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Prologue/Encore. Show Time

 act07, Daydream


 人間としての資質を疑いたくなる行動を冒した者の顔ではない。どちらかと言えば、蛇口を捻り水を滴らせた。そんな普通な行いを披露してみせた者の顔だ。

 嗚呼も無関心を決め込んで見ず知らずの人間の生涯を終わらせられる等、人の持ち合わせて良い思考ではないハズだ。なのに、なのに何でアレは人の姿を模っているんだ。


「私の乗る飛行機をジャックしようだなんて、身の丈に合わない任務を言い渡されたものね。同情こそしてあげるけど、悪びれてやる必要はないわよね」

「……おとなしくしていろと、そう告げたよな」

「おとなしくしてたら今頃、私たちは乗客揃って二度と騒げない惨事になってたけど?」

「そんなことにはならない。さっき君にコーヒーを持って来た客室乗務員も、僕たちを機内で出迎えてくれた副機長も、ましてや後ろのビジネス、エコノミーの乗客にも。こちらで用意した腕利きが控えていたんだよ。それを君は人目も憚らずに――」

「はいはい。悪うございましたー」

「まったく君って子は……すまない。死体の処理を頼むよ」


 職業柄、これまで様々な人間を見てきたと自負していたが……彼等は異常だ。先刻まで銃を片手に怒声を上げていた、そこで突っ伏している男の方が今となればよっぽど、人間味の一端を感じ取れた。

 何者なのかは知らない。いや、計り知れないが。目的地のロンドンまで、僕はこのファーストの座席の心地良さを堪能している訳にもいかなくなった。

 どこか彼等の目が届かない場所まで逃げねば、次にこの濃紺の絨毯に突っ伏すのは僕かもしれない。


「スバン様。この男、まだ息があります」

「あれだけ刻まれたのにか?」

「はい。損傷カ所は多数確認できますが、どれも致命傷には至っておりません。どうやら出血のショックで意識を失くしているだけのようです」

「月波郁刃、どういうことだ?」

「勘違いしてると思うから言っとくけど。私はどこぞの切り裂きジャックでも、母国柄で称せば辻斬りでもないっての。幾らこいつがハイジャックなんて馬鹿げた行いを企ててた阿呆な輩でも、未遂なんだから命までは取らないわよ。道徳的に考えてた当然でしょう?」

「君が道徳の何たるかを語るとはな……まあいい。どのみちこの男は現地に着き次第、警察病院に搬送されるのは決定事項だ。クレア、悪いがそのまま――」

「応急処置なら既に。ただ、出血の量が多くて」

「嗚呼クソッ――月波郁刃、僕はどれだけ君に振り回されれば良いんだっ!」

「知らないわよ。第一、そっちの下調べが甘いから私の居場所を捜し当てるのにアンタが苦労したって話でしょう? それを棚に上げて何、今度は命の恩人を疫病神扱いってワケ?」

「ちょこちょこと放浪者のように彼方此方に行方を眩ませてたのは君だろうがっ。どこ吹く風でもあるまいし、君の姉が住むマンションで二人仲良く過ごしてろよ! こっちはな、偶の休日を……妻との大切な時間を奪われてまで君を迎えに来てるんだぞっ!」

「だから、アンタの都合なんて知ったこっちゃないっての!」


 人間味が出てきたのは良いのだが。突っ伏した男が存命であるのなら、このままでは不味いぞ。


「き、君。処置を代わろう」

「失礼ですが貴方は?」


 若い頃はこんなシチュエーションに憧れていたものだ。

 しかし、現実とは想像以上に奇異なモノだ。ここまで混沌とした喧騒の中で告げることになろうとはそれこそ、夢にも思わなかった。


「私は医者だ」




 act08, Breaking Sword


 今回は趣向がまた、前回とは大きく異なった物であるな。それが第一印象だった。だが。

 他の参加者の様子を見ると、意外にも落ち着いた面持ちに見受けられる。あのオクターヴィの娘が騒ぎ立てないのが何よりも意外ではあるのだが。

 彼女の旺盛な性格では「何これ」と、この会場に集う人間たちの誰よりも先に声を荒げると予想できたのだがな。


「俗に称えるところのサバイバル、とか言うものですかな」

「おおストラトス、元気なご様子で安心したぞ。相も変わらずの仏頂面は戴けぬがな」

「お互い様だろ、それは。しかしまあ、最高齢の剣舞出場を果たす身として、今回のこの形式はやや意地の悪い形に思ってるのでしょう?」

「馬鹿を云え。こうなった場合も含めた上で参加しようと決めたのだ。見くびるのも大概にして欲しいものだ」


 とは嘯いてみたものの、ストラトスの告げてきた考えは図星に近しい位置を射抜いてはいる。

 今年で五十を迎えたこの身、決闘形式での短期決戦には些か従ずることは叶うとも考えてはいたのだが。こと長期決戦の様相を呈してしまえば自信の程など、残る露も僅かばかりなのが実のところである。


「その眼光の煌めきを見れば、どうやら私程度の輩の心配などは無用の長物だったようだな。これは失敬した」


 年甲斐もなく茶目っ気を醸してみせるとは、流石は希代の話術師、もとい。我が旧来の戦友、か。


「不本意だが、少しは自信の足しになったぞ。ありがとうな、ストラトス」

「知ってるかベルガー。戦を前にして急に殊勝な態度に鞍替えすのはな、俗にいう『死亡フラグ』らしいぞ」

「死亡フラグ……葬式で揚げる家紋の旗のことか?」

「ベルガーよ。その堅物の頭を何とかせんと如何に壊剣の担い手とて、若い衆に遅れを取りかねんぞ……」


 殆に呆れた、と云わんばかりの顔だ。

 はて、真に死亡フラグとは何のことを指しているのだろうか……これでは剣舞に注ぐ集中など、それこそ根絶やされてしまうな。遺憾だ。



 act09, Main Cast


 噂に違わない人だ。こうまでも大仰な登場を果たすとはね。


「何なの、この国は法治国家ならぬ“放置”国家な訳?!」

「界長の挨拶中だ、静かにしろ月波郁刃っ」

「そのフルネームで呼ぶのそろそろ――」

「ウォッホンッ……して、此度は初会から数えて十回目に相当するに当たり――」


 おお怖い怖い……あの大器と名高い界長がお怒りだよ。本当にすごい人だよ、月波郁刃。

 まあ、見た感じ美人には相当するけど、普通の東洋人って感じなのは予想外だったかな。もっとハッチャケた風貌を期待してたんだけどなぁ。


「お疲れ様ースバン。ジパング観光はどうだったの? 楽しめた?」

「リディアナ、お前さんのお蔭で各地を回ることはできたがな、あれは観光なんて生易しいものではなかったぞ……見知らぬ島国の公園、そのベンチでひたすらに夜明けを待つ。そんな観光したことがあるのか?」

「いんやぁ、そんな経験は一度もナッシングだよ。貴重な体験ができて良かったじゃんかー。結果オーライだよぉ」

「相変わらずだな、お前……」

「ねえオールバック、このちっさいの誰?」


 初対面の人間に対して、この身体的短所を遠慮なく突いて来る感じ――これは予想の範疇だったけどさ。

 まざまざと言われるのは、あんまりいい気はしないよね。


「胸ペターなアナタがあの噂の月波郁刃さん? いやあ、これは予想に反して男勝りな風体ですねー。あ、私はリディアナ・デ=クレッシェン・コーディです、よろしくねぇ」

「……今、なんて言った?」

「ありゃりゃ。この程度でお怒りとはその小さな胸、見掛け通りの器量の小ささですねぇ」

「もういい、アンタを斬る道理は通ったわ。その口――」

「いい加減に……しろっ」

「痛っ?!」

「あうっ?!」


 バンスの分際で私を叩いた、だと。


「二人とも、壇上の界長の顔を見てみろ。冥王様も裸足でトンズラする強面でこっちを睨んでるぞ」


 あ、本当だ……裸足どころか、あれは泣いて逃げるでしょう。

 私、死亡フラグビンビン立っちゃったよ……。




 act10, Message


 やはり彼女の存在は懸念すべきものである。その事実を恐らく、此度の一件であの老いぼれ――界長殿も理解したことだろう。

 剣界を今日に至るまで広めた功績は讃えるべき偉業だが。所詮、彼はプレイヤーとして優れていたに過ぎない。腕前では頂点を極めたにしても、それが長の座に於いては一転、凡人と違わなかった。ただそれだけのことだ。

 若かりし日は彼に憧れを抱いていた時期もあった。唯我独尊の境地かの者に見たり、と。今となればそれも、一笑に伏すまでもない。とうに笑い噺の範疇を超えているにだから。

 しかしその耄碌ぶりは評価に値する一面も持ち合わす。こちらとしては都合の良い誤算ではあったのだ。筋書きを一部訂正する手間は被ったが、凡そは大方の通りに元を辿る。

 イレギュラーとて人間の域を外れはしない。その枠組みに収まる以上は、こちらが用意した駒が下手を打つ可能性は皆無なのだ。それさえ揺らがなければ問題はない。

 いつの日か約束した、真なる革命は果たされる。

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