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夢の中で知らない女の子とキスをした

作者:

「今日君に謝りたいことがあるんだ」

 駅のホームのベンチに座りながら、男子学生は隣に座る女子学生にそう言った。

 いつものように帰りの電車を待つ十分程度の時間の中、二人は他愛のない会話をする。それが平日の日課だった。今日の日課は変化球でやってきたようだと、神妙な顔で項垂れる彼を見て彼女は思った。

「私、あなたに謝ってもらうことなんて、一つも心当たり無いんだけど……」

 気を使っているのではなく、本当に心当たりがなかった。むしろ、私の方があなたに謝らなければならないことが多いんじゃないかと心配になるほどだ。

「隠してたことだから。心当たり無いのも当然だよ」

 当然だと言われても、ますます疑問が募っていく。隠されて謝られることなんて、ちっとも想像がつかない。

 彼女は彼の横顔に強い視線を浴びせながら、急かすような口調で話す。

「よく分かんないけど、とりあえず話してみてよ」

「分かったよ……実は」

 彼はしばらく間をおいて、深く息を吐いてからこう言った

「キスしちゃったんだ」

と。

 彼女は目を丸めるしかなかった。驚き、悲しみ、怒りより先にやって来たのは不可解だった。

「え? 彼女いたの?」

「いや、知らない女の子」

「え? ええ? 知らない女の子とキスしたの?」

「うん。夢の中で」

「は? どうしよう、説明受けてるはずなのに、分からないことが増えてくる。え? そもそも私たち付き合ってないよね? 恋人じゃないのにあなたが誰かとキスしても、私謝られる筋合いないわけだし、しかも夢の中の話じゃむしろ言わなくてもいいことじゃん」

「いや、でも君に申し訳なく思って」

「なんで?」

「だって、僕は君のことが好きだから」

 今日の日課は変化球と言ったが、あれは撤回。変化球どころかミサイルだった。彼の口から放たれた好きの二文字が、耳から頭の中に入り込み大爆発を起こす。

 人生は何が起こるか分からない。誰かがどこかで言った通りだと、彼女が思考のまとまらない脳でぼんやりと実感していると、何もしゃべれない彼女に彼が謝罪の理由を話し始めた。

「僕は中学の頃からずっと君が好きだった。高校生になってからも、君と十分程度話したい為にわざわざ遠い駅まで走ってきてるんだ。寝る前にいつも君のこと考えるし、君以上に可愛い女の子はいないと思ってる。だから、君が僕を好きになってくれるまで、他の女の子とはどんな状況でも手すら繋いでたまるかって、心の中で誓ってたんだ。それなのに……僕はっ……!」

「いや、でも、いいじゃん夢なんだし」

「良くないよ! たとえ夢でも君以外の女の子に目が眩んだってことは事実なんだ!!」

 彼女のフォローに彼はきつく眉を顰めて、彼女の目を見て反論した。これが今日初めて二人の目が合った瞬間だった。

「夢の中で僕に血の繋がらない妹がいたんだ。母の再婚相手の連れ子で、最初は兄妹として愛情を注いでいたんだけど、そのうち互いのことを異性として意識し始めるようになって、最終的には逃げるように親元から離れて、兄妹の終わりを告げるようにキスしたんだ。これだけだったら僕も何とか君に隠せていたんだ。でも実は、長年の付き合いである幼馴染という設定の女の子が次の日の夢に出てきて、通いなれた幼馴染の部屋で友人から恋人に発展させるようにキスをして、また次の日に今度は昔の恋人という設定の女の子がでてきたんだ。思い出を噛みしめるようにまた僕はその女の子とキスをして……」

 妙に凝った設定の夢ばかり見ているんだなと、彼女は思ったが、それはそういった類の本の読みすぎだろうと心の中で静かに自己完結した。

「心の中でとはいえ、君に誓いを立ててたんだ。男として恥ずかしいよ。夢に出てくる君には好きとすら言えないのに、知らない女の子とは平気でキスしてた。僕には好きな子がいるからって断らなきゃいけないのに。情けないよ。情けない心のまま、君のこと好きになってごめん」

 彼は、自分の足元と会話しているかのように視線を下に落としている。

「それでも、私に謝る必要なんてどこにもないじゃん。ちっとも理解できないわ」

 彼女は彼の横顔を見ることもなく、冷たくそう言った。彼には重要なことかもしれないが、彼女には理解できるどころか、意味の分からない理由で好きになってごめんなどと言われてしまえば、大切な言葉を不要な言葉とセットで渡してくるなと腹立たしくなってくる。

「もう一つ君に謝らないといけないことがあるんだけど」

「何?」

「本当は、この話を聞いて君がちょっとでも怒ったり、嫉妬してくれないかって期待してたんだ。もし、不快な気持ちにさせてたらごめんなさい」

 彼女は再び目を丸くして彼を見た。さっきとは違い、視線を下に落とすだけではなく、完全に頭ごと下を向いていて、膝の上で拳を作り、頬を赤く染めている。

「それが本心? 謝罪じゃなくて、私の反応見るのが目的だった?」

「……うん」

「だったらもう少しうまい話考えてきなよ。ちんぷんかんぷんじゃん」

「ごめん。でも本当にそういう夢を見て、君の顔をみたら君には関係ないはずなのに申し訳ないって思ったのも本当だから」

「ふーん。ちなみにこのことも白状しなければ、自分は告白なんかしてませんって顔で帰ることができたと思うんだけど?」

「最初はそのつもりだったけど、段々卑怯なことしてる気分になってきて」

「あなたって変なところで真面目よね。でもロマンチックな告白が良かったな」

「そうだよね。なんか今の僕凄くかっこ悪いな……ごめん」

「さっきから謝らなくていいことで謝ってばっかり」

「……ごめん」

「そんなに謝りたいんならさ」

『まもなく9番乗り場に、電車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください』

 彼女の乗る電車が到着するというアナウンスが駅に響いた。彼はこのままかっこ悪い自分のまま、彼女と別れるのは嫌だと、気の利いたセリフも浮かばないのに、ばっと顔をあげ、彼女の方を見た時だった。

 両手で顔を強く挟まれ、ホームに電車が入ってくるのと同時に、彼女にキスをされた。

 唇が触れ合ってからまだ一秒しか経っていないのに、目に映るもの、感触がドラマの名シーンのように印象的で、ゆっくりと丁寧に今日の記憶に記録されていく。

彼女の長いまつ毛と髪の甘い匂い、電車が走る音、唇の感触。夢の中の女の子たちと過ごした時間よりも、何十倍、何百倍も甘い時間が流れていった。

 五秒にも満たない短いキスを終えると彼女は

「夢の中の女の子たちに謝りなよ。現実で好きな子とキスしちゃったって」

と言ってから、タイミング良く開いた電車のドアを足早に潜り、振り返りもせず逃げるように別の車両へと移ってしまう。

「へ!? ちょっと待って!」

 我に返った彼は慌てて彼女を追いかけようとするが、電車は彼女の味方のようで、彼が乗り込む前にぴしゃりとドアを閉め、彼女を連れ去ってしまった。

 取り残された彼は、過ぎ去る電車を見送りながら、明日正面を向いて彼女に好きだと言おうと決心した。

 ちなみに彼はこの日以来、知らない女の子とキスをする夢を見なくなり、代わりに駅のホームでマシュマロをひたすら食べるという夢をよく見るようになったという。


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