Episode01/Encore. Fascination Sword
act06, Danger Harmony
ここまでご機嫌なご様子のお嬢様を拝見したのはいつ以来か。あれは確か――先々月の剣舞に招待された時だったか。
「ハンスさーん見てこれ、似合うかしら?」
「え、ええ。よくお似合いで――」
「太って見えるってーの」
「だから、言葉を慎めっ」
「生憎、私は嘘を吐ける程に歪んだ性格してないんでね」
「どの口が言うか……」
先刻から同行している日本人の女性が何を言っているのかは分からないけど。あの紳士な“スバン”様が狼狽えている様子を鑑みるに、お嬢様は言葉の城壁の向こう側を覗き見れないことに感謝するべきかもしれないですね。
「リフェはどう思う?」
やはりお嬢様には白や黒といった、シックな色調の服が良くお似合いになるようです。
「はい。とても良くお似合いになられていますよ」
「それじゃ、これを買おうかしら」
しかし、改めて見ると異様な光景な気がしてならない。
あと三日も経てば互いにしのぎを削るライバル同士になり得るというのに、今はこうして共にショッピングをこなしているのだから。
幾ら剣舞が祭典と呼ばれる祭り事だったとしても。その優剣者となり得ることが如何に重要な意味合いを持ち合わせるのか、お嬢様もあの日本人女性も承知しているハズなのに。
「マルコメ、これとこれとこれと――」
「おい月波郁刃、景気良く見繕っているのは良いが。これだけの服を買う為の金は持ち合わせているのか?」
「は? そんな持ち合わせ、あるわけないでしょう?」
「バッ――なら、どうする腹積もりだ……まさか」
「アンタ。というより、剣界持ちでしょう?」
「やっぱりか……クソッ。経費で落ちるのか、これ」
何やら財布と睨み合いをしているご様子ですが、何があったのでしょうか。
「ハンスさん、どうかなさったのかしら?」
「どうでしょう……詳しくは分かり兼ねますが。恐らくはあの方の見繕ったご洋服の代金を彼が受け持つ、というところではないでしょうか」
「そんな……あの黄色人種、ハンスさんをお困りにならせるだなんて、許し難い性悪ね」
「お嬢様、お言葉が――」
「ちょっとそこの性悪女!」
行ってしまわれました。
嗚呼なってしまわれたら最期、お嬢様は手に負えなくなるというのに……。
act07, Extra Time
こんな大切な時期に差し掛かり、狙ったかのように異法使いどもの活動が活発化してきている。あまり歓迎できたものでない、良くない兆候に思えてならない。
大分こちらの側に浸り過ぎたからかな。少し前の自分では到底、想像だにしなかったくらいに剣界の存亡を案じてる。
「人ってのは変わるもの、だね」
「どうかしたんですかリディアナ。何か気付いたことでも?」
「いんやぁ、自分の変化に関しては気付いたけどねぇ。大発見ものを」
「もう少しは真剣に取り組んで下さい。最悪の場合、このままでは剣舞の開催も見合わせなくてはならなくなるんですよ?」
「そーんな怒らなくたっていーじゃん……私だって、じいさんの力にはなりたい。ううん。ならなくちゃいけないんだから」
雪原の中で初めて出会った日の、私を救ってくれたあの日の恩を返さなくてはならないんだ。だからこそ私は今、こっち側にいるんだから。
「ごめんなさい。少し、イライラしてて……」
「そんじゃー、ちょっくら休憩にしよっかぁ。血が登った頭じゃ思い付くもんも思い付かなくなるしねぇ」
「上手いこと言って、リディアナが休憩したいだけじゃないの?」
「うっわークレア。そんな人を疑ってばっかだから彼氏に逃げられちゃうんじゃないの?」
「なっ――それとこれとは関係ありませんよっ」
「人間性についての議論だよ。関係大アリだよぉ」
「うっ……もういいです。一人で考えます」
大の大人が私みたいな未成年に翻弄されてちゃ、異法使いたちの動向の意図に気付ける訳ないじゃん。まったくさ――
「未成年? 翻弄?」
「次はなんですか……用がないんだったら早くあっちに――」
「月波郁刃……彼女があちらの切り札、なの?」
「リディアナ?」
「クレア、飛行機のハイジャック犯――もとい、異法使いを半殺しにしたのは月波郁刃だよね?」
「え、ええ。私たちが動く前に彼女が……それが?」
やはりそういうこと、か……でも待て。
彼女を招いたのは界長本人。その場には私も居たし、あれは間違いなく変装でもなかった。
だとしたら、もっと以前からあいつらは動いていた可能性がある――そう。界長が月波郁刃に興味を持ったのは彼女が剣闘会で優勝したからだ。
全ては周到に仕組まれていたこと。私たちはあっちの掌の上で転がされていただけ……。
「クレア、月波郁刃の現在地はどこ?」
「確かスバンの報告では市内のショッピングモールにてエミレイ・クレッシェンド・オクターヴィと、そのお供が同行して買い物を――」
「不味い。それは非常に不味い事態だよ。エミレイ嬢の身が危険だ」
「え、どういう……?」
「とにかくすぐにスバンと連絡を取り、彼に月波郁刃の身柄を拘束させて――早く!」
「え、ええ」
最悪、オクターヴィ家に恨まれる結果になろうとも、彼女一人の犠牲で剣界が救われるのなら――まだ安い出費だ。
act08, Explosive Situation
もう勘弁ならないわ。
この性悪女、これ以上ハンスさんの近くに居座らせる訳にはいかなくなったわ。こうなれば致し方ない急事、実力行使も認められるわよね。
「表に出なさい。そこで決着を着けましょう? どうせ貴女如き、剣舞が始まればいの一番に敗退するでしょうから……そんな醜態を晒す前に、私が直々に負かしてあげますわ」
「なに言ってんだか分んないけど……取り敢えずその面は気に食わない。表に出ろ、このホルスタイン魔女っ子もどきっ!」
何を叫んでるんだかは理解不能だけれど。どうせ表情を見るに、その低脳にかまけてロクなセリフを吐いているハズがない。
ほとほとに呆れる性悪っぷりですわね。
「お、おい二人とも――」
「お嬢様――」
「うっさいマルコメっ!」
「黙ってなさいリフェっ!」
これは私にとってハンスさんと結ばれる為の愛の試練。あの方の周りでうろつく鬱陶しい羽虫を払うのも、未来の妻である私の役目。
私の勇姿、見ていて下さいねハンスさん。
「来なさい、羽虫」
act09, Mental Strain
またしても面倒なことに……。
エミレイに着いていたメイドさんと顔を見合わせ、二人がズカズカと歩き去って行った方へ僕たちは走り出した。と、その時。
公共の場に忙しない靴音を響かせようとしたことを咎めるかのように、ポケットのスマホが震えた。こんな時にですらワンコールで電話に出てしまう律儀な自分の性には、どうも苦笑が溢れてくる。
「もしもし――」
『月波郁刃は近くにいる?』
「いや。話せば長くなるのだが――」
『早急に彼女の身柄を拘束して下さい。リディアナの話では、彼女は異法使いの一派である可能性があります』
何だって……月波郁刃が異法使い?
「そんなバカな」
『リディアナです。スバン、剣界に忠義を誓った身なら……ずべこべ言ってないで早く拘束しろ!』
――ブツッ。
有無も言わさず、はたまた。取りつく島もないとはこのことか。
しかし参った……剣界への忠義なんて大それたものを持ち出されてしまえば、こちらとしては否応なしに従事るしかないではないか。
それにしても月波郁刃が異法使いだとは意外だ。陰険で根暗な輩が多いイメージだったのだが。例外も居る、ということなのだろうか。
「スバン様、今のお電話は?」
「リフェさん、だったか……急ぎましょう。エミレイが危ない」
「そんな――っ?!」
その気持ちは分かる。
僕だって信じたくはない。が、仮に月波郁刃が異法使いだったのなら、エミレイは間違いなく殺される――あれは何の躊躇いもなく人を殺めることの出来る人間なのだ。
それに加えて彼女は何か妙だ。
無能力者と聞いてはいたがやはり、飛行機で見せたあの斬撃は不自然だった。機内に剣なんて持ち込むことは出来ないハズ。ましてや彼女と出会った時から今に至るまで、剣らしきものを所持してる素振りすら見られない。
「僕は馬鹿なのか――」
よく考えてみれば分かったことだ。飛行機の中での一件は異法によるものだったんだ。
「どうして気付かなかった」
ハイジャック犯を生かしたのも全部、彼女が仲間だったからだ。打ち合わせ通りの舞台だった。観客は僕たち剣界の関係者。
何が「道徳的に考えて当然」だ。あの女――
「どこまで僕を振り回せば気が済むんだ!」
act10, Fighting Scene
人のいないサッカーグランド。ここでなら充分、この煩い羽虫ともやり合えるでしょう。
「今から謝罪しても、もう遅いですわよ」
「どーせなに言ってんだか分からないんだし、能書き垂れてないでさっさと終わらせるわよ」
その根拠もなしに浮かべている余裕の笑み。いつまで持つのか、下手な映画なんかよりよっぽど見ものね。
「無能力者風情が、この剣能の名家でもあるオクターヴィ家の長女にして歴代最高の“剣惑”の担い手――エミレイ様に敵う道理なんて、どう転んだって通らないわよ。さ、早く剣を抜きなさい」
て、そういえばこの女。剣はどこに?
「能書きは要らないって――言ってんだよっ」
素手で向かって来るなんてね……ほとほと興醒めよ。
「剣惑第一楽章――鏡剣」
鏡像が折り重なった無数の刃で散りなさい――羽虫が。