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Episode02. Mind Crash


 act01, Self Talk


 嫌な風に起こされて目覚めるのは最悪。気分が悪いとか、そういうことではない。嫌な寒気による不快感がどうにも耐え難い。ただ、そういうこと。


「雨、午後には降るかしらね」


 最愛のパートナー、アメリカンショートヘアのサラに尋ねてみたけど。返ってくるのは相変わらずの澄まし顏ばかり。言っても、そこが彼女なりの愛嬌でもあったりするんだけど。

 起き掛けのまま、中途半端に折られた掛け布団の上で丸くなる彼女から視線を左に、体制的には正面に向き直ってから白木の窓枠に両手を据える。こうして、その先に広がる朝の風景を見下ろすのが朝の日課で、毎朝の楽しみ。

 博物館に展示されていても何ら可笑しくない、ベテランの威風漂うこのアパートメントから出て行かない最大の理由は、ここから大通りを見渡せることにあったりする。

 地元民、仕事人、観光客。様々な人間が往来を繰り返す様を観察していると、まるで自分が世界の観測者にでもなったような得意な気持ちになれる。その優越感が癖になっているのかもしれない。


「アイツの言う通り、師匠に似てきたのかしらね」


 昨晩のパーティのことを喚起させると、否応なしにあの日本人のことが先ず念頭に上がる。容姿端麗、頭脳迷晰、とでも称えたような子だった。

 あの界長さんを怒らせたのなんて、あの中じゃ彼女が最初じゃないかな。本当に面白い子だった。


「サラ、少しだけ目つきが貴女に似ていたのよ?」


 あら、こっちのお嬢さんも随分とマイペースなことで。あのまますっかり寝入ってしまったようね。

 それにしても変なのは、噂では日本人の彼女は無能力者という話しらしい。そんな子を界長さんが直々に推薦しただなんて、特例も特例。今までは一度としてなかったことのはず。

 剣闘で優勝した剣術の達人とも聞くけど。よっぽどその腕前が常人の域を逸していたのか、それとも単なる気まぐれか。あの界長さんが単なる気まぐれで動くような人間にも思えないし、これは前者の場合だっと考えるのが自然ね。


「手強い敵になるのかしらね……リビエルさん」


 薄雲の漂う淡い青空に向け、今は亡き師――リビエルさんに問い掛けた。きっとこの空のどこかで耳を澄ませてくれていると、そう祈って。



 act02, Other Duty


 今更になって人遣いの荒さをとやかく言うつもりはない。これは自分で決めた道で、ボクはまだ駆け出しの異法使いなんだ。こんな雑用係に割り振られて当然。でも。


「シオンさーん、まだ買うつもりですかー?」

「何か問題でも?」

「……いえ。何でもないです」


 女のボクですら思わず見惚れてしまいそうな程の美しい笑顔なのに、コメカミ辺りに青筋が立っているのは何故ですか……。

 こんな荷物持ちをする為に異法使いの一派、“アナザーゲート”の門を叩いた訳ではないのに。これでは本当の姉と一緒にいるのと変わらないよ。


「ところでさアリー、今って何時?」

「今は……あと十五分で十二時です」

「あんたさ。ストレートで十一時四十五分、て言えないわけ? なんで一瞬でも私が頭を働かせなきゃいけないような回りくどい言い回しをするかなー?」

「す、すみません……」

「まあいいや。混む前にどこかでお昼にでもしよっか」


 とんでもない角度からの言い掛かりをして来たと思ったら、今度はあっさりと昼食の話題へ。ボクは正直、このシオンという人が苦手だ。

 異法使いとしての実力はアナザーゲートでも一二を争うと言われてるけど。ただでさえ何を考えてるのか分からない日本人という奇怪な人種なのに、加えてこの人はそれに輪をかけて理解不能な思考回路をお持ちになってるんだ。

 異法の面では師と仰ぐけど、一般的な常識人としての面では見下せる。そんな人だ。


「ピザとか食べる? それともパスタとか?」

「シオンさんにお任せしますよ」


 どーせボクの決定権なんて無いも等しいんだ。シオンさんは便宜上、気を使っているように振舞ってるだけに決まってる。他からの目を気にして。


「ダメよアリー。判断能力を鍛錬する為にも、貴女が決めなさい」

「シオンさん……」


 時折こうやって師匠らしい態度を示してくれるから少し戸惑う。けど、だからこそボクはこの人に着いて行こうと決めた。


「さあ選び取りなさい――私が今、食べたいと思ってる料理を!」


 前言撤回。やっぱりロクな人じゃない。


「……ピザ」

「惜しい。あと一回だけ回答権を与えてあげる」

「じゃあ、パスタですか?」

「はぁ……アリー、全然違うわよ。今はね、牛丼が食べたかったの」


 もう嫌だ……。



 act03, Reflection


 私の記憶は黒く塗り潰された箇所の多い書面のようなもの。要所がすっぽりと抜け落ちてしまって、自分では解読のしようがない。

 両親の顔も、友人だったと思われる人の顔も、全部が真っ黒。去年の私が何をしていたのかさえ、思い出そうとすれば真っ黒な闇に阻まれる。そこから先にはいけない。

 でも、それが怖いことには思えない。私には導いてくれる恩人がいるから。仕事を終えた私を優しく、そして労いながら迎えてくれる人たちが居るから。

 だから私は迷わない。怖くなんかない。皆が褒めてくれるから、私は言われた通りの仕事をこなすだけ。どんな仕事内容でも、その結果を誰かが私に求めているのなら速やかに遂行する。皆が褒めてくれるから。あの人が褒めてくれるから。

 去年よりも前の私が何者だったかは分からない。でも、今の私は剣能者。あの人がそう言ったから、今年の私は剣能者になった。

 剣能者練舞踏会に出場して、他の参加者を全員倒して、私が優勝する。それが今回の私の仕事。


「いいかい、ノーア。君は何が何でも優勝するんだよ。でなきゃ私たちは君を――必要とは感じなくなるからね」

「はい……だから、嫌わないで下さい」

「ノーアがいい子にしていれば、そんなことにはならない。今は皆、ノーアのことが大好きなんだ。必要としているんだよ」

「はい。お父さん」

「いい子だ。それじゃ、いつものようにお部屋に行こうか。優勝できるように特訓をしなくてはいけないからね」

「はい」


 絶対に優勝する。それが私の役目だから。



 act04, Empty Emperor


 そこまで楽しそうな宴だったのなら、無理を強いてでも出席した方が良かったのかもしれぬ。このポンコツへと成り下がった身体だろうと、這って行けば叶わぬ夢でもなかったろうに。しかし。

 そんな世迷言を現に放とうものなら、こうして今も献身に尽くしてくれている妻の逆鱗に触れたことだろうな。


「あら……今日はご機嫌なようね」

「なに。君が聞かせてくれた昨晩の様相を思いかべてしまっただけだよ」

「……出場できなくて悔しい?」

「いいや。一度手にした栄冠などに、いまさら興味はないさ」

「相変わらず嘘が下手ね……痩せ我慢しちゃって」


 付け焼き刃の口から出任せでは、この妻を欺くことは叶わないか。だが、痩せ我慢をしている訳ではない。

 利き腕でもある右、両足、最近になった麻痺の程が酷くなりつつある左腕。こんな身体では剣舞どころか、愛しい相手を抱きしめてやることも出来やしない。

 一時の栄華の為には些か……いや。大いに代償を払い過ぎた。若気の至り、などでは到底に茶を濁すことも許されない愚行だったと、今なら思える。


「俺には君が居てくれるだけで良かったのにな……今になって後悔してしまったよ」

「勝手ね」

「すまない……」

「でもね。私はあの時、貴方を止めずに送り出したこと、後悔なんかしてないのよ。だって貴方、ちゃんと約束を守ってくれたから」


 約束、か。


「“優勝の杯を君に捧げることが叶ったら結婚しよう”、だったか」

「あら意外、憶えてたのね」

「忘れる訳がないさ……あの時はありがとう」

「何の礼かしら?」


 果物を剥いているナイフの反射光の如く、とんと意地の悪い質問だ。


「苦労を掛けられることを承知で求婚に応じてくれてさ」

「嗚呼、そんなこと……シフォニアの女はね、一度交わした約束は守るのよ。例え何があろうと、ね」

「……ありがとう」

「あら、感動しちゃった?」

「少しだけ、な」


 何を早とちりしていたのか。

 払った代償など、得た物に比べたら随分と安上がりだったではないか。



 act05, Stagnation


 思考停止に勤しむ他、俺に残された手立てはないな。


「剣能者、グレン・アッピス・ゴールディア。貴様もここまでで終わりだ」

「みたい、だな……」


 不意打ちで風穴空けられた横っ腹が熱くて仕方がねえ。視界も視界で地面が揺らいでるくらいにブレにブレていやがる。

 ゴールディアの巨漢とも称されたこの俺が、こんな月明かりすら届かない薄暗い路地裏が墓所になるなんてな。


「どーせならよ、若い姐ちゃんたちに囲われて逝きたかったぜ……」

「貴様ら剣界の連中など、死に様こそ無様がお似合いだ。が、せめてもの情けだ……一瞬であの世に逝かせてやるよ」


 異法使い風情が言いやがる。まったく笑えんな。

 こんな筈じゃなかったんだ。

 三日後の剣舞で俺は後輩たちの値踏みをして、フィルマの奴に師匠の借りを返して……クソ、頭が回らなくなってきやがった。

 こんな詰まらねぇ不意打ちさえなければ、こんな野郎に遅れなんか取らずに済んだってのによ……。


 ――勘違いするなよゴールディアの巨漢。


 あ……そーいや。フィルマの師匠に大刀をへし折られた時も俺、こんなこと言ってたな。笑えるぜ。

 あれからちっとも成長してねぇんだな、俺って奴は。


「仕方、ねえか……」

「死ねっ――」


 悪いフィルマ。結局お前に指輪、渡せずに終わっちまったよ……。



 act06, Loneliness Terrace


 ウキウキ、なんて初々しい想いなんて欠片だって存在しない。そう。今の私は嫌々に夜道を歩き進めているだけ。唯一の救いは、夜空に浮かぶ満月が綺麗だな、ということだけ。それだけ。


「あんな大男との約束、本当なら断ってるところよ」


 そうよ。サラのご飯を切らしてしまったから外に出ただけ。そしたら偶々、目に入った月を見て昨日の約束を思い出した。そうよ、これで行こう。


「よし!」


 ……て、私は何を一人で考えてるのかしらね。別に約束したんから、下手な口実を考える必要なんかないのにね。相手はあのグレンなのよ。気を張る必要なんて、いまさらどこに在るというのか。

 でも、少しだけ予感めいた物が頭の片隅に存在してるのは確か。前回の優剣者は直前に付き合っていた女性に求婚をしたと聞くし多分、あの単細胞も同じことを……。


「嗚呼もうっ、私らしくもないっ!」

「お母さん……」

「見ちゃいけません」


 うっ……全部、アイツの所為よ。バカ。

 思い出のテラスで待ち合わせで、なんて変な言い回しをするから。まあ、それで変に意識しちゃってる私も私なんだけどさ。


 ――俺が優勝したら、結婚してくれ。


 何を想像してんのよ、私……。

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