蝉の亡骸
朝だ…。あのあと結局寝てしまった。日頃の疲れと慣れない環境、昨日の出来事を見て脳が強制シャットダウンしてしまったらしい。あの出来事が夢のように思えるが机の上に置いてあるあのペンダントが甘い考えを現実に引き戻す。まだ耳にあの悲鳴が鳴り響いている。まだ5時あたりなのか外は薄暗い。とりあえず、学校に行く準備をしてまた寝よう。その前にペンダントを引き出しにしまう。あの怪人は一体何だったのか?緋川守は何をしていたのか?そして、あの青髪は一体…?謎が謎を呼ぶとはこの事だ。一旦、思考を止めよう。布団につくと自然と瞼が…閉じ…。
緋川守は、学校に来ていた。あの後だというのに。そして、転校生が今日来た。緋川守とあの時いた青髪だった。一番びっくりしていたのは緋川守だったよ。それ以外にあるとするなら、学校では噂が蔓延っていた。昨日のプリントを見た数人の生徒が調べたであろう情報を大袈裟に話す。あれやこれやとデタラメな事や誤情報を流している。例えば、『恐い』化け物が出るだとか、『人を助ける』騎士が現れただとか。で、俺はその情報を聞けるほど聞き上手かって?音を出していないMP3プレイヤーにはお世話になる。イヤホンを着けただけで誰も話しかけない。それに寝たふりをすれば誰も近づかない。この二重トラップは完璧だ。さて、もうそろそろ授業だ。
授業が終わって今日も帰る。何もないのが当たり前の現実に虫酸が走るが嫌いになれない。帰ったらまたあのペンダントを見よう。昨日の出来事を忘れないために…。
帰り道、春には場違いな蝉の亡骸が落ちていた。
俺の目の前には、銀髪の男が立っていた。
あの後、蒼咲八重に連れられてとある教会に来た。
「君が緋川守君だね?」
「そ、そうですが。」
「私の名は、アネモス・クローロン。
君の話はすでにこの子から届いているよ。」
そういうと、彼の肩から小さな妖精のような者が出てきた。
「この子はシルフ。
私の相棒だ。
ここは、彼女 蒼咲八重も所属している対クリーチャー用秘密組織ガーディアンだ。」
「一体、さっきのは何だったんだ?」
「それについては、まずこの街に起こっている事象から説明しよう。
この街には最近、異世界に続くワープホールが度々発生している。
そこから謎の生命体 我々はクリーチャーと呼んでいるが、彼らが度々現れ、人々に危害を加えると言う事で、我々が召集されたという訳だ。
そして、君は我々の力を有していたという事だ。」
「あの力って…あなたたちも持っていたんですか。」
「そうだ、君は見たはずだ。彼女が力を使ったのを。あの力を使うものをエレメンタラーと呼ぶ。エレメンタラーは、私たちが生まれる遥か前から存在している。あるときは魔術師として、またあるときは祈祷師として。あらゆる古文書に名前を変えて存在している。エレメンタラーになるには、魔石と強い感情が必要なんだ。君はさっきの戦いで強い感情が働いた為に、あの姿になったんだ。」
彼が緋川のネックレスを指差す。正確には、ネックレスの赤く輝くルビーを指差した。
「これが…。」
「そのルビー、誰からかのプレゼントかね?」
「はい…。俺の親父 緋川喜一郎からのプレゼントです。
親父は、数年前に死にました。
殺されたんです。
でも、犯人は捕まらなくて。」
「そうか…、辛いことを思い出させてしまったね。」
「いえ、そんなことは…。
でも、親父はまだ自分を守ってくれたんだと思うと嬉しいです。」
「…後のことはまた後日話そう。
もうそろそろ、夕日が沈む。
一度帰って、休みなさい。」
「わ、わかりました。
また…来ます。」
彼は、蒼咲八重に連れられて外に出た。
「…緋川喜一郎。
貴方の息子でしたか。」
アネモスは、彼がいた場所を眺めながらその場を後にした。