆気に取られてしまっている不良の元に少女は行く。
きっと大丈夫だ。
この人たちは私を。
リーダー格の男が少女のその華奢なまでの肩を抱いた。
それから。
「あ」
少女は正面から思い切り何かで突かれたみたいに体をくの字に曲げる。
いやだ。
黒い不快感が大量の蠅となって自分に群がっていくのを少女は幻視した。
なんだこれ……こんなの嫌だ。
私はこんなもの望まない!!
「ぁ?」
パシュという小さな乾いた音、そしてそれに続くボトッという何か(、、、)が落ちる音。
「あ、ああああああああぁっぁぁひぎゃあああああああああああ――――!?」
男の一人が叫び声をあげて地面をのたうちまわった。
男の右手首、そこから先がなかった。
じゃあどこにいったのか。答えは簡単、まさしく快刀乱麻を断つというようなものだ。少女が切り飛ばしたのだ。
不良たちからすればいきなり先頭の男の手首が飛んだのだから呆気にとられる他はないだろう。
いつの間にか少女の右手には剣が。まるで少女の心を投影しているのではないかそう思わせるほどにとても歪なものがそこにはあった。
幻の蠅を追い払うために少女はやみくもに剣をふるい続ける。
「嫌いだ!」
バシュ
「ヒィッ」
「嫌いだ!」
ザシュ
「あ、やめ」
「嫌いだ!」
バチュ
「た、助け」
「嫌いだ!」
ズチュ
「ぁ……ぁぁ」
やがて少女が正気を取り戻した時には男たちの姿はどこにもなかった。
だがそこいらに転がっている肉塊と、留まることを知らずにただ広がり続ける血溜まりだけがすべてを物語っていた。
少女は顔についた血を拭いとる。
不快感は消えた。しかし今度は渇きが、少女の頭の中で警鐘を鳴らしていた。
――やっぱり私は普通じゃないのか。
「だれか私を――」
少女は剣を月に向けた。だがその剣はただ宙を空しく切り裂くだけで終わってしまった。
これから(多分)よろしくお願いします。