戻らない、日常
「……寒くない?」
「私は大丈夫、お兄ちゃんは?」
「俺も大丈夫。」
俺はヒナの頭を撫でる。かれこれ1時間はトラックに乗っている。
「お前らに説明しておくけど。」
運転席からデュオの声がする。
「今から、お前らには『商品』を演じてもらう。トラックの荷台開けられるから、そんときは怯えた振りをしておいてくれ、いいな?」
「わかった、なあそれだけやったら解放してくれるか?」
「ああ、好きな所へ行け。手錠の鍵は渡しただろ?」
「ああ。」
これでやっと帰れるヒナと2人で。行方不明ということでヒナの家族も心配してるだろう。
でも、もうそんなことはしなくていいんだ。
「お兄ちゃん、帰れるね。」
「そうだな、よかった。」
ヒナはそこまで嬉しそうではなかった。
なぜだろう、先ほどジーンと話してから様子が変だ。
「お兄ちゃん私ねーー。」
「もうそろそろ着くぞ。」
ヒナが何かを言いかけたが、俺にはわからなかった。ヒナは変わりに俺の手を握る。
トラックは停止すると、荷台を誰かがあける。スーツ姿の男だった。そして、隣にはデュオもいる。
「ーーなるほど、これが商品ですね。ありがとうございます。最近は壊せないのが多くて。」
「あの2人が許可を出したからな、とりあえず報酬は前払いだ。俺の方で預かっておくよ。」
「そうですか、ではこちらです。」
「ああ、どうもありがとう。また、頼むよ。とりあえず裏の方から入らせてもらうよ。」
デュオたちはその後いくらか会話をするとまたトラックに乗って今度は山の方まで上がった。
そして俺とヒナはトラックから降ろされる。
デュオは煙草に火をつけて吸い始めた。
「さて、2人とも帰っていいよ。鍵も渡した、どこにでも好きな所へ行けよ。ーーだろ、ジーン。」
「そうだな、もう私とは関係ないな。」
ジーンはそう言うとあくびをして、トラックにもたれかかりながらうつらうつらとうたた寝をし始めた。
俺はヒナの頭を撫でる。
「ヒナ、行こうか。」
俺は外にヒナの手を握るが、ヒナは振り払った。
「私、帰らないよ。お兄ちゃん。」
「へ?」
「私、帰らないよって言ったの。お兄ちゃん。」
ヒナは俺を見つめる。
「なっ、何で?やっと帰れるのに!ヒナはもうここに居なくていいんだよ。もうあんな奴等のことは忘れよう!もしかして、行くところがない?それなら俺がーー。」
「違うよ、私ジーンさんに答え聞いてない。」
ヒナはそこから動こうとしない。
「お兄ちゃん、帰ったら?帰りたかったんでしょ、ずっと。」
「それは、そうだけど。」
俺は黙る。
さっきまで、すぐ近くにいたヒナが何だか遠くにいるような気がしてならない。
「おいおいおい、仲良しだったのに喧嘩か?何を考えてるんだよ?」
デュオが2本目の煙草を吸いはじめる。
「別に、あなたには関係ない。それに、あの2人を裏切った理由もわからない。」
あの2人ーー俺たちを拉致し、監禁した男達。デュオがあの2人を殺さなければ俺たちは今でもあそこに閉じこめられたままだった。
「そうか?まあ、別に対した理由じゃないぞ。まあ慈善事業の一種だな。」
「私たちが可哀想だったから助けたなんていうつもりはないでしょう?」
ヒナは皮肉っぽく言う。
「ああ、そうだな。あの2人は分をわきまえなかった。だから殺った。」
「分をわきまえなかった?」
俺が聞き返す。
「便利屋のテンとライ、奴隷商の間島レミアーー世の中には関わることすらも敬遠される人種がいるのさ。俺らのようなスナッフビデオで小銭を稼ぐ奴らとは明らかに違う人種がな。
その中でも特にジーンは明らかに手を出せば不味い奴だ。」
「……?」
「んなことはどうでもいい。何よりもアイツらは、俺の給料を半分以下にカットしやがった。」
「……。」
金のために、人を殺す。あの2人だってそうだった。金のために俺達を監禁した。それが許される社会。
「そんな奴らと組むのはもう嫌なんだよ。お前らを解放したのはついでだ。ある意味人助けのつもりだったがーーお前には余計だったかもな?」
デュオはヒナの方を見る。
「そんなことはない、お兄ちゃんと私のこと助けてくれた。あなたがいなかったら私達はあそこでずっと酷いことされていただろうから。」
「……ヒナ。」
俺はヒナを抱き締める。
「お兄ちゃんはもう私と一緒にいなくてもいいんだよ、ここからは私がやりたいことだから。」
虚空を見るヒナの頬を俺は撫でた。
「俺は、ヒナと一緒にいたい。ヒナが何をしたいのかわからないし、俺が手伝えるかわからないけど、帰るならヒナと一緒じゃなきゃ嫌だ。」
「お兄ちゃん……、わかった。」
ヒナは俺の両手を握った。
「私ね、仇がうちたいの。だから、さっきお願いしたの。ジーンさんに連れてってくれって。」
そう言ったヒナの目は確かに、決意を固めた眼差しだった。